第19話 静かなる追手
(ぐ! もう来たの追手!?)
(いや待て…………)
もしふたりを捕り押さえるのであれば強襲が手っ取り早い。いまはすべての武装解除にも応じており、丸腰でもある。内蔵兵器を加味しても、場所が機動の限られる閉鎖空間であること、この基地の精鋭をもって当たれば今度こそ危うい。
だがやってきたのは基地指令と文官の2機のみ。両腕を広げて歩んでくるのは歓迎の明示と映る。
(雰囲気はそうじゃなさそうだ)
『ご無沙汰しております詩音さん、ようこそソウルへ』
「ああ、久しいな」
基地司令ともなれば師団長や軍団長ばかり、将官が少佐にへりくだるのは順列が逆なのであるが、かつて同じ隊に所属した上司部下であるため言葉遣いは当時のままである。
(詩音ちゃんの知り合いなんだ。昔なじみ?)
『ヒトのニュースを見ましたよ、此度の静岡本社は大変でしたなぁ。なにか状況などご存知ですかな? と言いますのも、本社機能が停止してからこっち、あらゆる場所との通信が完全に止まっているのです。前線や他の基地へ連絡員をいくらか派遣しておりますけれど、近場の第一便がやっと行って戻った程度でして』
詩音はマイに、指令には見えない角度でアクセサリーを明滅、モールスで合図を送りつつ返答する。
「本社には行ってねんだ。アタシらはアフリカ辺りからきたらしい蟲どもを迎え撃って出撃、大連近郊まで出張って、ちっとポカやってやられちまってな。こいつは頭部に被弾して電脳がパーになっちまって、今は識別信号も出ねえ」
「は、初めまして、沢村マイ少尉です」
「他は帰らせたんだが、深センも博多も遠くてな。こっちに寄らせてもらったんだ」
『それはそれは。あなたほどの自動人形が手傷を負うなどと』
「わたしが足を引っぱったんです、それで」
『なるほど』
指令はマイを一瞥し、すぐに逸らす。
やはりフィギュア、それも得体の知れない者については快く思っていないことがわかる仕草。結局は軍隊、階級つまりは戦闘での実力こそが己を立てるただひとつの証。
『しかし合うパーツなどありましたか』
「んまあ、がまんはできる」
『すみません、次までに少佐殿おひとりを構築できるパーツを一揃えさせておきましょう』
「なんだァ? アタシに全とっかえするほど負けろってのか?」
その反応は予想していなかったか、大仰に笑ってみせ。
『いえいえ。ですが少々手強い相手が増えていますからな。四肢のいずれかを欠いた影響から少佐殿を失うわけには参りません』
詩音が前のめりになり。
彼女は話題がシベリアの新種に及んだと察した。だが微塵も疑われたくないと考えた詩音はすっとぼけを決めこみ、的外れな予想と、クレアマリスが引き連れてきたアフリカの大型昆蟲の線で話を進める。
「たしかに今回の未確認の個体が手強かったのは認めるが。英雄クレアマリスが最後の巣を壊滅させた今、恐れるものは無くないか? それとも、メス化する個体が現れたとでも?」
『いいえ、メス化の懸念はないと考えます。奴らほど高等な生物になると成体であらずとも完全変態は不可能でしょう。然るべき段階で分化しています。兵器に不都合な発展性は持たせないに限りますからな、我らのように』
「なるほどな、一理ある」
『ですが……』
これまでの、かつての戦友が腹を探りつつ近況をたずねる内容を離れ、片方が戦場にいる際の空気を醸しだす。
『はぐらかしにかかるとは、すでにご存知とみえる』
「あん? なんだよ」
『それにこの基地を訪れた本当の理由は……、まあいいでしょう、こちらも同じく苦境に立たされているのです』
すでに素性は割れていた。その相手に対し指令はまるで自らが新兵のように、苦しい境遇を吐露する。
『実はですね、昨日までなら少佐殿と一戦交えなければならなかったのですが、状況が一変しまして。新手が現れたようなのです。それだけならままある。それだけじゃなかったんです』
「ほう」
『ですから先輩にお力添え願えればと』
「なにぃ?」
星ノ宮詩音とは、それほどまでのトップエース。敵に回せば巨大な障壁となり、味方にしたなら一騎当千の戦姫となる。
強大な敵が迫るなか、ソウル指令は謀反者詩音と組むことを選んだ。
