第13話 容疑者クレアマリス
本社工場直掩の精鋭部隊である特殊憲兵団は任務を継続中。遠巻きにジン類の現場検証がひと段落するのを待ちつつ、秘密裏に工場の中を調査している。目的はテロリストの素性を掴むこと。
全機を撃破したと考えられるものの、いまだ襲撃者の正体はつかめていない。ダイバン社製の自動人形であること、種類はロボトイであること、識別信号を出さない裏切り者であること。
これらは会敵しただけでわかったが、それ以外はまだ。敵の規模は、根拠地は、首謀者は。
昨日時点で撃破が確定したのはわずか数体。混乱と炎の中で見失ったもの多数。同型機が複数種存在した可能性も否めず。全体像は藪の中、謎の集団のまま。
だが所属不明機の炙り出しは理論上可能。なぜなら自動人形は、ダイバン社の維持管理なしには存在しえない。武器弾薬はもとより、電池交換や給電などで社の恩恵が欠かせない。
長い年月で密かに軍を離れ、組織化した可能性はゼロではないが、墜落したC2輸送機がそれを否定する。輸送機に関しては製造開始以来一機も失われたことがない、今回初めて失われた現役機。
そのため、賊はいずれかの支社か前線基地の所属ロボトイ、つまり輸送機を使役したのは現役の兵に限定される。
強奪されたのであれば襲撃より先に一報が入っていて然るべき。本社急襲からは強奪されたとして少なくとも数時間、通信機能が失われるまでは猶予があった。
では輸送機が失われたのはどの基地のものか。
どこの部隊から何機の自動人形の行方不明者が出たか。
構成員は各組織に分散して存在するのか。
ひと塊として無くなった部隊、あるいは組織が存在するのか。
静岡の戦いで戦死を遂げた者も多くいようが、組織立った戦闘行動中の戦死は、単独行動中でない限り誰かの視覚記録に、ほとんどの場合多角的に保存されている。これにより戦死と行方不明はおおむね判別が可能。狙撃機でない身で単独行動をした結果としてのMIA(作戦行動中行方不明)は、この際容疑者のひとりとみなす。
各所から損耗を報告させれば炙り出せるものの、遠距離通信手段を失ったいま、飛脚よろしく直接伝達のみが通信手段とあって、星の裏側からの返答ともなれば往復72時間を要する。ヒトの通信手段を利用するにも、受け手側がそのアイデアに気づかねば。
つまり、いずれは明らかになることも、現状は時を待つしかない。
どこの、どの自動人形が裏切り者なのか。
救援で駆けつけた部隊にも紛れていたのか。
情報が集まるのを待っている間に第二波は。
味方の中にこそ敵がいるのだ。疑心暗鬼のなか、現場検証に当たらせているが。
などと、とめどなく思考する特殊憲兵団団長、百獣の王ボルトロム。その彼が一点を見つめながら歩くのを部下がみとめて。
『どうされました団長? ご機嫌ななめと見受けますが』
『貴様か。分かるだろう、我が身の不甲斐なさをな、嘆いていた』
『そうおっしゃいますが。まさか自動人形の謀反とは。理論上不可能な、絶対遵守の電脳プロテクトを破っての襲撃。現実にそのような暴挙が実行可能だなんて、誰にも予想などできませんよ。それでも賊は漏れなく討ち果たしましたし、その後流入した大型甲蟲も全機撃破。団長はじゅうぶん職責を全うされました』
『だが守るべき家を失ってはな。工場はもはや再起不能、何もかも完膚なきまでに』
『それを追求されるべきは我らです。対自動人形戦の初動を見誤り、火災は消しとめること能わず、対昆蟲戦においては装備が合わず。恥ずかしながら、いずれにおいても手間どりました』
『已むなしだ。荷が勝ちすぎた、守備隊にも、我らにも。たとえ戦闘経験がインプットされていたとしても初会敵でのラグは不可避。ロボトイとて感情をもつ葦であるがゆえに。おそらく我らの慌てっぷりすら計算がなされていたのであろうよ。それを尻目に、賊は足手まといと見るや迷わず即座に自爆して果て。痕跡は工場とともに灰燼に帰した』
団長は足下の、かつてロボトイの前腕部であった部品を拾い上げ。
ところが手首から先はモロリと脱落する。
『見ろ、こうなっては自動人形か一般製品かすら見分けもつかぬ。すべては失われ、勝者はまんまと炎の中に消えた』
『グム……』
『負けたのだ我らは。通信手段を失い、今後は戦闘経験のデータ共有すらままならん。これからの大容量データは接触してのみ受け渡し可能となるだろう。これでは原初のコミュニケーションと変わらんよ。武装は他の基地から余剰分を回してもらえるとしても、残弾は各拠点で貯蔵してあるだけ。補充兵は未来永劫生産できぬ。一昨日にアフリカ大陸平定の記念式典を開き、昆蟲の完全根絶を目前にしていたはずが。昨朝にシベリア調査団瓦解の報、夜に本社襲撃と同日立て続けで。しかも出自の異なる集団に、だ』
