エマージェンシー
今日は土曜日だけど学校に来ている。
明々後日の交流戦、そしていつの間にか登板する事になっていた演劇の準備のためだ。
「あ!い!い!う!え!お!あ!お!」
「エマ!君は滑舌も良いし声もハキハキと聞き取りやすい。だが焦ったり緊張したりすると声がか細くなる事がある。それ自体は個性であり欠点ではない、だが小さい声であることと聞こえにくさは両立してはならないのだ!基礎を体に叩き込むように!」
「あい!」
この宇宙人のお面をしているのは炎劇部の副部長、西園寺ガクト先輩。
ガクト先輩のことは劇の指導をしてもらう前から知っていた。
前に正門前で無断BBQをやっていたガクト先輩とレイサ先輩からお肉を貰ったからだ。ちなみにお面を着けている理由はイケメン過ぎるかららしい。
「ガクト先輩、演出のことで相談が...」
「分かった、エマ休憩だ!20分後戻ってきて来てくれ、喉のケアをしっかりな!」
「ああいました!」
ガクト先輩が奥の部屋に入っていくのを見て僕もステージから降りる。
さて、この20分をどう使おう?
今は午前12時37分、今日は一人来たしお昼を頂くには少し短い。
それに僕は自分へのご褒美は全部終わってたから貰いたい派だ。
ここに来る時に見つけたハンバーガーショップに行きたいので今は我慢する。
「なら学校探検をしよう!」
この学校はもうでかい、入学して三週間経ったが全然行ったことない場所が沢山だ。
まずは三棟四階に行ってみた。
ここは二年生になったら勉強する残滓について勉強する教室らしい。
取り敢えず教室に入ってみる、が興味を唆られそうな物はない。
黄ばんだ本に、誇りを被った恐竜型残滓の模型。つまらない。
教室を一周したら出ようと思って歩いていると、教卓に真新しい紙束がのっていた。
「黒い羽根についての検証結果と考察...」
特段興味を持つ訳ではないが取り敢えず一枚手に取ってみた。
人類の歴史や聖書に度々登場する不思議な力を持つ黒い羽根。
聖書においては天候の操作、動物の召喚、死者の復活をする描写があり、使用後は消滅する。発見場所の多くはヴァストス周辺にあり、現代において二件の発見が記録されている。
一つはヴァストスの国立美術館、一つはアマナイズの大統領官邸。
しかしアマナイズのものは2010年に『ワールズアコード』によって大統領一家と官僚、護衛、応援に来た傭兵の襲撃・殺害後、行方をくらましている。
面白い、だけど読むのめんどくさくなってきた。あと五枚あるしいいや。最終回だけ見ちゃお。僕は読んでいた紙を一番上に戻して、一番下の紙を取った。
調べてみた結果、不明と言わざるを得ないであろう。
...そろそろ戻ろうかな。
「まったく面倒くさい、わざわざ資料を取りに戻らねぇとなんわ」
咄嗟に教卓の下に隠れてしまった。
なぜならその声は僕の苦手な担任の先生だったから。
人を苦手になるなんていけないことだとは分かっているけど苦手だ。
この先生に出した提出物は毎回僕だけ最初から再提出にさせられるし、いつも僕のことをジロジロ見てきて疲れちゃうから。出来るだけ会いたくなくて隠れてしまった。
「盗んだことバレたらやばかった、またバラした奴を追...」
…セーフ、先生は教卓の前から紙束だけ取ってすぐにどっか行ってしまった。僕の手には一枚の紙が握られていたけど。取り敢えず保管庫にしまった。
ドキドキを教卓の下で抑えていると演劇の練習中だったことを思い出した。
スマホを取り出して時計を見ると12時59分、2分オーバーだ。
『刮目震炎』血の成分を変化させて酸素と結合、筋肉に回るエネルギーを大幅に増やし常人の6倍の身体能力を得ることができる。
聴力と感覚を鋭くして先生が消えたことを確認。
教室を出て窓から屋上に登り、屋上を走って劇場に向かう。
その途中前方に人を見つけた。すれ違うとき挨拶をしてみる。
元気な挨拶は友達を作る基本だ。モエからそう教わった。
「こんにちは!」
「えぁ、こんにちは?」
屋上の端についた僕は勢いそのまま下に飛び降りる。
紅玉で作った縁に魔力の膜を覆わせて滑降する。
普通に魔力を放出させて空を飛ぶとすぐガス欠になる、そこで生み出した僕の飛行術だ。
「テメェ自殺志願者...すげぇ飛んでる」
「ばいばい!また縁があったら!」
「あぁ!またな!」
いい縁が出来た、今日の探検の成果だ。
着陸、走ってガクト先輩のところに向かう。
「よしみんな!最後に一通り通すぞ、エマは衣装に着替えてきてくれ」
「分かりました!」
今回の劇で僕はスイミ役を演じる。メノンちゃんから聞いてびっくりした。
なんとこの劇の題材はスイミとモエの過去の話らしい。
普段から超元気なモエと気怠げなスイミのイメージとは逆、だけど凄くかっこいい!ダウナーなモエと実は激情家なスイミ、僕はこういうギャップが大好きだ。
そんな風に心を躍らせながら僕は衣装室に入る。
「あらら、お待ちしていましたよエマさん」
同じ制服を着た黒髪の女の子。その子が手にガスマッチを持って僕の衣装近くに立っていた。カチッと音が鳴り、彼女が衣装に火を近づける。
僕は咄嗟に彼女の手に固めた血を撃った。
「遅いです♪」
彼女の手からチャッカマンが落ちて、想像以上の大きな火をあげる。
水魔法っ!は出力が足りない!
体に血を纏って火に覆い被さる。
熱い熱い熱い、火が全然消えてくれない!
お姉ちゃんの火よりも熱いし纏わり付いてくる!!
「私の名前は葉榴ユニ、同じ一年生のBクラス。悪魔を裁く正義の代理人」
身体中の魔力を血に変換、一気に放血してやっと火は消えた。
顔や足が我慢出来ないくらい痛い。
「もう消されてしまいましたか、盗んで来た灯油も撒いてみたんですけどね」
「どうじでごんな...!」
「喉が焼け爛れて声が上手く出せませんよね、水を掛けてあげますよ」
「あああああ!!!」
「叫んだらもっと酷くなりますよ、劇に出るなんてとても無理ですね...落ちましたか、叫んだせいでバレましたね、バイバイ悪魔さん」
本当は殺してしまいたいですが、それだけは止めろと指示が出ています。
私達の役割はエマの心を完全に折ること、そうすればエマはそうせざるを得なくなる。まったく、この学園は馬鹿ばかりですね。こんなのと同じ空の下を生きていられるなんて。
「一仕事したらつかれましたね、茶室で少し休憩していきましょう」
本当に、つかれました。
「カイリちゃん、進捗どうですか?」
「っ!お前それやめろ!」
「やっと帰って来たのに会いに来なかったから私は怒ってるよ」
「これお土産のレーザーピストルな、やるよ」
「流石だねカイリちゃん!!!」




