7
夕方――
店の奥の事務スペースに明かりがついていた。
外はすでに冷え込んでいて、ガラス越しに見える街灯の明かりが、通りをぼんやり照らしている。
冷蔵庫のモーター音が低く響く。
定休日の店の中の静けさ…
薫がノートPCを閉じ、顔を上げた。
「……顔、怖いぞ。何があった?」
「銀行が来てた。」
自分でも、声がいつもより低いのがわかった。
「二週間で事業計画書を出せって。」
「二週間?」
薫が椅子を少し引き、腕を組む。
「ずいぶん急だな。知花さん、何て?」
「“わかりました”って、それだけ。」
短く答えると、
薫はしばらく黙り込んだ。
机の上のボールペンを指先で転がす。
軽い音が一度だけ鳴って止まった。
「……だろうな。」
低い声。
「泣くような人なら、とっくに農園たたんでる。」
「……そうだな。」
苦笑が喉の奥で止まった。
あの子は、現実を受け入れて立つ人だ。
どんなに理不尽でも、感情を表に出さない。
薫が椅子を回し、背もたれに体を預ける。
「で、どうするつもりだ。」
「計画書は俺が出せる。
でも、名義がいる。家族の。」
「……つまり、お前が“家族”になるってことか。」
その言葉に、空気が少し揺れた。
「一年だけだ。
農園が立ち直るまで。」
薫は目を細めて、ゆっくり息を吐いた。
「やっぱりな。止めても聞かねぇ顔してる。」
俺は笑わなかった。
ただ、その言葉を飲み込むように受け止めた。
「婚姻届の証人、頼めるか。」
「言うと思った。」
薫は軽く肩をすくめた。
「……任せろ。」
言葉のあと、
蛍光灯の光が机の上で白く反射した。
書類の端に落ちた影が、
少しだけ揺れている。
静かな空気の中で、
決意が形になっていく音がした。
知花の“譲らなさ”を、支える側にまわる。
それが俺にできる、唯一の選択だ。
――戻る気なんて、最初からなかった。