第2話 30分後、博多にて
同日。日付が変わろうかというころ。
いつもの暖簾に腕押しを承知で、魔法少女のいでたちのトップエースは専用回線に向けいきなりがなった。基地司令に、である。
相手は心底面倒であることを隠さず応じる。
『なんだ君か。このクソがつくほど忙しいときに』
『なんだじゃねえよ! 聞いたぞ、本社が襲撃を受けてるって。今そっちに向かってる!』
『そのことか。すでに飛行能力をもつロボトイには急行させたし、静岡本社工場の直掩部隊は当然のこと、梅田や栄からも派兵したはずだ。だから詩音くんの出番はおそらくないぞ、たとえ君がここのエースであってもな』
『手ぬるいんだよ! それじゃ負ける! どこのどいつだか知らねえが、相手はおそらく周到に準備してきた、あるいは圧倒的大戦力のはずなんだ。だってそうだろ、数多の難敵を退けてきたあの本社が、接敵してすぐ全方位に対し弱音を吐くほどの。本当はアンタも分かってんだよな?』
もっともであると、基地指令たる師団長は演算した。
本社工場に現在どれだけの損害が出ているかは判明していない。襲った敵の規模も明らかになっていない。
何もわからない状況に陥るほどの被害が、すでに出ていると言い替えてもいい。
『うむむ、そうは言ってもだな。この基地の最速は変わらんぞ。何をするつもりかは知らんが、君が後詰めの輸送機で向かう以上のむりをする必要はない』
『音速制限のある、たかがロボトイの自力飛行なんて何時間もかかるじゃねえか! 輸送機なんか論外! 梅田だって栄だって現着してるかどうか。だから団長! せっかくなんだ、無理をしよう!』
『?』
提案され、しかし理解には至らない。彼女が、星ノ宮詩音が考えたという無理が基地司令にはわからない。
『そこにはあるだろ! 他の基地にはない、そこだけにしかない超大型兵装があるだろ!』
『兵装、だと!? それを使う? 君は? いったい!?』
詩音は確信犯である。
『ふふん、そのまさかだよ』
『そんなバカげた賭けに許可など——』
『できるはずだぞ! こうしている間にも本社が陥落しちまう! アタシをここのエースだと認めてくれているのなら! ほかの誰でもない、アタシだからやれる! この世から工場が無くなるよりも早く!』
『うむむ……』
判明していることもある。本社からの音信は最初の救難信号のみで途絶えた。被害が出ているからこそ打電があり、途絶えもしたのだ。
しかも本社だけでなく、他の基地とも繋がらない状態に陥っている。
単純に通信設備が被害を受けただけなのか。
それとも施設全体に甚大な被害が出ているのか。
それがわからないまま支援の準備を進めていた。
『本当に危機的状況であるなら、そろそろヒトの地上波でも報道されるだろ。それを見てからでも——』
『是我が痛みだろ! アルタイルッ!』
『ッ!?』
ハッとした。
詩音とはそういう戦士だった。ラオスでも。ビルマでも。
常勝とは程遠い彼女は、どんな戦場にあっても最善の結果を探す。たとえ負けても、負けのなかの最良を持ち帰る。
『チィッ! わかった、並行して準備させる。しかしだな、君の体躯で本当にやれるのか?』
ニイッと、表情をつくることはできない。
フィギュアなのだ、表情は固定。だが、ついとあごをあげた彼女は街角の光を帯び、口角はさらに上がったように映る。
『それは試してのお楽しみ、かな。待ってろ! すぐそっち行くから!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヒトビトには見えないところで準備が進められていた。それでも、どうしても外側で動かさなければならない部分はあり、見る者が見れば通常とは異なる演出がいくつか。それでヒトのSNSではちょっとした祭りになっている。
自動人形でも通信を入れてくる者や、直接問う者もあらわれた。
「起動させた、だと!? おい貴様、どうなってる?」
「ヴァーミリオンさん! 一昨年のヤンゴン戦は今や語り草ですよ。いつシンガポールからお戻りで?」
「世辞はいい、で?」
整備兵はそこから見えもしない砲口を見上げ、ただし正確に筒先をとらえて睨む。
「それが小官も命令に驚いているところでして。じつに完成前夜の極秘試射以来ですよ、なんでも本社要請のスクランブルに呼応して発射されるそうで」
「スクランブル関連だってのは分かりきってる、だから謎、だろ? だってメガ粒子ビームなんだぜ? 励起させて方向性を持たせた素粒子は直進するんだ、砲弾のように曲射できるわけじゃあない」
「そうなんです。それに大気で減衰するため実弾にすら劣る。なのに強行するみたいで」
