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36.サイファー

 フィレリアに渡航後、()()()()のビアンカと顔見知りだった私は、マフィアに転身していた彼女の事務所を訪れた。


「ほう、そんな騒動があったとはな……」

「ええ……」


 事情を全て説明し、経営コンサルタントとしてロカテッリ・ファミリーの利益を増幅させることを条件に、ビアンカの協力を得ることに成功する――。


 そして、ジュディとホーキンの手を借りながらロカテッリ・ファミリーの人員も駆使して、フィレリア外交団関係者をしらみ潰しに調べ上げた。

 それによりソルンツェを襲った真犯人が“アレンではないか”と確信した私が、最後に念押しでバストーニ家の侍従に変装させたホーキンをアレンに接触させると、


『アレン様も悪い人ですね。ゾルディア皇族で婚約者のいる娘さんを抱いてしまうなんて』

『あ? 何でお前が知ってんだよ? 俺そんなこといつ口走った?』

『またまた〜、先日かなり酔われていた際、私に向かって相当自慢げに話されてましたよ? けっこう無理矢理だったとも……』


『……マジか。あ〜、まぁ思いっきり首は絞めたけどな。かなり良い声上げて泣き叫んでたんだぜ? ――』


 本人が平然とした態度でそう告げたことと、皇居の家事室にあった指紋とも一致したことにより、悪魔の正体がアレン・バストーニだという確証を得るに至った。


 殺すしかない――私は本気だった。慈悲はない。


 後日、ビアンカにアレンの殺害を要請すると、彼女は訝しんだ表情を浮かべ出した。


小物(アレン)を始末することなど造作も無いが、そんなことは真犯人が発覚した時点でも良かったはず。計画の実行を引き伸ばした挙句、別れさせ屋と偽ってまでマルキ家の娘を巻き込んだ理由はなんだ?」

「ビアンカ様がマルキ産のワインをこよなくご愛飲されてるのは存じております。此度の件でマルキ家へ貸を作っておくことは、貴方様にとって損は御座いませんよ」

「ふん、貴様が手ぶらで頼み事を持ち込むような男でないことは承知済みだが、まさか私を釣るためにマルキ家を餌にするとはな」


 肩をすくめたビアンカが、呆れ気味に吐息を漏らす。


「……しかし、素知らぬ顔で『最高裁判官(ラグナ)に声を掛けて欲しい』などと私にせがむとは、貴様も乙女心というものを理解出来ない奴だった訳だ」

「気乗りしない貴方様のお気持ちは察していたつもりでしたが、そこを何とかお願いしたいのです」


 ビアンカが真剣な眼差しを私に向け、長い脚を組み替えた。


「仕方あるまい……ここは骨を折ってやるとするか。貴様の底知れぬ私怨に、とやかく口を挟む野暮な真似はせんぞ」

「ほう、私を憐れんでおられるのですか?」

「被害妄想が復讐心を掻き立てる糧になるのは解るが、見くびってもらっては困るな。勧善懲悪が御伽話でしか存在し得ない世の中で、貴様を憐れむ者など初潮すら迎えておらん生娘くらいだろう」

「どうでしょうかね。貴女様は面倒事を持ち込まれるのを嫌うはずなのに、私の事情を知っても尚受け入れて下さりました。そんな貴女様の目の奥には、まだ光が残っておられるのでは?」

「戯言を抜かせ。私はただの傍観者でしかない。狂魔人(サイファー)がどう悪魔(アレン)を血祭りに上げるのか、ワイン片手にリングサイドで観戦したいだけだ」

「なるほど。変食家と言われるだけありますね」


 ビアンカは少し出し惜しむかのように、懐から一枚の紙を抜いて手渡してきた。


「その契約書の書面通り、アレンとの決着が付けば貴様とのコンサルタント契約は打ち切りだ」


 そう言って、彼女はどこか寂しげな表情を浮かべながら、口へ咥えた煙草にジッポライターで火を付けた。

 

