補給は大事だからね!
姉さんとキューブのやつを見ていて分かったことがある。
下手なのは言わずもがな、気になるのは最高得点157点にどうやっても届かないこと。しかし157、トコナ先輩のことだ、何も無いという訳でもないだろう。
そこで気づいた、ガンマンは倒せるってことに。
言っちゃ悪いがこのアトラクションってあれが元ネタにあるはず。
そしてやたら的に近いところでポーズを決めて立っているあのガンマン。
何かを隠せそうなあのカウボーイハット、取り敢えず撃ってみた。
「得点は78点です!そしてこちら、隠しトロフィー賞です」
...腹立つわねこの人、ドラクエの酒場にいる踊り子みたいな服装をしている。何とは言わないけど見ろって言っているようなものじゃない。
軽く睨みつけてから差し出された一枚の写真を両手で受け取る。
「ってエマさんじゃないこれ!」
「どうやらトップ3、もしくは隠し要素を見つけるとエマさんのプロマイドが貰えるらしいな」
キューブが指差す方を見ると、飾り立てられたウェスタン衣装のエマさんの写真が貼ってある。その周りで写真を撮る人が大勢だ。
「あの写真私が撮ったやつじゃーん!」
「クラスupにあげてた写真使ってるの、だから近くで見たらガビガビね」
「ここが異常に混んでいたのはそのせいって訳ね」
肝心のエマさんは交流戦に出るからいないのにね。
さて、そろそろ手を手招いている姉さんの相手をしてあげよう。
「あげないわよ姉さん」
「がーんっ!」
「私だって普通にエマさんのプロマイド欲しいのよ!」
だって可愛いわよこの子、人間宝石よ人間宝石!
とても大人になった学院生にはこの澄み切った純朴さは出せないわね。
天然記念物として保護すべき、東ヴァストスの宝よ。
「ていうか撮ったならスマホに入ってんだろ」
「あっ確かに」
「あとで送ってよそれ」
「俺も頼む、悪用はしないから!」
「それを言うから怪しく聞こえんのよ!」
キューブと口論をしながらスイミさんの屋台に向かう。
場所は二階屋上、昨日は静かな休憩所だった。
最近の姉さんの仕事の様子を聞きながら屋上の階段を登っていると、体が芯から冷えるような感覚に陥る。
シャキンシャキン
耳元で鉄が擦り合わさる音が聞こえた。
私は驚きすぎて階段から落ちた姉さんを支えながら悲鳴をあげる。
「し〜だよ柑橘家族、お客さんが逃げ〜る」
「それの方がお客さん減るからね!!」
壁から上半身だけ出したスイミさんがヘラを持つ手を振る。
そして壁の中から出てきて階段を登っていく。後ろ手でぷいぷいと指を曲げている、どうやら史上最悪のお出迎えに来たらしい。
手すりにもたれ掛かっているキューブも叩き起こして階段を登る。
そして扉を開けると、目の前にお祭り屋台が大きく鎮座していた。
存在感ある鯛の模型の主張が非常に激しい。
「柑橘家族改めてこんにちわ〜ご機嫌いかが〜?」
「スイミさんが歩いているの久しぶりに見ました」
「大丈夫ですか?車椅子入りますか?」
「別に病弱の設定とかじゃないよ〜」
溶け切ったアイスみたいなやる気のない声で答えるスイミさん。
しかし待って欲しい、そんなことより気になる人がいる。
ふっわふわのカールが効いた金髪、宝石を埋め込んだような紫の目。猫耳のついたニット帽を被り、たい焼きを焼いている猫又エマさんがそこにいた。
「エ、エマだよね?」
「モエ、おっは〜!」
「笑止照明、猫又エマさ」
スイミさんがそう言った瞬間、姉さんの姿が消えた。
いや、既に屋台の中に入っている!
赤い目の赤さが遥かに濃く、どす黒くなって表情も恐ろしい。
「目のブリリアン度がいつもの半分くらいしかない。それに髪のカールもふわふわじゃないし、笑顔もぎこちないよね。立ち方も体幹が弱そう、指をトントンしてリズムをとる癖もしてない。あと目を見て話してくれない。ねぇどうしたのエマ、ねぇねぇ、ねぇねぇねぇ」
「こ、このオタク怖いんですけどー!?」
姉さんがエマさんに体重をかけるせいで、エマさんの体が鉄板にぶつかりそうになっている。流石に止めようかとしたところで、あのスイミさんが高らかに笑った。
「ふっ、流石『ロリコンのモエ』だ、この程度の変装で騙されてくれないか」
スイミさんの纏う雰囲気が変わる、肌に気味の悪い魔力が当たる。
「ふーふっふ、はーははっ。そうだ、私こそが」
そして顎の下に手を差し込み、ビリビリと何かを剥がした。
「『たい焼きのスイミ』」
一切変わらぬ姿をしたスイミさんがそこにいた!
