夢と希望の争奪戦
スマホを取り出し、ロック画面に映る家族写真の背景に乗るスイミからの連絡を確認。ロックを解除して適当に顔文字一つを送り、ポッケに仕舞う。
「キューブ、アル、スイミのたい焼き屋さんが始まったって!」
「おぉ、手伝い行くか?」
「ううん、何かお手伝いさんは現地調達したらしいよ」
「それって誘拐じゃないの?」
「まっさかー!スイミがそんなことする訳ないでしょー!」
昔の白神を名乗っていた厨二病時代ならともかくだ。
今の水のように柔らかく、個人店の麻婆豆腐くらい辛辣なスイミが誘拐をするはずがない。私は疑わしそうにする2人の視線を気づかないふりして、今日はどこ回りたいか聞いた。
「私らは朝のうちに補給しないといけないから、10時からの交流戦前にそこ寄るとして、後1時間どこか回りたいところはある?」
「とは言ってもほぼコンプしたよねぇ、同じところまた行く?」
「行っていないところは3-Aと姉貴のクラス、あと電気工事部と冷凍庫か」
「あそっか、自分のクラスなのに行ってないんだ」
制作段階で色々と遊んでいたからそれで満足してすっかり忘れていた。
あと昨日は1-Cにワールズアコードが現れたようで、教室は立ち入り禁止になっていた。しかし行かないのも後々の話題で困りそうだから訪れておきたい。
「ならそこね、ロリコン姉さんの被害者さんのクラス」
いつもの急ぎ足で歩き出したアルに、キューブと小走りで追う。
それにしても今聞き捨てならないことを言われた気がする。
「私は断じてロリコンじゃないよアル」
「弁護人、何かありますか」
「弁護の仕様が無い」
「判決、被告人をベイクドモチョチョの刑に処す」
「なんで〜!」
スピード裁判、多分留置所の隣に法廷があるタイプの裁判所だ。
ちくせう、これに関しては私は悪くないと思う。
誰だって自分に優しくしてくれる人は好きなるだろう。
私の場合はそれが偶然背の小さな子が多いってだけだ。
そもそも背が小さいからロリと判断するのもいかがだろうか。
「被告には反省の色が見られない、よってカルパッチョとアクアパッツァの刑に食す」
「姉貴にはどっちがどっちか分からないだろ」
そして入室までの待ち時間、なぜか私はカルパッチョとアクアパッツァとブイヤベースとアヒージョの選択問題を解かされることになった。結果は赤飯、人の30代から40代くらい差がない。
それにしてもこれで20分も盛り上がれたことに困惑する。
列の先頭の方を見るとあと少し、この交流祭で1番待ったかもしれない。
「それにしても流石の人気ね、これも昨日のエマさんの活躍のおかげかしら」
「あれは面白かったよな。Blu-ray特典イラスト付きを発売して欲しい、4万までなら出せる」
「ふっ、私は100万まで出すよ」
「金遣い荒っ!親父に怒られろ」
「いつでもエマを眺められるなら安いもんよ」
こんなもんなんぼあってもいいからね。
もちろん普段からエマスイミとは一緒にいるから直接触れているし、写真だって沢山撮っている。しかも羽織袴の別衣装差分付き、萌えない訳がない。
ファンとして推しの全てのグッズを買いたいと思うのは当然だ。
「...姉貴、外でその顔をするなよ」
「キモいわよ姉さん」
「辛辣っ〜!」
そんな風に年下弟妹にいじめられていると私たちの番が回ってきた。
手で触って顔が変になっていないか確認、そしてわざわざ引き戸を破壊して設置したウェスタン扉を盛大に開く。
「たっのも〜!」
「おぉモエじゃん、3人でオケー?」
「オケー!」
「マカロニウェスタン劇場にようこそ3名様ご来店で〜す!」
「喜んで〜!」
あなたのために〜と小声で聞こえくる。
その声の方に振り向くと野生の同級生のウェスタンが2人いた。
「居酒屋みたいだね」
「居酒屋なんてないぜぇ〜嬢ちゃん、バーならあるがな」
「アルコールの販売は学校側から止められたぜぇ〜」
銃スチャ、クルクルッ、スチャ、片方のウェスタンがガンアクションを見せつけるように披露してくる。もう片方は焦点の合わない目をしながら壁に寄りかかっている。
「ていうか2人とも、シフト昨日だけじゃないっけ?なんでいるの?」
