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ラス、十八になる

すみません、やっぱり分けました!

 夏の森は下草が繁って走りづらい。

 王妃の森よりもかなり北側に位置する辺境領の木々は、万緑をたたえる鬱蒼とした場所だ。あれだけ走りづらいと思っていた地面が今では平坦に近いと思えるのだから恐ろしい、ラスは冷や汗を振り乱す。


「ほらほら、(おッそ)い! 」

 五十を超えた辺境伯バッシュフルが煽ってくるが、彼はそれどころではない。足場が悪さに加え、体術を禁じられ魔術弾だけの反撃で森を抜けなければならないのだ。

 転べば怪我をし、虫に刺されて数日苦しむ。本来、治癒魔術は日常で許可されていない、『王妃の森』が特別だったからだ。

 しかし道半ばですでに魔力は底をついていた。

「くっそッ! 今日は、……降参します!」

 ぺしんっ。脳天を軽く(はた)かれ、ラスはひぃひぃ言いながら駆け足を止めた。


「はぁ、結構走ったから疲れたわねぇ。あ、やだ、ここ刺されてるじゃない……ハァ、最近痕が残るのよねぇ」

 なんとか息を整えたラスは、痒くても我慢する大叔父を見上げた。

「そういえば総魔塔長ドーピーがちっさいスライムくれたんだっけ。刺されたら貼れって。いる?」

 「あんたってホント可愛がられてるわよねぇ」半目になった辺境伯は、大人らしくなってきた背をもうひとつ叩いた。


 

 一年とひと月前。王妃の錯乱もとい賊との魔術戦で甚大な被害を受けた王宮は、歴史的にも珍しい大規模工事が必要になった。

 一説では王の私費からかなりの額が寄進されての改装と囁かれ、五年を費やし国を挙げての――のちには歴史に名を残す公共事業となる。

 そのため王宮に部屋を持つ王族は国内の別邸で過ごさざるを得ず、逗留地は伏せられたが、王妃までも王宮から出たと話題になった。

 第一王子はというと辺境伯に引き取られたとされた。曰く、病弱で空気のいい土地で静養している、と――。


「おぉラス坊! まぁたでっかくなったじゃないか! 元気そうだ!」

「所長、ご無沙汰してます。あっそうだ、この前の手紙に書いた魔術陣って上手くいった?」

「いやアレじゃ回路が途中で切れちまうから、不合格だぁな」

 「えぇ……なんで」宙にごちゃごちゃと計算し始めたラスに、白いものが目立つ赤髪の研究所長クランピーが「あとでにしとけ」と顎をしゃくった。先ほどからラス付の侍従が柱の陰からこっちを窺っているのだ。

「ほぉらさっさと行かねぇか!」

「分かりましたって」

 ラスは笑った。口調はきつくとも目尻は優しく垂れていると知っているからだ。


 ――『王の試練』のガヴァネスになるには、たった一つだけ条件があった。

 それは齢三十五を過ぎた者であること。

 そうでなければ指環が認めず『黒の大鏡』を通れず、『ハウス』にも『王妃の森』にも出入りできない。

 つまり王の試練は、王子王女の後見人を定めるための期間でもあるのだ。

 だからこそ年齢制限があり、少年少女がどちらの選択をしても現実的に後ろ盾として守り導くことのできる財力と実力を兼ね備えている人物が望ましいと、解釈されていた。

 

 王に指名されたガヴァネスたちは、指環と鏡の力によって年若く姿を変え、十六歳の鍛錬に耐えうる体力を得る。

 信頼関係を結び王族の結束が強まるか、下野げやする決断を見届けるか。

 

