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砂竜使いアースィムの訳ありな妻  作者: 平本りこ
第一章

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2 よそよそしい集落

 水神の恵みを受け、大陸の半分以上を統治するマルシブ帝国。大国を統べる皇帝は、天竜帝(てんりゅうてい)と呼ばれている。その所以(ゆえん)は、初代皇帝が水神の使徒である天竜を喚び出し、雨をもたらすという天竜の神聖な力を統治に利用するようになったことである。


 帝国版図(はんと)の西端には、広大な砂漠が広がっている。砂漠内、四方の縁には建国の英雄の末裔である遊牧民が集落をなして暮らし、今でも砂漠部の治安を守っていた。皇帝から、水神の眷属である砂竜を与えられた部族であるため、彼らは、砂竜族(さりゅうぞく)と呼ばれている。


 宮殿内に湧く神聖な泉には水神の使徒天竜が住み、新年を寿(ことほ)ぐ儀式にて、皇帝の願いに呼応し乳白色の卵が生まれ出る。


 それが砂竜の卵。すなわち砂竜は、水神の使徒天竜の子にあたるのだ。


 砂竜は繁殖することのない、真なる水神の眷属だ。ゆえに、竜卵(りゅうらん)は毎年数個、砂漠の四方を守る砂竜四氏族の各長に忠臣の証として下賜される。


 孵った砂竜の力を使い、砂竜族は帝国の外憂を退ける剣となる。帝国にとって、強靭な生物砂竜が人間の手で殖やすことのできない存在であることは、砂竜族を支配するにあたり、大きな利点となっていた。


 さて、約三年前、砂漠の西方に広がる草原に住まう騎馬民族との間に大きな戦いがあった。最終的には講和がなされたものの、戦闘は混迷を極めたと聞く。


 のちにラフィアの夫となるアースィムは当時、皇子に随行して出陣していた。


 彼は皇子に降り注ぐ刃の盾となり、負傷して右肘から先を失った。忠臣アースィムの尽力もあり、幸いにも皇子には大きな怪我はなかったという。


 このことにいたく感心し、また心を痛めた皇帝は、自身の娘を降嫁(こうか)させることで報いようとした。そこで指名されたのが、後宮(ハレム)でも変わり者と呼ばれていた皇女ラフィアであった。


 水溢れる後宮を出て、渇きの大地へ降嫁する。大概の者であれば絶望に打ちひしがれるだろうがラフィアはむしろ、新天地での暮らしに胸を躍らせた。


 変わり者と呼ばれた十六年。知らぬ世界へ出て、人生をやり直せるのではないかとすら思った。


 当然、後宮で眉を顰められた行為は頭に刻みつけている。誰もいない場所で喋る、他人の秘密をなぜか知っている、などなどだ。


 新天地では、まだ一度も失態は犯していない。彼女は本気でそう信じているのだが、自認とは異なって、結局は、やはりここでも変わり者の称号をほしいままにすることとなる。


「皇女様! いけません!」


 集落の女らの半ば悲鳴じみた声が空に吸い込まれていく。


 アースィムと婚姻を結び正式に集落の一員となり、三日が過ぎた。それなのに、未だ皇女扱いをされる現状に、ラフィアは不満を隠せない。


「どうしていけないの。皆やっていることじゃない」

「他の仕事ならともかく、畏れ多くも皇女様に駱駝の糞拾いなどさせられません!」

「私はもう皇女じゃないわ。それに、後宮なんて窮屈でつまらない場所から出て、せっかく広い世界にやって来たのだから、知らないことをたくさん経験してみたいのよ」

「だからって……」


「良いじゃないか、好きにさせて差し上げるんだ」


 やや笑いを帯びた青年の声がして、ラフィアは振り返った。


「アースィム!」


 両手に駱駝の糞を掴んだまま夫に駆け寄る。乾燥してほぼ臭いはないが、糞は糞。恰好が付かないだろうと思い直し、早々に袋に詰め込んだ。


「ねえ、すごいのね。動物の糞がとても良く燃えるだなんて知らなかったの。あと、こんなに暑い日でも井戸水が冷たいことや、朝晩で砂丘の色が違うこと。それとね……」


 ラフィアの声は尻すぼみになり、やがて風に溶けて消えていく。アースィムはただ、飴色の瞳に柔らかな色を纏わせつつ静かな微笑みを浮かべるだけ。ラフィアの行動を容認してくれたわりに、何ら言葉を発しない。


 はしゃいだ言葉の砂嵐が止むと、アースィムは笑みを深めてから、女達の方へと目を遣り言った。


「止める必要はないよ。彼女のやりたいようにさせてあげて。ただし危険なことからは遠ざけてくれ」

「わかったわ」


 不承不承といった様子で女達が答えると、アースィムは柔和な表情で頷いて、妻には声を掛けずに(きびす)を返す。思わずラフィアは呼び止めた。


「アースィム待って」


 呼べば素直に足を止め、振り返ってくれるのだが、優しい色を宿す飴色の瞳にはしかし、常に分厚い壁が(そそ)り立つ。


 すっと心が冷えるのを感じた。仕方のないことだ。彼とは出会ったばかりだし、これは完全な政略結婚である。


 アースィムはただ、ラフィアを押し付けられただけなのだろう。皇女降嫁の提案を断ることなど一介の臣下にはできぬのだから。


 ラフィアとて、アースィムを愛している訳ではない。もちろん、いつかは心から愛おしく思えるようになりたいと思うし、彼にその気があるのであれば、必ずや円満な夫婦関係を築けると確信している。


 だが今は、そのような温かな未来は片鱗すら見通すことができない。


 呼び止めたものの、伝えるべき言葉が思いつかず、ラフィアは夫を見上げたまま黙り込む。やがてアースィムは困ったように首を傾けながら言った。


「危険なことをしてはなりませんよ、皇女様。脱水にも気を付けて。砂漠の灼熱を甘く見てはいけません」


 そのまま返答を待たず、(から)の袖を翻しながら集落の奥へと去って行く。


 彼は一度もラフィアを名前で呼んだことがない。それどころか、婚礼の日ですら髪の毛一本の先にすら触れようとしなかったし、言葉を交わしても心を開く素振りを見せなかった。


 夫であるアースィムがこのような態度なのだから、集落の住民の様子がよそよそしいのも致し方ないのだろう。ラフィアは徐々に孤独を募らせていた。

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