「うい、なんか腹を壊したらしいぜ」
「yes I want to beat him up」
「へぇ、なんかお腹壊す人多いね」
今朝、友達が調子悪くて回れないから一緒に回らないかという連絡がいくつかきた。その時はなんとも思わなかったけど、これだけ多いと少し違和感がある。
かと言って何かできる訳でもないから、気にすることは止める。
「そんじゃ説明お願いします」
「あぁすまん、この銃で空飛ぶ鳥を撃ち抜いてこい!」
「小さい鳥は1点、大きい鳥は10点だ!」
「制限時間は2分間、現在の最高得点は157点だ!」
声は大きいけど覇気がない、あの目は虚無の目だ。
可哀想なウェスタンに手を合わせて私は先に進んだ。
そこでまだ少し元気がありそうなウェスタンから私作SAAを受け取った。
「ダンボール製なのにキモいくらい精巧なこの銃、姉貴だな」
「射的ってもっと普通割り箸とかでしょ」
「いや〜つい楽しくなって」
ダンボール、中々奥深い素材だった。次は戦車でも作ろうかな。
「使い方を俺がレクチャーしてやるぜ〜」
「姉貴勝負だ。負けたら家に今あるルマンド4本、総取りだ」
「うわぁ重たいっ!」
「ダブルスコアがついたら、ここにオレオもプラスする!」
「姉貴を舐めないでよキューブ...!」
普通にマジになるよこれは、おやつtierSランクを独り占めなんて。
流石に戦争だ、姉気なく弟を潰すことを決意した。
「ごめんだけど私はいいわ、あの2位の座を奪うために本気でやるから」
本気な目をして1人少し離れた椅子に座り、SAAを振り回すアル。
ガンアクションというやつだと思う、よく分かんないけどかっこいい!
「普通に誤射されると怖いから説明を聞いて欲しいんだか...」
「大丈夫、あの子あれでも傭兵ランキング24位だから腕には自信があるの」
「うわっ凄え、やっぱ銃弾避けれたりすんのか?」
「そりゃ余裕よ」
私は指パッチンしながら得意気に答える。
頭が悪いから第二騎士団に入るって言って家出したアル、それがあんな立派になって帰って来てお姉ちゃん涙が止まらないよ。
まぁそれはそれとしてキューブは潰す。
「2分=120秒、余裕だね」
「姉貴始まる前に一言、パパラチアサファイア取り寄せておいたぞ」
「えっ本当!?」
欲しかったけど7年待ちの高級宝石、諦めて妥協した素材を使うと思ってたのに、まさか取り寄せてくれるなんて。早く弄りたいなぁ...やべっ、集中力が切れて全然当たんない。
「犠牲なき戦いに勝ちなし、姉貴の犠牲は無駄にしない!」
「卑怯者ー!」
まさかまさかの孔明の罠、あのカタツムリおじさんめ...!
既に勝ち誇った顔をしたキューブは右足を前に左足を後ろにし、肘をピンと伸ばしSAAのハンマーを上げた。そして一言こう言った。
「チェックメイトだ、姉貴」
モエ 18点
キューブ 20点
「結局頼れるのは拳なんだよね」
「さっきから何やってるの...?」
奴には制裁が必要だった、戦争は彼の命をもって終わったのだ。
「ていうかこの銃難しすぎ、改良してやろうかな」
「SAAならトコナ先輩が使うから心得はあるわ」
「あの人こんな弱い銃使うんだ、不思議だね」
「左手にSAA、右手にマイナーだけどレミントンアーミーっていう1858年製の銃を使ってるの。武器だけで分かる通り確かに変な人ね」
「でもリボルバーの2丁拳銃ってどうやってリロードするの?」
このタイプは弾を出す→入れる→回す✖️6と工程が多い。
それを片手で、しかも片方の銃はまた別物なんて少しキャラが濃すぎだと思う。
「あぁね、あれは説明するより見た方が早いし面白いわ。あの人はSAAを0.4秒で装填するから」
「人間じゃない!」
「猫だもの」
アルはSAAを上に投げ1回転、ぴったり手の上に戻ってくる。
ガンアクションを止め腰に2丁のSAAを仕舞い、映画さながらのポーズを取った。
的と睨み合い、そしてスタートの合図と同時にウェスタンの帽子を撃った。
「生地で挟むんじゃない、タネの上に生地を乗せるだけでいいんだ」
「オッケースイミ、私に任せてよ!」




