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ラス、ガヴァネスたちと大団円を迎える

 初めての葡萄酒は酸っぱくて苦かったが、飲んだあとの気分は悪くない。ラスは懐かしく温かな食堂で初めてのパーティを楽しんでいた。

 みなの頬が桃色に染まり、窓からは夜風が涼しく吹きこむ素晴らしい夜だ。


 所作も無礼講のごちそうが片付けられたあとは、上皇特製のクリームパイと林檎パイが切り分けられて並んだ。

 するとすっかり祖父の顔で上皇が誇らしげに言った。

「おぉそうだ。林檎はラスの土産を使ったぞ」

「え?……でもあのとき、」


 驚くラスに構わず、魔塔長がクリームを頬につけたまま「あぁそうそう」と話を引き継いだ。

「うっかり保存魔術を掛けたままにしてたんですよ。無傷で飛ばされて、何しても切れない奇跡の林檎って呼ばれてきっかり七つ、王宮に献上されたそうです」

「あっはははは! あんたにしては珍しいことしたのねぇ!」


 ほろ酔いの辺境伯は上機嫌で魔塔長の肩を抱いた。本気でうんざりした顔の魔塔長は「ま、そんなこともありますね」と体を揺すった。


「そういや、なんで林檎が土産になったんだぁ? あんときゃ確か、花街で……」

 「こらッバカ!」所長の口は剛腕で塞がれたが、「花街?」と殺傷力の高い女性陣の声が和やかな空気を一変させた。

 普段はどこ吹く風の侯爵でさえも顔色を悪くしている。


「ランスロッド? どうして花街に行く用事があったのです?」

 たおやかな優しい声で王妃が尋ねた。恐ろしいほど怒っている。

「あぁ、『遊び』の試練の課題で……」

「あぁら。それはそれは楽しかったことでしょうね」

 「(安らかに)」と、数人が天を仰いだ。


「楽しかったですよ! そうだ、僕そのときのことを誰かに話したかったんです」


 一瞬で空気が凍った。

 「あんた!」「ラス坊」「おぉう」「それはやめよう」魔塔長以外の男性陣が立ち上がって全力で止めようとしたが、ラスはけろっとして「気持ちよかったです」と笑った。「ひぇ」と辺境伯が祈りかけた。


「一晩中、料理を運んだり皿を洗ったり……あとは床をモップで拭いたり。アレって結構難しくて、力入れると柄が折れちゃってものすごく叱られました」


 ん?

 人でいっぱいの食堂に、疑問符が浮かび消えた。


「……ラスは花街の中心にたどり着く前に、酒場の手伝いをしないかと声をかけられたんですよね」

 魔塔長がしれっと補足する。


「そうそう! 細いけど腕力ががありそうだって言われて嬉しくて、つい少しのつもりで。そしたら一晩中働くことになっちゃって! 住みこみでやらないかって親父さんに誘われたりして。……正直、女性に声をかける勇気もなかったから、渡りに船だったんです。あのときは試練の期間が終わったら、市井で働いて暮らしていくつもりだったので」

ラスは一度言葉を切った。


「だから……すごく自分に自信が持てたんだ。ハッピーの課題のおかげだと思ってる」

 話の途中、立ち上がったラスの視線の先には、口を引き結び眉を顰めた父王(ハッピー)が立っていた。今しがた、大鏡から現れたのだ。


「遅れてすまない。急ぎの稟議が……」

 いいよ、とラスは苦笑した。王が一番忙しいのは分かっていた。そして来ても来なくても集中砲火だろうに、顔を出しただけすごいと素直に感心できた。


(だから僕も、伝えよう)