「私にも一本頂けませんか?」

「……止めたのだろう」

「その理由となった2人は、天国で今でも私を待っておりますから」

「そうか……これが貴様への餞別になるとはな」


 差し出された煙草を受け取った私は、深海のように黒く鈍い輝きを放つ彼女の瞳を見つめた。


 天井を仰いで吹いた紫煙は霞んでいく視界と共に、儚く消えて行った――。


 完璧に練った計画を遂行したが――結局、アレンへの制裁は無期懲役に留まった。


 こうなれば、隙を見て刺し殺すしかない――そう、思案していたところに、レオナルドからアリスターが捜索隊を放ったことを耳して、まだ弟が私とジュディの生存を信じてくれていたことに胸が熱くなった私は、急激に復讐心が色褪せていくのを感じてしまう。


 ソルンツェ……。

 ラケタ……。


 出来ることはしたが、もう……私は精魂尽き果てたよ。


 情けない兄を、許してくれ――。


 ラ・コルネを閉店させて荷支度を整え、購入した馬車に全ての荷物を積み終える。これから港へ向かって船に乗り、そのままフィレリアを出国する予定だ。


「ジュディ、忘れ物はないか」

「ええ、大丈夫よ。それより、あの馬鹿(ホーキン)どうにかならない?」


 突如ラ・コルネを去ることになった前日、ホーキンには私とジュディが婚姻関係にあったことや、ゾルディア連邦へ帰国することを含めて全てを打ち明けたが、


「結婚()()()……うッ! ……結婚してた、してた、してた、してた……」


 と、彼は出発間際になっても、魂が抜けたように白目剥いて、ぶつくさと呟いていた――。


「さぁ、出発するぞ」


 私が馬の手綱を持ってジュディが荷車に乗車すると、ホーキンは無表情で()()に跨った。


「……親分、気のせいかな? オレの馬やたら小っさくない?」

「それは馬ではなくロバだ。すまんが、ホーキンの馬に当てる予算が足りなくてな」

「おかしくない? ラ・コルネであんだけ稼いでたのに、何でこういう時に限って金ないワケ?」

「事情がある。港に着くまでの辛抱だ」

「いやいやいや、アレンぶちのめす計画で一番骨折ってたのオレじゃん? そこはやっぱ――」


 すると、窓から顔を出したジュディが荷車の壁をコンコンと拳で軽く叩いた。


「ねぇ、少し黙っててくれないかしら? そういうワガママ聞いてるだけで疲れちゃうの」

「ジュディちゃん待て待て! 『ロバで港まで行け』なんて言われたら、さすがにユーのカットインでも引けないよ!?」


 ジュディは窓枠に肘を置いて頬杖をつき、ホーキンに誘惑するような目線を送った。


「なら、港着くまで我慢出来たら、今度は私があなたの上に乗ってあげるって言ったら?」

「えーと、それはつまり、あれですかな。私とジュディ嬢様が“夜中にンパンパする”という、天国的な意味で宜しかったかな?」

「ご想像にお任せしますわ」


 冗談が過ぎるぞ――と、ジュディに忠告しようと思ったが、このままホーキンの愚痴を聞いていても埒があかないので、私は言葉を飲み込んだ。


「はい行きまーす。ロバで港行きまーす。あいや、イカせて頂きまーす」


 勢いよく手綱を引いたホーキンの「そぉいやッ!」と気合いの入った掛け声とは相反して、ロバは目を疑うほどゆっくりと歩み始めた――。


 港に着くと、停泊していた乗船予定の客船を見たジュディとホーキンの目が点になった。


「親分……何これ、ギャグ?」

「ギャグではない。これに乗って次の目的地へ向かう」

「でも貴方……こ、これ、豪華客船よ?」

「そうだ。この客船はゾルディア連邦が折り返し航路となっている。これは私から2人への褒美として受け取ってもらって構わない」


 そういって、放心状態の2人に微笑みながら乗船券を手渡した。


「もうヤダ、キュン死しちゃう……」

「親分、心から愛しております」


 ホーキンのロバが予想以上に鈍足過ぎて出航時刻はギリギリだった。それでも何とか無事に馬車と荷物を客船に収容し、私達は乗船した。


「ゾルディア連邦に着くまでの間は個人の自由な時間とする。ホーキン……解っているとは思うが、目立つ様なことだけはするな」

「んあ? はいはい解っちょりますがな~!」


 手をひらひらと揺らすホーキンの顔は、不穏を予感させる不気味な笑みを浮かべていた――。

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