「アンタは昔っから自分に都合のいいときだけ先輩先輩って」
『そう仰らず。この新手、普通ではなかったのです。まったく普通ではなかった。派兵先からどうにか帰還したロボトイの視覚映像があるのですが』
「新種のか?」
『はい、それがこちらでして』
「これは!?」
「?」
詳細データは電脳で共有される、ただしマイを除く。回線の問題でなく、蚊帳の外ゆえ。
マイに対する徹底したぞんざいな扱いは、ソウル基地側に正当な理由がある。詩音の紹介がウソだったのも悪いのだが、偽った階級が低すぎたのも理由のひとつ。ここは軍隊、階級を常時提示していない者が本来ウロウロしていていいはずもないのだ。
『細部は異なるものの、どうやら化石で見つかる古代の種と特徴が酷似しているらしく。ここを見てください、より凶悪な爪。禍々しい角。この星の温暖化で永久凍土が融解しつつあるというジン類のニュースを目にしたことはありませんか?』
妙な問いかけに詩音は首をかしげ。
「温暖化? 急に話が飛んだな? まァ、あるっちゃあ、あるが」
『敵は大挙して攻めてきました、北から。未確認ながら古代の巣が氷の中に残っており、つまりは女王蟲がシベリアの永久凍土の下から蘇って、また産卵を開始した可能性が——』
「あるってのか!? この、本社工場が跡形も無くなっちまった状況で!?」
ようやく話がつながった、そう詩音とマイは覚った。
クレアマリスが引き連れてきたアフリカ最奥種は指令の言及したとおり今後障害とはならないだろう。放っておいても数は減る一方といえる。
これからの脅威は恐らく古代シベリア種。
『そうだったのですか、本社は跡形も』
「ああ。あそこまでやられちまっちゃあ工場は再起不能だろうぜ。ったく、こんな時のためにバックアップが必要なんだろうが」
『しかし、それは——』
「わかってる。わかった上で文句を言わなきゃ収まんねんだ。人類は決して味方じゃねえ、むしろ。覚悟しろよ、もう二度と物資も新兵も届かねえからな」
『それは自動人形の大倉庫たるソウル基地にとって何よりも恐ろしいことです。ですが現実なのですね先輩』
「ああ、こっからの戦いは地獄だぞ。そうなると新種のやつが厄介この上ねえな。もっと教えろ。詳しいんだろ、図面だけじゃねえもんを」
『では、続きは別室で』
声のトーンが徐々に上がり、まるで口論するほどになっていた。自動人形払いしているとはいえ、このような込み入った話は本来格納庫で行われてはならない。
そこで基地司令の方から仕切り直しの提案がなされ、マイ一行は飲んだ。
通されたここは基地司令の私室。
『どこまで話しましたかな。もっとも堅牢とされるアフリカ種よりも硬く、アジア種よりも速い。我々は奴らを古代甲蟲と呼称します』
「古代甲蟲……!」
「まんまじゃねえか」
『自動人形は今、本社が危ないとの連絡を受けた後テンヤワンヤですけども、ヒトの方は今、ソビエト連邦中央の地方都市が丸ごと壊滅したのではないかとの憶測がまことしやかに報道されておりましてな』
「壊滅だって? ヒトの都市がか?」
『はい。被害はシベリア地域にとどまらず、蟲の最前線はすでにこの半島にまで達しているのです。現在もっとも被害を受けているのはソ連でして、モンゴルと中国もかなりの損害を出しているもよう。詳細はつまびらかでありませんが』
「中国かソ連は小型の核を使ったろ。そんな振動と不穏な雲を機内でみた。しかも効果なし、だったんじゃねえか?」
『どうして効果なしだとお分かりに?』
「だってそうだろ、アンタがそういう顔してる」
『参りましたね、顔に出ていましたか』
ロボトイに表情などない。
「核で止まったってんならこうして議論なんか必要ねえ。マイとアタシを始末してそれで終わりさ。なぜかそうしねえ理由と、なぜか差し迫った状況。だったら効かなかったんだろうと」
『まったく効かなかったのではないようです。ただ効力が薄すぎて。自国の土地を汚染してまで放っておいて、爆心地からわずか数百メートルという効力範囲がその後の使用をとどまらせている要因のようです』
「まあでも最後はありったけぶっ放すさ、ヒトはしょせんヒトだろ」




