猫又家の前夜祭
なんか一ヶ月空いてて草(除草剤)ヤッテモウター
ですが今の私は宇沢レイサの新衣装が出たので絶好調です。
交流祭から帰宅した後、お姉ちゃんは料理に、お父さんは芝刈りに、僕は腕を怪我したお母さんの看病をしている。
お母さんの腕には真っ白の包帯がぐるぐる巻きにされている。
それならやることは一つ、保管庫から筆箱を取り出す。
青の油性ペンのキャップをくるりと捻って外し、おしりのとこにつける。キャンパスであるお母さんの右腕に巻き付けられた包帯にペンを当てる。
まーる描いてチョン、まーる描いてチョン。おめめに目が出て...植木鉢?
「え、これ植木鉢?」
「ははは!これつけて外歩かなきゃかよ~」
「だだだ大丈夫、まだタスカル」
そう、ひげをつけたらね
カキカキ...ペタっ
「無言でシール貼ってんじゃねぇよ」
「僕って結構絵下手なんだよね実は」
「まぁこの絵描き歌失敗するんだからよっぽどだな」
がーん、もう筆を折るしかないのかな。
まぁいっか、筆なんて一回も使ったことないし。
アルマ院では芸術分野の授業は2年生から。書道、美術、音楽、加工の4つから選べるよ。ちなみに僕は音楽を選ぶつもりだ。
それはそれとして、少し気になっていることがある。
僕は包帯を巻いていない方のお母さんの指に指を絡ませる。
唐突に指を絡めてきたことにお母さんも驚いているようだ。
「ん?急に指絡めてきてどした?」
「僕の『血の脈動』、自分の怪我なら心臓が潰れても火傷を負っても治せる」
「親としてはその状況になっていることを咎めたいんだが」
「でも人の怪我ってことになると、その人の血を操れない」
僕の回復能力は血の流れを速めて肉体の機能を底上げし、自然治癒能力を大体144倍にする。デメリットは体の負荷と骨に干渉できないこと。そして、血を操れない誰かは治せないこと。
でも僕はレイサさんの怪我を治したことがある。
まだ僕が猫又エマになる前に治したことがあるはずなのに、僕にはその記憶がない。その記憶さえあれば、僕だって少しくらいみんなの役に立てるはずなのに。
「なんで急に暗くなんだお前はよ」
お母さんは僕の顎を引き寄せて、下を向いていた視線を自分に向けさせる。
困惑したまま取り敢えずお母さんの目を見ていたら、顎から手が離れた。
そしてそのまま3人掛けのソファーに深く座って話し出した。
「今のお前に足らないのは、兎にも角にも自信だな」
「自信ならあるよ!僕はクラスで一番足が速いし、ご飯だって沢山食べれるよ!」
「でもそれは、お前が一番になりたいものじゃないだろ」
そう言った後深く息を吐き、腕で目を塞いでまた話し始める。
僕はその言葉を聞き逃さないように黙って聞いた。
「そりゃそうなんだよ。成功体験、優越感をお前は経験しづらい環境にいるからな。トコナはあれで馬鹿強いし、メノンは馬鹿みたいに頭がいい。その二人に及ばなくてもレイサと確かカイリもいるんだろ、天才っていう人種なんだぜそいつらは」
「お姉ちゃんのヤンチャ時代の話聞きたいな〜」
「まぁその話は今はいい、それよりも今お前に必要なものを教えてやる」
「...うん」
「お前に必要なのは、ボッコボコに負けて叩きのめされることだ」
「でも負けたらお終いなんだよ?負けないように戦わないとダメでしょ!」
「明日の交流戦のためにトコナと稽古をつけている時、お前は本気で殴られたことがあるか?」
「ない気がする、でもいつも負けてばっかりで勝ったこともないし」
「そこだ、お前は負けを結果としてしか見ていない。なぜなら、必死じゃないから」
少しムッとしてしまった、僕が必死じゃないだなんて。
みんなの役に立てるように必死にやってきたつもりだった。
「いいか、この世には覆せない才能がある。だがそれだけじゃない。例を出すとトコナとレイサ、この2人は天才だ。しかし実力が一緒とは言えないだろ?」
「うん、稽古をつけてもらって分かったけど、お姉ちゃんって凄く強い」
稽古だけじゃない、学校でも、2人の組み合いでも。