『…………』
『ッハ、呪われてでもいるのか、この星に我らは』
己への嘲笑に、部下は言葉もない。
『いいや、違うか。この星に棄てられた時点で……』
足下を探索しながらの会話。そこでふと、とある痕跡にボルトロムの視覚センサーがとまる。
『おい……。何か引っかからんか、この、小さな残骸』
『さあ? ヒトの持ちものが燃えたものでは? 彼ら基準であればこの程度、いくらでも商品が』
地下秘密自動人形製造施設があった出荷物倉庫建屋近く。時悪く建物に接続したまま焼け落ちたトラックのそば。
火災現場ではとくに珍しくもない、なにかが燃えた跡。ヒトのサイズで言えばひと握りほどの物言わぬ燃え殻から、言葉を交わさずに情報を引きだす。
『いいや、見まごうものかよ。我の視覚センサーはこれをロボトイのものと識別している。ここまで歩き、ここで果てた』
『では守備隊のものでしょうか、それとも避難しようとしたロールアウト前の新兵か、派遣された近隣の基地の者か』
団長には確信がある。残骸をにらみつけ、短く否定した。
『いいや』
『あるいは。まさか賊軍?』
『そう考える方が自然なのだ。戦場に偶然はなく、必然だけが蹂躙する。ここをみろ、タールと煤に不自然なほどネジが混ざっている。これら燃え滓の元はプラスチックだ、ゆえに重合金ではない。プラスチック製でこれほどネジが使われている商品を、我は変形玩具しか知らぬ』
『変形……トイ?』
『分かるか事の重大さが。数多の変形玩具が作られていても、自律稼働する自動人形への改修は今や皆無。ひとたび損傷すれば変形が不可能になる変形玩具は、メンテナンス性が低く、戦場では煙たがられた』
『メカ単位で交換が容易な合体トイと違って、ですね』
『そうだ。そのため、90年代を境に自動人形での採用は見送られるようになり、新造での補充は無くなった。あのアイルランド戦で数多の戦友が登録抹消となって以降は、変形玩具の自動人形はただの2機しか現存していない』
『そのうちの1機は先ほどお会いした博多所属のヴァーミリオン殿。天才原型師タカトクの御手による変形と耐久性の高次融合、傑作機ヴァルキュリア。彼が関与を?』
『いいや、彼は現存している。いまや代えのきかないスーパーパーツも健在であったしな』
『となれば? 消去法で残りの1機が容疑者となりうる? つまり、団長はこの残骸の主がアフリカの英雄クレアマリスであると?』
『そもそもアフリカにいるはずの彼女が日本に存在したことが通常では考えられない。アフリカ平定記念式典の翌日に星の裏側にいたなどと』
『なにゆえに? あの聡明な方がここで果てた?』
『知らぬさ。それに果てたにしては煤の量が少なすぎる。おそらくここで外装を捨てたのだ、パージした。となれば? 中は今も?』
『コアメカがまだ健在であると!? まさか!? ではあのときの!?』
ある種の閃きのような感覚。ボルトロムと部下の電脳に、同じ映像が浮かぶ。
横たわる、損傷したと思しきフィギュアと、それを案じて見下ろす星ノ宮詩音。
『そのまさかだろうさ。あの時と、今。座標もおよそ重なる。同行していたと思しき星ノ宮についても関与の可能性を認む。探せ、まだそう遠くへは行っておるまい』
『ハ! しかしフィギュア解放の旗印を我々だけで屠れるでしょうか』
『やってみせねばな。文字通り灰燼と化した、あらゆるものに魂の安寧を。落とし前はつけさせねばならん』
残骸捜査は一転フィギュア探しへ。容疑者は特定され、なかば指名手配となる。
『このような時に本社の管制が生きていればすぐですのに』
『言っても始まらん、すべては終わったのだ。ジン類への技術漏洩防止としての一極集中であったが。ここまで完膚なきに破壊されてしまえば再建は不可能だろう。もはや生産はおろか修理も通信もままならん。武器弾薬もな。可能なのはジン類頼みの電力供給と電池交換のみ。それも陰に隠れねばならず。これでは泥棒ではないか。これまで通りと言えばこれまで通りではあるが』
『では先発します。召集をかけ、他の基地へも伝達の手筈を』
『頼む』
去りゆく部下の背中を見送りながら、百獣の王はひとりごちた。
『果たして昆蟲の根絶は叶うのか? その後にひかえる悲願、第三次作戦に我らは打って出ることができるのか?』