「またの名を東雲スイミと呼ぶ」
「じゃあ今何を剥がしたの!?」
「ほぉー爪とか?」
「!!!」
「今この子の肩凄い震えたけど、地面から20cmくらい浮かんでたけど!」
エマさんの偽物は何かに怯え頭を抱えている。
まるで本当に爪でも剥がされたようだ。流石にね...?
そんな様子を無視してスイミさんはその人に声をかける。
「ニア、自己紹介したまえ、これから君の友人になりうる者達だ」
「あっはい、ウェルネスです、ウェルネス・アートマンです。趣味は狭い部屋で寝ることで、嫌いなことは拷問と理詰めです」
「私はあだ名でニアと呼んでいる。彼女は元々チンピラなんだが、トコナ先輩にお仕置きされて更生したので私とメノンで引き取った」
「そうなんだ、ごめんねニア、これからよろしく!」
「よ、よろしくです...」
もの凄く引き攣った顔で渋々姉さんの出した手を握るニアさん、目を瞑って息まで止めている。可哀想なので姉さんを引き剥がし、屋台の席に着かせる。
キューブは既に着席していておでんを食べている、なんで?
「俺は別に戦わないから好きに食べるぜ」
「私は甘えてきた子は甘やかすのさ、どうだいアル?」
「...卵と油揚げと昆布、あとたこ焼きはある?」
「君の好みは把握しているとも、さっき下の屋台で買ってきたさ」
「あぁね、だから階段から出てきたんだ」
暖かいおでんを食べていたらツッコムのも疲れた。
そうだ、スイミさんは体重がないし壁をすり抜けるし瞬間移動もする。
そういうことにしておこう、卵の黄身を潰して出汁と混ぜる。
大根と餅巾着を追加、おでんをまったり楽しむこと数分。
ニアさんを揶揄っていると背後から激しく肩を叩かれる。
「よぉー!馬鹿ども、調子どうだ!」
「トイレは行ける時行った方がいい、賢才からのすゝめだよ」
「はっ、第一声がトイレのことかよお前は」
馴染み深い、息ぴったりな2人の声だ。
振り向かなくても分かる、メノンさんとカイリさんだ。
「カイリちゃん右目どうしたの?2年くらい若返った?」
姉さんの言っている意味が分からなくて後ろを振り向く。
するとどうしたのか、カイリさんが厨二病御用達アイテム眼帯をしていた。
だがなんてことないようにカイリさんは答える。
「厨二病じゃねぇよ、普通に怪我だ。だがヘミングさんの所行く時間もないから放置してる」
「それ痛そう、大丈夫なの?」
「もう峠は越えたから大丈夫だ。見るか?目ん玉潰れてるからかなりグロいが」
「無理無理胸理無理!!!」
紙で手を切っただけで大騒ぎする姉さんが見たらどうなることやら。
そんなカイリさんもメノンさんには勝てないようで、座るように促されるとすんなり座る。
「あれ、ここっておでん屋さんだっけ?」
「鯛の模型が見えなかったのかい、ニア準備して」
「既に、ご注文をどうぞ」
「...なんだこいつ、おいスイミ、なんだこいつ」
「アルバイト〜、彼女調理接客担当、私は会計担当なのさ」
簡単にいえばワンオペだと思う、可哀想な元チンピラのニアさん。
でも戦闘自粛命令を出ているトコナ先輩がわざわざ出張る相手とは、よっぽどの強者に違いない。機会があれば一度手合わせをしてみたいものだ。
5分ほどでたい焼きは完成した。
私は無難にアップルパイを頼んだ、爪で撫でると生地がサクサクしている。スイミさんのおすすめ通り尻尾からかじる、ビビッときた!
「無難じゃない、めっちゃ美味しいわね」
「生地がうめぇ、尻尾のパリっの瞬間やばかった」
「たい焼きってこんな美味いんだな、知らなかったぜ」
「お代わりいいかしら、あんバター、クリームチーズ、カツカレー...」
「すまないが、後ろにお客さんがいるからそちらを優先しても?」
「あぁ?後ろだと...!」
その瞬間、私たちは椅子ごと空に打ち上げられる。
○ウェルネス・アートマン
空飛ぶ灼熱のぬこでトコナに倒された人
年齢は19歳、しかし生い立ちのため自己否定と劣等感が強い。
メノンとスイミの手解きで魔法の表象が変化した。




