お姉ちゃん、すなわち1番の女!
静寂だ...なんの音もしない。
いつもみたいに意味のわからない言葉でお疲れ様と言ってくれない。いつもみたいに耳を撫でてくれない。
負けた...相棒が隣にいて、親友が信じてくれて負けた、私の油断のせいで。
あぁ...あの時と同じ、同じだ、これだけ恵まれた環境にいて、なにも成長してない。
クズはなにをしてもクズにしかなれない。
猫又トコナになれない。
.........はぁ足がまだ動かない、炎の魔力効率が酷すぎる。
無能でも体は疲れる。だからか、けれど早くレイサを助けに行かないと。
「ダメです、少し休憩してください」
メノンちゃんに体を押さえられ膝の上に寝させられた。メノンちゃんの可愛い顔が鼻に当たりそうなくらい近づく、いろんな感情を堪えていつも通りの余裕のある猫又トコナを演じる。
「うへへ、メノンちゃん、今は私よりもレイサを助けてあげないと」
「トコナ先輩がレイサ先輩を大切に思うように、私もお二人を好いているんです、それとも...私は邪魔ですか?」
「それは違う!レイサもメノンちゃんも大切なことに変わりはない!年齢も時間も関係ない!」
「なら休んでください、自分では隠せてると思っているのかもしれませんけど、すごい大怪我ですよ。せっかく稀代の賢才たる私がいるのですから、もっと頼ってください」
...だめだ泣きそうになる、後輩の膝を借りて泣いちゃうなんて先輩失格だよ。
...ああ、いっそのこと、このまま温かさに溺れてしまったって…
「.........えっ?」
メノンちゃんの雰囲気が急に変わり、不思議に思い目を開くと金髪の裸の女の子がいた。レイサを…抱えて…
(メノンちゃん、警戒)
(了解です)
私は無理矢理起き上がり保管庫を開く、もしもの時はテルミットを投げて…ないな。それでも全力でメノンちゃんを逃す、私の全てを懸けても。
「あっあの、この人、要りますか?」
なにも答えず耳と鼻に集中する、レイサが落ちた穴からは微弱な動きがあるがそれ以外に怪しい点はない。
「えっと...この人、上から落ちてきて、怪我していたから僕の血で…治して…」
「......うん、その子は私達の大切な友達なんだ、助けてくれて本当にありがとう」
私の耳と鼻でも気配を感じることが出来なかった、だが相手が友好的に見える分下手に動けない。それならこちらも友好的に振る舞って情報を集める。
「...っ!はっはい!役に立ててよかったです」
満面の笑みを浮かべたその子は隙だらけで近づいてきた。
そして何事もなくメノンちゃんにレイサを渡してくれた。
悪の気配はしないし、精神も年相応に感じる...がこんなとこにいる時点でただの露出狂でないのは確定。
だけど意図が一寸も読めない...この子から直接聞き出すしかないか。
「うん、そうしたら君の名前を教えてほしいなぁ〜、私の親友を助けてくれたんだし、お礼をしたいんだ」
「名前は...わからないです...そうだ!お姉さんが名前をください!それがお礼がいいです!」
おぉぐいっときた、案外積極派?かわいいねぇ…じゃなくて、ちゃんと警戒しないと。でも本当にいい子にしか思えない、レイサを回収したからこの子を拘束する?いや、そんなことできない。
レイサを助けてもらった上にこんな優しくて可愛くて純粋な子を裏切って拘束する、なんて恩知らずにも程がある。私が罪悪感に殺されちゃう。
「ねぇ、家族とか友達はいるの?」
「わからないです...なにもわからないんです…」
なら!これが最も賢いやり方、もしかして→天才? イエス!!!
「それなら今日からあなたは私の妹!それでいい?」
「...?...!はい…はい!僕もそれがいい、ありがとうございます、お姉ちゃん!」
「くぅぅ、よし、ならまずは服着よう、でも体中血だらけだね。え〜と拭くものあるかな」
「体の血をとればいいんですか?」
そう言うとこの子の体についていた血が皮膚の中に吸収されていった。
「血を動かす魔法なの?すごいね〜。あっ、メノンちゃん水着貸して、私のだと大きくてぶかぶかになっちゃうから」
下着は水着でいいでしょ、この子は150cmくらいしかなくて、私のだと大きいからメノンちゃんに貸してもらう。
上は戦闘前に脱いだ猫耳パーカー着せて、下は白茶のミニスカしかないけどこの子だと普通のスカートに見える。
腰をちょっと詰めたら完璧!かわいい、なんだぁこの子。
ウェーブのかかったツヤツヤの金髪、小宇宙のように深い若紫の眼、小さくて守ってあげたくなる純粋な雰囲気。やばい、心臓バクバクしてきた。
(先輩?この子が敵じゃない根拠はあるんですか?)