「ったく、本社でなにが。いいや? ”上”で、いったいなにが起こったってんだ?」
同刻。
星ノ宮詩音は魔法少女への変身、現実の玩具的には換装をすませ威風堂々。今や遅しと腕を組み、まさに発射されようとする超大型兵装を相手どり、砲口の前で仁王立ち。
その横で、彼女の外装の最終チェックをおこなう戦友から、エースへ軽口が向けられる。
「いいこと詩音、向こうに行ったら絶対いい自動人形をみつけてくるんだよ?」
「またァ? ロボトイやフィギュアが色恋とかねえ、非生産的だから。アンタらこの星に感化されすぎなんだよ」
「こうやってわざわざ自我を与えられたのに? 相手を想って想われては、今や普通のことでしょ。それに私たちは母星で生産されたフィギュアじゃあない。この星の生まれ、チキュウ産と言っていい、でしょ? だったら恋愛するほうこそ普通なんだって」
「へいへい、すきにしなよ」
「もう、素直じゃないんだからぁ〜」
戦友はそれだけ言い、手をふってその場を後にした。
詩音の視界のすみでカウントダウンされていた数字が5分を残して消え、と同時に通信が入る。
詩音のいる場所と司令室は距離が離れているが、有線の通信回線が基地内には張り巡らされており。現状基地内の通信で困ることは出ていない。
『じゃあ本当にいいんだな?』
「おっと、もしかして準備できた?」
『今なら基地のみんなにごめんなさいって言やあそれで済むが』
「いいからやっちゃって! 向こうでみんなが、まだ生まれる前のトイたちが待ってる!」
『ったく、この恩知らずめ! 爆散しても知らねえぞ! ええい、撃ちさらせ!』
『は。発射シークエンスへ移行します。カウントダウン20、19——』
「みなぎってきたァ!」
通行ニンは見上げる。福岡は博多の、象徴たる巨大ロボット立像を。
「お」
「やっぱりなんかやるつもりだぞ」
砲の奥で赫く、臨界になった粒子がみなぎる。
深夜にもヒトビトは安穏でいた。静岡で起こった有事を、福岡はまだ知らない。
「砲が!? 開いた!?」
「ヒューッ!! まさか展開ギミックまで実装されていたとは!」
「あれは!? てっぺん辺りで何か動いていないか? 小動物?」
ライトアップされているがゆえに見えづらい部分もある。その陰の部分で戦闘体制に入るのは星ノ宮詩音。
彼女は携えた槍を両手で持ち、目線の高さで横一文字にした。
「ALICE頼む、アンタの出番だ!」
『承知です』
「Iフィールド、全ん! 開いい!!」
『2、1、発射!』
かつて戦友に搭載されていた防護フィールドが詩音を包み、直後にアニメ映画と同じ砲撃音が高々と鳴る。
「アタシを曲射しろォ! ロングレンジ・フィンファンネル!! ぅぉをををおおおおおおおお!!」
直後、実物大立像が背中に背負う大型ビームキャノンの砲撃が容易に、1キログラムにも満たない彼女をどこまでもはじき飛ばした。
「おおお!?」
「大迫力!! 大音響!!」
「すっげえ演出!」
巨大立像のライトアップはここで終了。
数少ないギャラリーも驚いて軽くざわめき、しかし冷静に時計を確認する。
日付が変わる正刻におとずれるレアな演出と納得した面々は、いくつかの写真をおさめるとふつうの生活に戻っていった。
無事に送り出した基地司令たる師団長、アルタイルからは感想がもれる。
「いや、叫んだところで出力は変わらんのだが。大砲を宅急便がわりに命がけのフライト、とは恐れ入った」
「識別信号は健在、時速およそ5700キロで東北東へ。……文字どおりすっ飛んでいっちゃいましたね」
カウントダウンを終えたオペレーターたちが元の作業へともどるなか、その中でも高位に当たるロボトイと、基地司令たるロボトイが感想を交わす。
「向こうじゃまだ、フィギュア差別が横行しているらしいが」
「なあに、彼女なら心配いらんだろ。そもそもここだって今みたいな平等なんて空気なんかなかった、彼女が変えたんだ。彼女が戦って戦って、フィギュアがロボトイに劣らないとその身で示した」
「フ、そうだったな。本人はかの先駆者、フィギュア解放の旗印クレアマリスの真似事をしただけと言って譲らなかったが」
「死ぬなよ詩音くん、きっと本社を守ってくれ」
「あの無鉄砲さでまた活躍して、帰ってくるさここに。100点満点の笑顔といっしょに」
「なにを言ってんだ、表情は固定と決まってる。しかし静岡か。戦闘に参加、メンテ、輸送、それに“いざダイバン”。早くとも再来月にはなるだろう。それまで静かに過ごせるな」
「寂しいのかい?」
「バカは休み休み言うのがコツだよフレースヴェルグ」




