体育祭練習
少し短めです。
次の日の体育の授業───
梅雨入りを目前にした六月の空は、どこかぼんやりと白んでいた。 蒸し暑さが肌にまとわりつくような朝。だがグラウンドには、それを吹き飛ばすような掛け声が響いていた。
「じゃー今日はリレー練習するぞー! 1年3組、出場者は並んで!」
体育教師の声に応じて、白い体操着に着替えた生徒たちが次々と集合していく。 いつもよりにぎやかな空気の中、天宮蒼太もゆっくりと歩いて集合場所へ向かった。
1年3組のリレー練習が始まった。運動場のトラックにはクラスメイトたちが集まり、声が飛び交っている。 「よーし、3走が橘、4走が天宮な!」担任の声に皆がうなずいた。奏は少し緊張しながらトラックの横に立ち、蒼太は隣で静かに集中していた。
「まずはバトンパスの練習からだ。ここでミスると全部台無しだからな」担任が言った。 第一走者から第二走者へバトンが渡り、次は奏のところへ。奏は力強く走り、アンカーの蒼太へバトンを渡す。 蒼太は確実にバトンを受け取ると、一気にスピードを上げてトラックを駆け抜けた。風が耳をかすめ、周りの声援が背中を押した。
その後、十数メートルだけ走りスピードを落とした。
走り終わった後───
「天宮くん、速いね……」息を整えながら奏がつぶやく。 「奏も十分速いよ。3走がしっかりしてるから安心だ」蒼太は笑みを浮かべた。
湿った空気の中でも集中は乱れない。 「本番も悪くなさそうだね」奏が言うと、蒼太も頷いた。 練習は続く。けれど、確かな手応えがふたりの胸にあった。
少し休憩した後──
体育教師の声が響き渡るなか、クラスメイトたちは次々と自分の役割の確認に入っていた。 「次はバトンの受け渡しを重点的にやろう。特に3走から4走へのパスは本番でも重要だからな」
奏は呼吸を整えながら、再びスタートラインに向かった。隣で蒼太も準備運動をしつつ、冷静な視線で彼女を見守る。
「いくぞ!」担任の合図で再びリレーが始まった。 第一走者が全力で走り抜け、バトンは確実に奏へ渡る。奏は瞬間の集中力を爆発させ、全速力でトラックを駆け抜ける。
バトンを受け取った蒼太もまた、風を切るように走り出す。足音が響き、仲間の声援が力に変わった。
走り終えた二人は、汗をぬぐいながらも笑顔を交わす。 「やっぱり、3走と4走で流れが変わるよな」蒼太が言うと、奏は少し照れくさそうにうなずいた。 「はい、天宮くんがアンカーなら絶対大丈夫です」
その時、クラスの誰かが声を上げる。 「もっと走り込まないと、当日怖いよ!」
みんなが笑いながらも真剣に練習を続ける。梅雨のじめじめした空気の中でも、確かな絆がクラスに生まれていた。
「よし、今日はここまで。次はバトンパスのタイミングをもっと詰めよう」担任が締めくくる。
奏と蒼太は息を合わせながら、これからの本番に向けて互いに気持ちを高めていった。
翌日も、リレー練習は続いた。
朝からどんよりとした曇り空が広がり、時折湿った風がグラウンドを吹き抜ける。 それでも1年3組の生徒たちは、昨日の練習の成果を確認し合うように元気よく集まった。
「今日も気合入れていこうぜ!」と樹が声を上げ、皆の士気を高める。
奏はトラック脇でストレッチをしながら蒼太のほうを見た。蒼太は黙々と準備運動を続けている。 「天宮くん、今日もよろしくお願いします」 「おう、奏。お互いベストを尽くそう」
担任教師の号令で、またバトンパスの確認から始まった。 「次は本番と同じくらいの速度で走ってみるぞ」
第一走者が勢いよく走り出し、二走、奏、そして蒼太へとバトンが繋がっていく。 奏は息を切らしながらも力強く走り、蒼太も全力でトラックを駆け抜けた。
