体育祭本番
少し短めです。
体育祭当日──
六月中旬の朝。 梅雨の晴れ間をぬった、からりとした空が広がっていた。グラウンドではクラスごとのテントが設置され、白いラインが引かれたトラックが、朝日に照らされて輝いている。
体操着姿の生徒たちがぞくぞくと集まり、各クラスのテント下ではすでに歓声と笑い声が響いていた。
天宮蒼太は、ペットボトルを手に自分のテントの前で周囲を見渡す。 するとすぐ近く、風に髪を揺らしながら佇む人影があった。
「おはよう、奏」
その声に、橘奏が振り返る。
「おはようございます、天宮くん。……今日、良い天気で良かったですね」
「うん。ちょうど晴れてくれて助かったな」
蒼太がそう返しながら、少しだけ視線を落とす。
「そういえば、借り物競争……俺たち、練習してないけど大丈夫?」
「はい。……先生が、“あれは練習するようなものじゃない”っておっしゃっていました。くじを引いて、何を借りに行くかで大きく変わるから、だそうです」
「なるほど。運と機転勝負ってことか」
「そうですね。……でも、天宮くんと一緒なら、なんとかなりそうな気がします」
穏やかにそう微笑む奏に、蒼太も肩の力が抜けるような気がした。
「俺も同じこと思ってた」
そう言って、ふたりは小さく笑い合った。
そこへ、スピーカーから朝の校内放送が響いた。
「まもなく、体育祭を開始します。各クラスの代表はクラス旗を持って、中央に集合してください」
「行くか」
「はい」
ふたりはそれぞれの位置へと向かって歩き出す。グラウンド中央では、開会式の準備が始まっていた。風に揺れるクラス旗と、整列するクラスメイトたち。
「選手宣誓──1年代表、お願いします!」
全体での開会式が粛々と進むなか、奏はクラスの列の中で背筋を伸ばし、真剣な表情で前を見つめていた。
一方の蒼太も、どこか冷静なまま、周囲の熱気とざわめきを受け止めていた。
──いよいよ始まる。 グラウンドを包む空気が、どこかピリッと引き締まっていくのを、ふたりとも肌で感じていた。
開会式が終わると、グラウンドには一気に活気があふれた。最初の100m走や障害物競走が次々と進行し、歓声が飛び交う。
そして、借り物競争──
「借り物競争、1年3組の出場者、こちらへ並んでください!」
アナウンスに促されて、蒼太と奏はスタートライン付近へと向かう。
「……緊張、してますか?」
「少しだけ。何を引くかで勝負決まるからな」
「そうですね。でも……楽しみです」
ほんのり笑った奏の表情に、蒼太も肩の力が抜けた。
くじを引いたのは奏だった。紙に書かれていた文字は──
「『メガネをかけた人』……です」
「……OK、あっちのテントに何人かいる」
ふたりは顔を見合わせると、一斉に駆け出した。人ごみの中で条件に合う人を見つけ、借りて、戻る。 途中で少し笑い合いながら、最後はバランスよく一緒にゴールラインを駆け抜けた。
「……お疲れさまでした」
「楽しかったな。なんか、あっという間だった」
奏は小さく頷いて、そっと微笑んだ。
午後──リレー本番
昼食休憩を挟み、いよいよクライマックスへと差しかかる。
トラックの内側には、各クラスのリレー代表たちが並んでいる。 スタートラインには第1走者の姿。バトンを受ける順に、コースの指定位置に立つ。
1年3組の3走は奏、4走・アンカーは蒼太。
「奏、バトンは焦らずで大丈夫。距離も十分あるし、合わせやすいタイミングで渡して」
「はい。……天宮くんこそ、全力でお願いしますね」
「もちろん。3走が奏ってだけで、十分心強いよ」
軽く言葉を交わしたあと、ふたりはそれぞれの位置へと向かう。空は少し霞んでいたが、風は気持ちよく吹いていた。
スタートの合図が鳴る。 1走、2走と順調にバトンがつながり、やがて奏のもとへ。
「っ……!」
真剣な表情で走る奏の姿に、応援席の女子たちからもどよめきが起こる。 地面を蹴るリズムは軽快で、フォームはぶれない。 そしてバトンが蒼太の手に渡った瞬間──
「お願いします!」
一気にスピードを上げ、コーナーを駆け抜ける。息遣いと風の音しか耳に入らない。後ろは誰も気にならなかった。
そのまま、トップでゴール。
歓声がグラウンドに響き渡る。
ゴール後──
「……やったね、奏」
「はい。……天宮くんが、すごく速かったです」
「奏がきっちりつないでくれたおかげ」
汗を拭いながら微笑み合うふたり。 自然に交わされた言葉の中に、リレーのバトンと同じように──互いを信じてつなぐ、確かな想いが宿っていた。
もちろん、結果発表から続きをしっかりお届けしますね。体育祭の締めくくりと、蒼太と奏のさりげないやり取りに焦点を当てながら進めます。
閉会式・結果発表──
日が傾き、グラウンドの影が少しずつ長くなっていく中、全校生徒が整列する。 疲労の色が浮かぶ顔ぶれのなかにも、どこか達成感のような空気が漂っていた。
「それでは、今年の体育祭──総合優勝の発表です!」
副校長の声がスピーカーから響き、どよめきが起こる。
「優勝は……一年、三組!」
その瞬間、歓声が爆発した。
「やったぁぁぁ!」 「マジか! ほんとに勝ったぞ!」 「三組、最強ーっ!」
歓声の中で、クラスの代表がトロフィーを受け取り、先生と握手を交わす。 その光景を、蒼太と奏は少し離れた場所から見ていた。
「すごいな……ほんとに優勝しちゃった」 蒼太がぽつりとつぶやくと、隣で奏が静かに頷いた。
「リレーの得点が効きましたね。……天宮くんの走り、かっこよかったです」
「……奏がバトンつないでくれたからだよ。ちゃんと、頼りにしてたし」
奏は一瞬、目を丸くしてから、ふっと表情をゆるめた。
「……そう言っていただけて、よかったです」
表彰の拍手がまだ続く中、ふたりの会話はとても小さな音で、けれどしっかりと交わされていた。
解散後・昇降口──
閉会式が終わり、生徒たちはそれぞれ着替えのために昇降口へと戻っていく。 蒼太も奏も、少し疲れた足取りで靴を履き替えていた。
「……今日は、お疲れさまでした」 「うん。奏も、よく頑張ったよ」
蒼太の言葉に、奏は少しだけ頬を赤らめて、小さく笑った。
「……あの、また、どこかで練習とか……することになったら、そのときも……お願いします」
「もちろん。またバトン、つなごうな」
短く、それだけ。でもふたりの中には、確かな余韻があった。
下校・夕暮れの坂道──
校門を出て、駅へ向かうゆるやかな坂道。 夕日が背中を押すように照らし、ふたりの影を長く引き伸ばしていた。
「……体育祭、楽しかったですね」 「うん、予想してたより、ずっと」
沈黙は心地よく、会話は自然だった。
言葉にしなくても、今日という日がふたりの心に残るものになったことは、きっと互いにわかっていた。
──少しずつ、歩幅をそろえるようになった帰り道。 蒼太と奏の距離は、またひとつ、さりげなく近づいていた。