 二百年の間で、『王の試練』は形を変え目的を変え、未来ある少年少女たちのためにとして受け継がれてきたのだ――。


「あら、お早いお着きね所長サン」

「こりゃ辺境伯殿、お機嫌麗しそうでなにより」

 ふたりは軽く挨拶を交わし、侍従に追い立てられるラスの後ろ姿に「人の子どもは成長が早ぇえな」と笑い合った。


     *


 今夜はラスの十八の誕生日、ガヴァネスだった六人(父王は留守番)と母である王妃が集まって、ささやかな祝いをする予定になっている。


「あれ、叔父上スリーピー魔塔長ドーピーもいつ来たの?」

 体を洗って戻ったラスはふたりを見て破顔した。

 勝手に彼の私室で寛いでいることは言いっこなし。魔塔長に突破できない扉はない。

「あぁ元気そうだな、ラス」

「ついさっき着きました。ここ、なかなかいい部屋ですね」


 眼鏡を機嫌よく持ちあげた魔塔長は、最近は王相手でも絶好調と聞こえが高い。「ラスのおかげです」と国に内緒の研究成果物をラスに大盤振る舞いしては辺境伯に「やりすぎ」と言われている。

 「成人の儀が終わったら塔で働きませんか」とかなりの好条件を提示してきているので、これからは全力でラスを手駒にするつもりだろう。


 元は官吏職を嫌い自宅の伯爵領で研究に明け暮れていた母方の叔父の方は、国立文書管理塔(すごい図書館)からの熱烈な誘いを断り切れず、国の古書読み放題(就職)に向けて準備中だ。相変わらず髪はボサボサになりがちだが、今日の彼はお祝い向けに整った格好をしている。

 「聞いた話だと、女性の文通相手ができたらしくて……」と王妃が心配していたので、今夜のメインディッシュになりそうだである。



 そうこうするうちに約束の時間になった。

 ノウス国伝統の裾の長い上着を羽織ったラスは、二年前とは見違えるほどの背格好。左手には件の指環、腰には短剣を提げ、一国の王子として遜色ない。

 生意気で世間知らずだった少年の男ぶりに、元ガヴァネスたちは満足気だ。


 魔塔長が、ラスの私室に大鏡を出現させた。「黒かったのは雰囲気出るかと思って」と彼なりの冗談か、今回の鏡は白く神聖な光を放っている。

 慣れた様子で彼らがそれを通り抜けると、そこは木造りの質素な食堂――。


「懐かしい……こんなに狭かったっけ」

「それ、アタシも来るたびに思うわ」

「(まだ成長してるんですか? こわいですね)」

「聞えてるわよ!」

 するとほぼ同時に、巻毛の侯爵(スニージー)に付き添われた上皇(ドック)、そして王妃()上皇后(祖母)が現れる。「あぁランスロッド!」「立派になって!」女性陣に抱きつかれ、ラスは「ありがとうございます」とキスを返した。


「お祖父さまも、お元気そうで何よりです」

 粗末な板張りの床に膝をつき、ラスは祖父に最敬礼をする。

「君も随分逞しくなった。辺境伯にはよくしてもらってるかい」

「はい、もちろんです」

「考えるより筋肉が先に出ることがあるだろう、何かあったら知らせるんだよ」


「ちょっと兄上、聞き捨てならないわよ。もうすんごい食べるから王宮に食費請求しようかと思ってるくらいなんだからッ」

 辺境伯がぷんっと腕を組んだ。これで娘たちの前では器用に口調を変えているのだからすごい。

 「あのバカ息子に請求しなさい」「当然」「それくらい安いもんだろぉが」「えぇえぇ辺境伯さま、我が君にならいくらでもご請求なさって!」


(……じゃあ明日からは、遠慮しないでお菓子も食べようかな……)

 現王(ハッピー)に対しては当たりの強い人々のおかげで、事実、ラスは父王をそこまで恨まずに済んでいた。

 ――母による爆発のすぐあと、ラスは半分攫われるようにして辺境伯領に連れて来られたのを思い出す。


「もしあんたが王子辞めるってんなら、うちの子になんなさいッ! そのペッソペソの心根、バッキバキに強くしてやるから!」

 そして泣きながら追いかけてきた母や、馬車で小火を起こしかけながらついてきた所長、そして上皇の代理と言ってふらっと立ち寄る伯爵――もちろん他のガヴァネスたちから「離婚してでも一緒にいる」「うちの三人目の養子になるか」「新作のパイです。食べ終わるのを見てから帰ります」と、日日にちにち説教され続けた。


 だから今のラスは、彼らの手放しの愛情を信じることができるようになっている。

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