走り終えた後、蒼太が息を整えつつも真剣な表情で言った。 「バトンの渡し方、もう少しだけタイミングを合わせよう」 奏も頷く。 「はい、あと少しですね」
その日の練習は何度か繰り返され、徐々にバトンパスのタイミングが良くなっていくのが実感できた。 他のメンバーも声を掛け合い、全員のチームワークが深まっていった。
夕方、練習を終えた二人は教室で道具を片付けながら少しだけ話をした。 「本番、緊張するかな」奏がつぶやくと、蒼太は笑って答えた。 「緊張はするだろうけど、俺たちなら大丈夫さ」
夕日に照らされた教室で、二人の決意はより強くなっていた。
六月下旬。梅雨の隙間を縫うように訪れた、貴重な曇り空。 体育祭を明日に控えたこの日、朝から校内はどこか浮き足立っていた。 1年3組の教室にも、いつもとは違うにぎやかなざわめきが広がっている。
「今日の午後は準備と練習! 忘れ物のないように、気合い入れていくぞー!」 担任の元気な声に、生徒たちが「はーい!」と一斉に応える。 男子も女子も、Tシャツにジャージ姿で机を端に寄せ、応援グッズやパネルの準備に取りかかる。 色とりどりの画用紙や絵の具のにおいが、夏の始まりを感じさせた。
奏は、クラスメイト数人と一緒に、応援団用の横断幕の仕上げに取り組んでいた。 「……あ、そこ、もうちょっと濃いほうがいいと思います」 筆を持つ手を止めて、隣の女子に声をかける。 蒸し暑い空気の中でも、どこか楽しそうな笑い声が響いていた。
その様子を見ながら、天宮蒼太は後ろの机で腕を組んで、リレーのメンバー表を見つめていた。 「3走が奏、4走が俺。バトンさえ上手くいけば、十分勝てる」 紙の上で目を動かしながら、昨日の練習でのタイムや感覚を思い返す。
やがて準備が一段落すると、生徒たちはぞろぞろとグラウンドに出ていき、最後の競技練習に移った。 曇り空でも、湿った風がまとわりつくような蒸し暑さ。それでも誰一人文句は言わず、声を張り上げて走り出す。
「よし、リレー組はトラック集合ー!」 先生の掛け声に、奏と蒼太も他の走者と並ぶ。 蒼太は肩を軽く回しながら、隣に立つ奏に目をやった。
「昨日より動き、軽そうだな」 「はい、ちゃんと寝たのでバトンのタイミングも、慣れてきた気がします」 「本番、合わせていこう。……俺、ちゃんと受け取るから」 奏は少し笑って頷いた。「はい、任せてください」
何本かのダッシュとバトンパスを繰り返し、少しずつ走りの感覚を合わせていく。 奏が勢いよく駆けてきて、蒼太が自然に手を後ろに差し出す。 「ハイ!」という短い声とともに、バトンが手に触れ、蒼太の身体が反応するように前へ出る。 足が地面を蹴るたびに、湿気を含んだ風が後ろへと流れていった。
「ナイスバトン!」 「いけるいける、いい感じじゃん!」 周囲の声援が飛び交い、少しずつクラス全体の雰囲気も引き締まっていく。 仲間たちの応援、先生の熱の入った指導、そしてリレーという一つの目標が、クラスを一つにしていた。
練習が終わるころには、グラウンドには汗の匂いと達成感が漂っていた。 蒼太が給水ボトルを口に運んでいると、隣に奏が歩いてきた。
「……明日、楽しみですね」 奏の口調は柔らかく、けれどどこか引き締まっていた。 「うん。勝ちたいよな、どうせやるなら」 「はい。私、ちゃんと繋げますので、バトンも、気持ちも」
蒼太はその言葉に少しだけ目を細めて、うなずいた。 「俺も、しっかり受け取るよ。どっちもな」
曇り空の向こう、明日は晴れるのだろうか。 けれど空模様がどうあれ、ふたりの胸には、確かな期待と信頼が宿っていた。 体育祭本番まで、あと一日──。