 ふたりは一年ぶりに向かい合った。まだ少しだけ背が足りず、彼はちぇっと思う。

「ハッピー。僕、言いたいことがあるんだ」

 同じ台詞。王は重く肯いた、姿は父のままで。

「どんな誹りも受け止める」

 ラスも肯きを返した。


「僕は王には向いてない。誰が何と言おうと自分でそう思う。お祖父さまみたいに先を見て交渉できなそうだし、父上みたいに何でもすぐに決断できない」

 でも。ラスは言葉を切り、パイの皿を持ち上げた。

「王子として、これからどんなことができるのかを知りたいとは思う」


 王妃がハンカチで涙を押さえた。上皇后が背をさすった。


「もし明日国になにかが起きて、例えば順番が来たとしても、僕はきっと王になりたいとは思わない。でも王子として生まれてしまったのは仕方ないってことも分かってる。それも僕だから。そうでなきゃ、大好きなみんなとも仲良くなれなかったし、なんでも教えてもらうこともなかった。だから……王子として、みんなみたいに何かひとつくらいは僕にも一人前にできることがあるかもしれない……あればいいって」


 思う、はラスを辺境伯(偉丈夫な大叔父)が抱き締めたので、あわや取り落としかけた林檎パイと一緒に宙に浮いた。

 急においおいと号泣する大叔父をあやし――彼が酔って泣き上戸で絡むのは初めてではなかった――ラスは父王に苦笑した。


「でも、僕が何者になるかは僕が決めます。王子のまま、決める」


 青の眼差しが真っすぐにぶつかり合った。

「だから僕、まだ王宮には帰りません。もっと強くなりたいし、もっと魔術も学びたい」

「……分かった。だが成人の儀には帰ってくるな?」

「もちろんです」


 安堵を浮かべた王は「うん」と力なく肯いた。

 そんなに勉強が好きだなんて、お前は叔父に似たのかもなぁ。

 寂しそうに言う父王に、ラスは吹きだす。

(まだ遊んでいたいだけってのもあるから、父上似かも。言わないけど)


 侯爵が指を振り、浮きっぱなしだったパイを皿ごと王の手に届けた。

 風魔術でスライムクッションに運ばれた辺境伯から解放されたので、ラスは「食べてよ」と肩をすくめた。


「その林檎、僕の初報酬なんだ。王子なのに国民からお金を貰うのも悪い気がしてさ。ハッピーには絶対食べてほしかったんだ。外泊の証だし……」


 父王はすぐ、むずと掴むと一口で頬張った。咀嚼してごくんっと飲みこんだ。

「……うまい」

 テーブルでは「儂のパイだから当然だ」と上皇が品良く微笑む。


 ――ラスはそれで完全に溜飲を下げた。父王は大の辛党で甘い物が苦手と知っていた。

(それでいてナンパ好きのカード狂いなんだから、イメージ狂うよなぁ。父上がそんな人だって、知りたくなかった。けど……)


 しかしきっと、王子で王になった父にも、自分と同じような葛藤があったのだろうと今なら理解できる。それでも父は、王になることを選んだのだろうと。


「ハ……ううん父上。今度時間ができたら、また夜市に連れてってください。一緒に串焼き肉を食べたいです」

「ランスロッド……。もちろんだ!」

「わたくしも行きたいです、我が君」

「う、うむ……!」



 ――丸一年、王妃になった姉から夫婦喧嘩を食わされ続けた弟は、ホッと息を吐いた。それこそが就職に振り切った大きな理由だったからだ。できることなら、王族のなんやかんやに関わりたくはない。

 そして同時に彼は変化を嫌うがゆえ、本に埋もれるような生活を送っていたいと悩み、自分で決めたこととはいえ人生の転機を迎えることに戸惑ってもいた。


「僕が何者になるかは僕が決めます……か」


 彼が秋から勤める国立文書管理塔の責任者は、御年八十のハロルド塔長。まさに五十四年前、王の試練から華麗に脱出し下野した当代きっての異端児。まだ健在で第一線で働いているという。

