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夏祭り後半

 屋台の並びは二手に分かれていた。

 一方は射的や輪投げ、ヨーヨー釣りなど子どもや学生たちで賑わう遊戯系の屋台。

 もう一方は金魚すくいやお面、かき氷やラムネといった、少し落ち着いた雰囲気の屋台が連なる並びだった。

「どっち行く?」蒼太が問いかけると、雛がすぐさま手を挙げた。

「射的!ぜったいやりたい!」

「お前、前にやったとき全然当たらなかったじゃん」樹が呆れたように笑う。

「今日こそはリベンジするの!」

 勢いよくそう言うと、雛は樹の袖をぐいっと引っ張って遊戯屋台の方へ駆けていった。

「……元気ですね」

 残された奏が小さく微笑みながら呟くと、蒼太は苦笑して頷いた。

「まあ、あれが雛だからな。放っておいても楽しめるやつ」

「そうですね」奏も控えめに同意しつつ、ほんの少し視線を伏せた。

 蒼太はその仕草に気づき、ふと提案する。

「じゃあ、俺たちはこっちの方行くか。人も少なそうだし」

「はい」

 頷いた奏は、提灯の光が揺れる方へと歩を進めた。


 〜雛と樹の屋台まわり〜

 射的屋台の前に並んだ雛は、子どもたちに混じって真剣な顔で銃を構えた。

「よーし、今度こそ倒す!」

 しかし、パン!と音が鳴るたびに的は揺れるだけで、なかなか落ちない。

「……あれ? おかしいな」

「おかしいのはお前の腕前だろ」樹が吹き出す。

「ちょっと、見てなさいよ!絶対一個は落とすから!」

 結局、雛は最後まで商品を落とせず、代わりに駄菓子をひと袋だけもらった。

「……悔しい」

「まあ、似合ってたけどな。真剣な顔」

 不意に樹がぽつりと言った言葉に、雛は一瞬きょとんとしてから顔を赤らめた。

「な、なにそれ!からかわないでよ!」

「別にからかってねぇよ」

 そう言いながら、樹はそっぽを向き、雛はその横顔をちらりと見つめて胸が少し高鳴るのを感じていた。


 〜蒼太と奏の屋台まわり〜

 一方その頃、蒼太と奏は金魚すくいの横を抜け、ラムネを売る小さな屋台に立ち寄った。

「飲む?」蒼太が二本買って手渡すと、奏は両手で大事そうに受け取った。

「ありがとうございます……」

 瓶の口を開けると、シュポンと涼やかな音が響く。

 奏は少し口をつけて、すぐに目を細めた。

「冷たくて……美味しいです」

 その素直な言葉に、蒼太はなぜか胸の奥が温かくなった。

「やっぱ浴衣、似合ってるな」

 不意にそう言うと、奏は驚いたように目を見開き、次いで頬を染めて小さく笑った。

「……ありがとうございます。蒼太さんの甚平も、とてもお似合いです」

 短いやり取りだったが、その静かな言葉のやり取りに、二人の間の距離はほんの少しだけ近づいたように感じられた。

 少しすると、提灯が灯る細い路地を抜け、二人は人混みの川沿いへと出た。

 涼しい風が吹き抜け、昼間の熱気を和らげている。

「こっちは静かですね」

 奏が小さく微笑む。浴衣の裾が風に揺れ、鈴の簪がちりんと鳴った。

「そうだな。人混みが苦手なら、こっちの方がいいかもしれない」

 蒼太は気を遣うように言いながら、ちらりと隣を見る。

 薄暗がりに浮かぶ奏の横顔は、どこか大人びて見えた。

 少し休憩したあと、二人は並んで屋台を見て回った。

 ヨーヨー釣りでは奏が意外にも器用にいくつも釣り上げ、蒼太が「うまっ!」と驚いて笑わせた。

 かき氷を買って分け合った時には、奏がブルーハワイで舌を青くしてしまい、恥ずかしそうに口元を手で隠した。

「笑わないでください……」

「いや、ごめん。可愛すぎて」

 蒼太が思わずこぼした言葉に、奏は一瞬動きを止めて顔を真っ赤にした。


 二人で屋台を一通り見終えると、蒼太がポケットからスマホを取り出した。

「そろそろ樹たちと合流しようか。……あれ?」

 画面にはアンテナが立っているのに、なかなか通話が繋がらない。

「電波が悪いんでしょうか……」

 奏も試してみるが、送ったメッセージは送信中のまま止まってしまっている。

「まあ、この人混みだしな。先に花火の場所取った方がいいかもしれない」

 蒼太は苦笑いし、肩をすくめた。

「雛さんたちも、どこかで見てるでしょうし……」

 奏は少し不安そうにしながらも頷いた。

 二人は少し人混みを外れ、川沿いの開けた場所へと移動した。

 涼しい風が吹き抜け、提灯の明かりが水面に揺れている。

「ここならよく見えそうですね」

 奏がそう言った直後、ドン――と夜空を揺らす音が響き、最初の花火が弾けた。