僕はレイサさんが勝っているところを一度も見ていない。
「その差が必死さだ、覚悟と言い換えてもいい。人生無敗を目標に鍛えたトコナと、そんなトコナを真似て鍛え始めたレイサじゃ支えになる芯の強さが違う。だから差ができた」
つまり纏めるとなお母さんが言った。
「エマ、何かで一番になりたいなら、なりたい理由を自覚しろ」
僕の中で何かが変わった。僕は生涯、この言葉を忘れなかったから。
僕はその言葉を心の奥底で噛み締める。
お母さんはわざとらしく咳払いをして、声のトーンを一つ上げた。
「そんじゃ気晴らしにトコナの黒歴史を語ってやるよ」
「...うん、ちょっと悪いことしてる気分」
「いいんだよ妹なんだからな。それに、これからもっとあいつの恥ずいところを見る羽目になんだから気にすんな」
確かに、お姉ちゃんの恥ずかしいところなら今日も沢山見た。
レイサさんが入っているらしい茶道clubの出す抹茶ソフトクリームで凄い咽せていたし、1日目の交流祭を締め括るクイズ大会で10問中2問しか合ってなかった。
ちなみに優勝したのはメノンちゃんで、報酬は高級時計会社が作ったお高いアサルトライフルだった。明日見せるから楽しみにしててって言われたからとても楽しみにしている。
「それじゃあ、あいつの幼馴染についてでも話すか」
「お姉ちゃんの話じゃないの?」
「トコナ学を学ぶ上でこの幼馴染ククリナシラノは外せねぇし、お前には知っといてもらいたいんだ」
「ふーん、でもなんか幼馴染にしては名前がヴァストスの人っぽくないね」
ヴァストスの名前は漢字➕カタカナが普通、カタカナ➕カタカナの名前は、学校で教わったけどヨートルっていう北の国の名前の付け方だ。
「なんでも世界で一番嫌いだった奴の名前を使っているらしいぞ」
「本名じゃないんだ、しかもなんで嫌いな人の名前をわざわざ?」
ゲームとかで好きなキャラクターの名前にするとかはあるけど、嫌いな人の名前を使う理由が想像できない。
「なんでも戒めらしい、この名前を聞くたびにそいつを思い出して身が引き締まるんだってよ」
「自分に厳しい人なんだね」
「でも他人にはゲロ甘だぜ...一部の人間とトコナを除いて」
「幼馴染なのに厳しいんだ。あっ、もしかしてツンデレとか!」
「あぁ、あいつはツンデレだぞ...知り合い以外の人間とトコナを除いて」
まるで幼馴染とは思えない不遇ぶりのお姉ちゃん。
そんなシラノさんにとって許せないことをしたんだろうか?
「理由を気になってんな。ならクイズ方式にしようぜ」
1.シラノの彼氏をトコナが寝取って、その後こっぴどく振った
2.シラノの家をトコナの手が滑って燃やし尽くした
3.シラノはトコナを自分のように思っているから
4.シラノは猫アレルギーだから
「お姉ちゃんとシラノさんの名誉を守るために、3で」
「正解だぜ、前文にあった自分に厳しいの部分からよく引用できたなエマ」
「えへへ、なんか国語のテストみたい」
これなら花0を獲得できるね。
「なんでシラノがトコナを同一視しているかと言うとな、あいつらはミツルを同じ師匠に持ってるんだ」
「じゃあシラノさんも凄く強い人なんだね」
「私も昔に一度見たことあるだけなんだが、圧倒的だな」
「じゃあどっちが強いの?お姉ちゃんとシラノさん」
「昔なら兎も角、今は断然シラノだな」
あのお姉ちゃんに断然なんてよっぽど強いらしい。
やっぱりゴリゴリのゴリラ、じゃなくて近接戦闘が得意なのかな。
寝る前に期待を大にして想像上のシラノさんを想像してみよう。
「次はお姉ちゃんが僕より小ちゃい頃のことを教えてよ!」
「それじゃあ今度は中1の時のトコナを...」
「私の黒歴史を言わないでよお母さん!!」
僕とお母さんはご飯を作り終えたお姉ちゃんに引き摺られて食卓に連行された。
「僕の絵が下手なのは必死さが足りないからなんだね!」
(まずい、このままだと私の包帯が呪いのアイテムに...!40代の厨二病は社会的に死ぬ!)