 これも縁かと、最愛の甥を彼は眺めた。


 彼は左の中指を擦りふうと魔力を吹きこんだ。生じた光に琥珀色の目を細める。「ラス!」振り返った同じ髪色の青年は目を瞠った。


「君に六つ目の証を」

 白く輝く石が、ラスの指環の星となった。

「これから君の決める道が、自らの放つ光によって明るく照らされますように」


 指環と叔父を何度か見比べ、目を丸くしたままラスは呟いた。

「どうして? 僕はもう十六じゃないのに」


 「あぁそうだった!」と祖父(ドック)が好々爺の笑みで手を打った。


「もしもあのとき『まだ王族でいると』答えていたら、儂はもうひとつ、尋ねることになっていた。『試練を続けるか、放棄するか』とな。王妃の森はきっかり一年分だけ、その王子のために機能することになっているからな」


 魔塔長(ドーピー)も、なんときれいにクリームを平らげ言った。

「つまり、この指環はあと二十九日間は使えるってことですね。もちろんハウスも、王妃の森も」


 すると突然、研究所所長(クランピー)が猛然と立ち上がり、

「っっかぁー! この指環、さっぱり消えないからどうなってんのかと思ったぜ! ってか時限付きの魔術陣なんて聞いたことねぇな一体どこに仕組まれてやがるんだッ?」

と、食堂を出ていった。

 魔塔長は話の終わりを察し、さっさと入眠中の辺境伯(バッシュフル)の隣にスライムクッションを拵えて休憩し始めた。何も言わずもうひとつ作ったのは叔父(スリーピー)の分だろう、何冊かねぎらいの本が添えてある。

 侯爵(スニージー)は随分前からやっぱり棒に乗って浮いていた。珍しく酒に酔っているのか満面の笑みだ。


 そうして父王(ハッピー)は、ラス(王子)と顔を見合わせた。

「ランスロッド……確かカードの勝負、まだついてないよな?」

「また性懲りもなく挑みますか? ふふ。何度でもボコボコにして差し上げますよ、父上」

「あんまり大口叩くな!……うーん、それならなんか賭けるか?」

「えぇ……父上、お小遣い全然ないのに? うーん、何にしよう……」


 やれやれと、王妃と上皇后は席を立った。こうなったらノウスの男たちは長いのだ。

 「うちにとっておきの蒸留酒があるのよ」「素敵ですわ!」と話す母たちは、一足先に神聖なる水面を揺らして帰っていった。



――そうしてしばらく悩んだラスは、あっと手を打った。

「じゃあ勝ったら、七つ目の星を!」



     ***



 こうしてランスロッドは、ノウス国で初めて七つの星を戴いた文武両道の王として国民にも一部の熱烈な歴史家にも、長く愛された。

 その影に、彼が生涯頼り愛した、優秀なガヴァネスたちがいたことは今でも王族のみに伝わる秘密である。



   (了)



これでお話は終わりです。

ラスとガヴァネスたちを見守って下さり、本当にありがとうございました!

リアクション・コメント、本当に励みになります!!!


ルビ多くて申し訳ありません(定期)

(なんかやっぱり長くなっちゃったな)(定期)


そして元は「#いけおぢ豊穣祭3」に奉納する予定だったお話。

タグ検索すると、きっとお好みのおぢに出会えますよ!

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― 新着の感想 ―
いやー気持ちの良いラストでした。途中どうなっちゃうかと思ったけど、強くなって・たくましくなって・そして自由になったラスが眩しいです。おぢはいつ出てくるんだ??と思ってからの「そこに!いたんだ!」も爽快…
おっもしろかったーーーー!!大団円!!!! 個性豊かな、ヘキつっめ詰めのいけおぢを七人も揃えるとは……さすがでいらっしゃるぜ……! 全員魅力的で彼ら一人一人のエピソードだけでも心躍る一方、キャラ魅力だ…
完結お疲れさまでした! 大団円ーーー!! どこか欠けていたとしても、それを補い合える師や仲間がいることは大いなる宝ですね! ハッピーとも仲直りできたし、慕われる王様になれたのはラスが頑張ったから! お…
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