「おお……」

 蒼太は思わず声を漏らす。

 奏は静かに空を見上げ、その瞳に色鮮やかな光が映っていた。

 その横顔を見ていると、蒼太は胸がどきりと高鳴るのを抑えられなかった。

「……綺麗だな」

「花火、ですか?」

「いや……」

 言葉を飲み込んだ蒼太に、奏は小さく目を伏せ、頬を赤く染めた。

 二人は並んで座り込み、次々と夜空に咲く大輪の花を見上げた。

 言葉は少なくても、不思議と心は満たされていた。

 しばらくして、人波の向こうに雛と樹の姿が見えた。

 二人は並んで歩いてきて……しっかり手を繋いでいた。

「……え?」雛の姿に気づいた奏が思わず声を漏らす。

「お前ら……その手……」蒼太も目を丸くする。

 雛はにやっと笑って、樹は少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。

 その仕草だけで、何があったのか一瞬で伝わってきた。

「えっ……いつの間に……」

 奏が驚いた声をあげると、雛は得意げに笑った。

「ふふ、まあ色々あったの!」

「色々って…、結局どういうことなんだよ」蒼太が半ば呆れたように問う。

 雛は待ってましたと言わんばかりに得意げな顔をした。

「ふふーん、聞きたい?」

「当たり前だろ。気になるに決まってんじゃん」

 奏も控えめに口を開いた。

「……もしよければ、教えていただきたいです」

 雛はちらりと隣の樹を見やって、にやりと笑う。

「じゃあ特別に教えてあげる。――樹が告白してくれたの!」

「おい!」樹が思わず声を荒げる。

「そういうのは言うなって……!」

 耳まで真っ赤に染まったその顔を見て、蒼太は盛大に吹き出した。

「マジかよ! お前からなんだ?」

「……悪いかよ」樹はむすっとそっぽを向くが、繋いだ手だけは離さない。

 雛は嬉しそうに笑みを浮かべ、奏に向かって小さく囁く。

「ね、樹ってこういうとき意外と素直で可愛いんだよ」

「……はい」奏は微笑みながら頷き、その仲睦まじい様子に胸がほんのり温かくなるのを感じていた。

「……なんか信じらんねえな。あの樹が告白とか」

 まだ笑いを引きずったように肩を揺らす蒼太に、樹はむっつりと眉をひそめる。

「ほんとにうるせえ。お前だっていつかはわかるからな」

「へえ? なにがだよ」

「……自分で考えろ」

 言い捨てるようにして顔を逸らす樹の耳は、やっぱり赤いままだった。

 雛はその横で繋いだ手をぶんぶん振りながら、まるで勝ち誇ったように笑う。

「いいでしょー? やっと私にも夏祭りの思い出ができたんだから!」

「……お幸せに」

 奏が控えめにそう言うと、雛は嬉しそうにぱっと笑みを返した。

 やがて、祭りの終わりを表す花火が上がり、会場全体が名残惜しそうに拍手と歓声を送る。

 川沿いを渡る夜風は少しひんやりしていて、祭りの終わりを告げるようだった。

「終わっちまったな」蒼太が大きく伸びをする。

「でも楽しかった」雛が満面の笑みを浮かべると、樹も小さく頷いた。

「……まあな」

 四人は人混みに流されながら、少しずつ駅の方へと歩いていく。

 通りの屋台は片付けに入り始めていて、賑やかだった提灯の灯りも少しずつ消えていった。

「なんか、ちょっと寂しいね」雛が呟く。

「でも、祭りのあとの静けさもいいもんだろ」蒼太が返す。

「……また、来年も来られるといいですね」奏がぽつりと言った。

「来年はもっと早く合流できるようにしような」蒼太が笑うと、雛がすぐにからかう。

「来年は蒼太と奏が二人で抜けてたりして?」

「なっ……!」奏は慌てて顔を赤くし、蒼太もむっとしたように「余計なこと言うな」と言い返す。

 そんなやり取りに、雛は楽しそうに笑い、樹は呆れ顔で「ほんと騒がしいやつだ」と呟いた。

 やがて駅前に着くと、自然と立ち止まる。

「じゃ、ここで解散かな」蒼太が言うと、雛が元気よく手を振った。

「今日はありがと! めちゃくちゃ楽しかった!」

「気をつけて帰れよ」樹が短く言い添える。

 雛と樹はそのまま並んで歩き出した。繋がれた手は最後まで離れることなく、夜の人混みに紛れていく。

 残された蒼太と奏は、互いに少し気恥ずかしそうに視線を交わした。

「……じゃあ、俺たちも行くか」

「はい」

 二人も並んで歩き出す。夜風に揺れる浴衣の裾と、遠ざかる祭囃子。

 その静かな余韻の中で、四人の夏祭りの夜はゆっくりと幕を下ろしていった。

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