(もちろん!それはね、私の妹だからだよ、フンっ!)
(やはりまだ疲れが...?いや脳機能に問題が起きた可能性もあります)
やっ、やばい。確かに客観的に見たら知らない子供を勝手に妹にするのはまずいのでは!
いや、この子をこのまま放置なんてできるわけがない!
(メノンちゃんはこの子のこと可愛いと思わない?それが答えだよ!)
(…つまりこの記憶喪失を起こし且つ捨て子であるため親元に戻っても愛されないだろうこの子を自分の妹、つまり騎士団長の娘にすることで前親から守るとともに、身分を保証し私達もこの笑顔を享受できるということですか。さすがです先輩、この短時間でそこまで考えが及ぶとは)
あっこれはなにも考えてなかったって見透かされている上で色々理由ならべているね。付き合いが長いからわかるわかる......ごめんち。
「お着替え完了!そしてそろそろ帰ろう。帰りはゆっくり滑って帰ってあげるからね、メノンちゃん」
「.........そうですね、ケガ人二人と子供?一人ですから安全に、ゆっくりと」
「じゃあメノンちゃんはレイサを抱っこして、私はこの子を抱っこするから」
私は腰にロープを巻いてメノンちゃんとレイサに巻きつけた。
レイサを揺らしたり、この子を落としたりしないようにゆっくりと垂直な道ではなく、緩斜面を選んで下っていった。
「普段からこうしてほしいのですけど!なんで毎回私の手を掴んで爆速で滑るんですか!?いつも吐き気を我慢しながら転ばないようにすごく頑張ってバランスを取っているんですよ!」
「まあまあ、それよりこの子の名前考えようよ〜そうだよね〜」
「うん、僕は名前がほしい、名前は...この世界に生きている証明...自分そのものだと思うから...」
まだこんな小っちゃいのにすごい難しいこと考えるね。
けれど、この考えには妙に納得できる。
心が落ち込んで、自分が何者かわからなくなった時…名前だけが自分が自分だと思える理由、心の拠り所になってくれた。
私の名前の由来は寝る場所の床が由来なんだけどね。
名前のせいか本当に寝ることが好きになるなんて、名前には何か得体の知れない力があるのかも知れない。
「では紅玉の亡骸で出会ったのですから紅玉を表すラトラナジュなどはいかがですか」
「この国で一番多い名前じゃん。もっと特別なのがいいな〜」
「それなら記憶喪失であることから正体不明のunknownからノア、忘却のoblivionと似たオリヴィアはどうですか」
「辛い過去があるかも知れないのにそれを名前にするなんてメノンちゃんもしかしててんねんサイコパスさん…?」
「………」
「あっあっ、脳に私のこの前気まずかったこと流すのやめてぇ〜」
なんでメノンちゃんが私が授業中寝ぼけてて後ろの人が指名されているのに自分が答えちゃったこと知ってるの!?(あっw、猫又さんが答えるのねw)ぐはっ
100%レイサしかいない、許さんぞレイサ、レイサと違って私の方はまだ尊敬されているのに。
「僕はお姉ちゃんにも名前…考えてほしい…」
「言われてしまった、だが私はお姉ちゃん、ちゃ〜んと考えているのだよ。ねぇねぇあなたの魔法は多分血を使うものなんだよね?」
「その...多分、水色の人が落ちてきた時触ると、体から血がばって出て...傷口に入っていて、なにが起きたのかは分からなかったけど、傷が消えたから」
「うん、なら君の名前はやっぱりこれがいいね」
血、そして宇宙を表すこの言葉。この子には記憶喪失で何もかもをなくしたんじゃなくて、宇宙のように広がる無限の可能性を信じて欲しい。
「君の名前は...エマ」
「......エマ...エマ!僕はエマだ!」
「そうあなたはエマ!そして私の妹だから猫又エマ!...ちょっと語感悪いかな」
「全然っ!大切な...家族の名前!」
妹がいるってこんなに楽しいものなんだ。みんなでこの子のお姉ちゃんになろうかと思っていたけどやめよう。この子は私の妹だ!
「エマですか、いい名前ですね。よろしくお願いしますエマ、私はトコナ先輩の友達であり妹です。つまり、エマは私の妹でもあるということです。」
「そうなの!?でも負けないよ...僕だってお姉ちゃんの妹でお姉ちゃんが大好きなんだから!」
「ふふふ、その勝負受けて立ちましょう、どちらがトコナ先輩を妹として癒せるか」
ふへへ、今日はすごい激動の1日だったな〜。ただ友達と遊んでいただけなのに、殺し合いが始まって友達を失いかけて、妹が二人できて。
私はまたこんな理由で人を助けた。
「どうして先輩は炎を出しても服が燃えないんですか?」
「なんでだろ...?コンプラかな?」
「ちくせう...です」
「僕、裸で登場しちゃったけど...」