6
農道の奥で、白い車が止まった。
土を踏みしめる音が近づいてくる。
畑には不釣り合いな革靴の音。
作業棟の前にいた知花が、手袋を外して帽子を取った。
陽に焼けた髪が風で揺れる。
車から降りた男は黒い鞄を手にしていた。
革靴の音だけで、どこから来た人間なのかわかる。
「北山銀行の竹中です。」
低い声が風に混じった。
俺は少し離れて立ったまま二人のやり取りを見ていた
名刺が渡され、軽く会釈を交わす。
知花の背中が少しだけ小さく見えた。
棟の中に入ると、蛍光灯の低い唸りが耳についた。
風で壁がわずかに鳴る。
机の上には帳簿と伝票、端に置かれたコーヒーの缶。かすかに紙と土の匂いが混じっている。
男は書類を広げ、淡々と話し始めた。
「お父様のご容体、伺いました。
現在の経営状況を確認させてください。
次回の返済が来月末になります。
二週間以内に事業計画書をご提出ください。」
金属の留め具が外れる小さな音。
それだけで胸の奥がざらつく。
「経営が思わしくないと判断された場合融資の停止と返済をお願いする場合もありますのでご理解ください。」
知花は短く頷き、帳簿を開いた。
「……わかりました。」
その声に何の揺れもない。
けれど、その静けさが痛かった。
男は軽く頭を下げ、
書類を鞄に戻して出ていった。
ドアが閉まる音が響き、
外の車のエンジン音が遠ざかっていく。
静かになった棟の中で、
知花は机の端に手を置いたまま動かない。
あかぎれして痛々しい手……
その手を見た瞬間、
喉の奥が詰まった。
助けます、と言えばよかったのか。
けれど俺の勝手な判断で動けない。
店は薫と共同経営だ………
軽い言葉はただのノイズになる。
出かかった声を飲み込んだ。
胸の奥が熱い。
喉がひどく乾いている。
――今、言うべきことが見つからない。
蛍光灯の唸りが続いている。
外では風がビニールを揺らす音。
そのどちらも現実の音で、
誰も変えられない音だった。
俺はただ、そこに立っていた。
無力なまま、目を逸らすこともできずに。




