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呪いの腕  作者:
7/7

梅雨明け

 夏がすぐそこまで来ていた。梅雨明け特有のうだるような暑さが、アスファルトから立ち上る陽炎となって、視界をゆらゆらと歪ませる。そんな中で、春人たちは住職の指導のもと、汗を流しながら修行に励んでいた。日差しを浴びて肌を焼く日々の中、突如として住職が彼らを呼び出した。

「たまには息抜きも必要じゃろう。皆でバーベキューでもしませんか?  買い出しに行くぞ」

 住職の言葉に、春人、一平、さきの三人は顔を見合わせ、ぱっと表情を輝かせた。「はい!」と、彼らの元気な声が境内に響き渡る。修行漬けの毎日からの解放に、誰もが心躍らせていた。

 大きなワゴン車に乗り込み、彼らは近所の大型スーパーへと向かった。車内はまるで移動式のカラオケルームと化し、三人の歌声が代わる代わる響き渡る。流行りの曲から懐かしのアニメソングまで、ジャンルを問わず歌い散らかし、車内は笑い声と熱気に包まれた。普段の修行中には見られない、彼らの無邪気な表情がそこにはあった。

 スーパーに到着すると、春人と一平は目を輝かせながら肉コーナーへ一直線。特に一平は、甘いものばかり食べるわりに肉への執着が強く、普段のクールな表情からは想像もつかないほどはしゃいでいた。一方、さきは住職と共に野菜コーナーへ。彼女は食べ盛りの中学生らしく、新鮮な野菜や旬の果物に興味津々で、あれこれと品定めを始めた。

 その時、春人の腕に刻まれた、呪われている痣が微かに脈打つ。霊的な存在が近くにいる時に反応するその痣は、いつも彼に危険を知らせるサインだった。しかし、バーベキューへの期待に胸を膨らませていた春人は、その違和感を気のせいだと片付け、そのまま足を進めた。

 通路の奥へと進むにつれて、春人の視界が急にぼやけ始める。まるで濃い霧の中にいるかのように、周囲の光景が曖昧になっていく。冷たい、そして重苦しい空気が全身を包み込み、身の毛がよだつような悪寒が走った。

 黒い影が、その空間を支配するように春人へと近づいてくる。それは人の形をしていながら、顔も手足も判別できない、ただ漆黒の塊だった。影は春人の真後ろに立つと、耳元でぞっとするような声を囁いた。

「やっと見つけた……」

 声は鼓膜を通り越し、直接脳を揺さぶるかのようだった。春人は全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになる。彼の生気が、まるで水を吸い上げるように、その黒い影に吸収されていくのが分かった。みるみるうちに春人の顔色は青ざめ、唇は紫色に変色していく。意識の淵で、彼はただその場に立ち尽くすしかなかった。

「春人!  春人、起きろ!」

 遠くで、住職の焦った声が聞こえた。その声に引き戻されるように、春人ははっと目を開ける。目の前には、心配そうに春人を覗き込む住職と、青ざめた顔の一平がいた。どうやら春人が突然意識を失ったことに気づいた一平が、すぐに住職を呼んできたらしい。

 住職は春人の異変を察知するや否や、素早く術を結び、呪文を唱えた。周囲に結界が展開され、春人を取り巻いていた重苦しい空気が一瞬にして浄化される。住職の霊力が込められた結界は、春人に取り憑いていた霊を強制的に引き剥がし、遠ざけていく。

「危なかったのう。もう少し遅かったら、春人の魂は霊に囚われて、かなり危険な状態になっていたじゃろう」

 結局、買い物を慌ただしく済ませ、一行はお寺へと帰還した。春人は住職の指示で、しばらく自室でゆっくりと休むことになった。

 その日の夕食後、リビングでは、春人と一平とさき、そして住職がテレビを見ていた。ちょうどドラマのクライマックスというところで、画面は突然、緊急速報のテロップに切り替わった。

「速報です。本日未明、福寺から、突如として消息を絶ったとの通報がありました」

アナウンサーの緊迫した声が部屋に響き渡る。寺は、彼らがよく修行に訪れる、この地域でも指折りのお寺。昨日も三人は修行していた。

「……現在、福寺は跡形もなく消滅しており、その土地ごと消失したと見られています。警察は事件と事故の両面から捜査を進めていますが、現状、手がかりは一切掴めておりません」

 その言葉に、三人の顔から血の気が引いた。土地ごと消滅する、などという現象は、常識では考えられない。

 その直後、音を立てて、お寺の電話が鳴り響いた。受話器を取った住職の顔が、みるみるうちに険しくなっていく。電話口の相手は、非常に切羽詰まった様子で、すぐに来てほしいと懇願しているようだった。

「春人たち三人にも、すぐに来てほしいとのことじゃ」

住職は受話器をゆっくりと置くと、厳しい表情で言った。彼の顔には、滅多に見せない真剣な面持ちが浮かんでいた。

「どうやら、これはかなりの大事件になるぞ」



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