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27.

 終わった。


 やっと終わったんだ……。


 ずっと抵抗し続けてきたアレンを、みんなが倒してくれたんだ。


 最後にサイファーさんからトドメの一撃を刺されたアレンは、俯いたまま完全に放心状態となった。見渡せば、みんなも緊張の糸が切れたのか、強張りが溶けた安堵の表情を浮かべていた。

 そんなリビングの静寂を破るように、ホーキンさんが大きな声を上げる。


「おっしゃああああ! 成敗完了ッ! 正義万歳ッ!」


 何度も拳を振り上げて歓喜するホーキンさん。ジュディさんの手を握っていた私の元までレオが来ると、頭上に手を置いてきた。


「よく頑張ったなルナ。もう安心しろ」

「……うん」


 涙が溢れる私の手を、ジュディさんが微笑んで強く握りしめる。すると、レオも微笑んで口を開いた。


「これでマルキ産ブドウも復活するよ」

「え、どういうこと?」

「アレンがマルキ家を孤立させようとして、裏で動いていた他の商会との契約は、詐欺行為が露呈されたから全部無効になるんだ」


 そこへ、ホーキンさんがレオの肩に腕を回した。


「あのよ、さっきから考えてたんだけど、アンタ貿易商なんだろ!? だったらマルキ家はアンタんとこと契約結んで、ご自慢のブドウを世界に輸出しちゃえばいいんじゃねぇか!?」

「ああ、実はそのつもりだ。今までマルキ産ブドウはバストーニ商会が独占してたおかげで、ウチですら手が出せなかったからな」

「レオ……」

「マルキ産のワインは、必ず世界に認められるはずだ。ルナのお父さんも、きっと喜んでくれるよ」


 肩を並べて微笑むレオとホーキンさんを見て、私は体の芯にぽかぽかするものを感じた。

 リビングの雰囲気は、暗黒地味た地獄の世界から一転――雲が晴れて野原が広がっていくような、和やかなものになっている。


 一方、サイファーさんが神妙な面持ちでラグナさんに視線を送ると、ラグナさんは感慨深そうに微笑んで、小さく頷いた。


「さぁて……んじゃあ、やることやっときますか! ってあんるぇ~、何だこれはぁ~!?」


 ホーキンさんがいつの間にか床に落ちていた紙を、最初からそこにあったように、わざとらしく拾い上げる。


「何とここに偶然()()()が落ちてました! あ、フェネッカさんどうします? アレンと離婚カマしときます?」


 壁に寄りかかって、ここまでのやり取りを終始無言で聞いていたフェネッカが溜息を吐く。


「はぁ、演技下手すぎ……当たり前でしょ?」

「はいではサインして頂きまーす! おいアレン寝てんじゃねぇ、てめぇもサインしろっつーの!」

「お待ち下さい、フェネッカ様」


 突然サイファーさんが彼女を呼び止めて、アタッシュケースを開き始めた。


「何?」

「ここにも偶然、家督継承権の放棄及び譲渡誓約書が入っておりました」

「何よそれ? どういう事?」


 書類を見たフェネッカが肩眉を上げる。


「今ご説明致します。そして、ここからが一番重要なお話になりますので皆様もよくお聞き下さい」


 と、サイファーさんは周囲を自分に注視させた。


「ヴェロン様はこれから治療を開始しても、認知症が回復する見込みは限りなく低いでしょう。しかし、フェネッカ様と離婚したアレン様が逮捕されれば、バストーニ商会から舵取りがいなくなってしまいます。その場合、会長後任は誰が就くことになると考えられますか?」


 サイファーさんの問いかけに、腕を組んでいたレオが「……養子縁組、か」と答える。


「左様でございます。しかし、複雑な現状となったバストーニ商会に、いきなり養子縁組した方が会長になれば“最悪な事態”を招く可能性があるのでは、と臆しておりまして」

「最悪な事態?」

「国内の治安悪化ですよ」


 人の本質は簡単に見抜けない。養子縁組に来た者が、もしアレン様のように私利私欲でバストーニ商会の方針を決めてしまったら、間違いなくバストーニ家は壊滅の一途を辿る。すると、商会と取引していた業者も共倒れとなり、そこの従業員や家族、子供を含めた全員が露頭に迷うことになる。


 そう語ったサイファーさんに、なぜそれが治安悪化になるのかと聞き返したら、彼は真剣な面持ちで頷いた。


「はい。人は精神的に深く追い込まれると、犯罪に手を出し易くなる性質を持っているのです」

「あの、その理屈は理解できるのですが、たった一つの商会が潰れただけで、そこまで国の治安が悪化してしまうのでしょうか……?」

「いや、サイファーが懸念する通りだ」


 割って入ってきたレオを見遣ると、彼は渋い表情で続けた。


「国に不満を持ったテロリストが国王を暗殺し、国家転覆を計ることも出来る……過去にもそんな事件は実際あったからな。同志で結束して暴動を起こすクーデターも、最初は些細な火種からでも起こり得るんだ。バストーニ商会の傘下企業の規模は小さくない。商会が倒れれば不吉なことが起こる可能性は、十分にある」

「補足して頂きありがとうございます。しかし、もし国王を狙う者が現れたとして、それが他国から派遣された暗殺者を装ったものだとしたら、それは戦争の勃発を招くかも知れません」


 今、私達の置かれている状況が、まさか戦争に発展する可能性があるなんて、想像すらしていなかった。


「せ……戦争だなんて、そんな……」


 あまりにも飛躍した話に呆然とする私。するとサイファーさんは改めてフェネッカを見遣った。


「以上のことを考慮すると一番会長の後任に適切なのは誰か、もうお解りですね? フェネッカ様」

「まさか、私が……会長?」


 困惑するようにフェネッカが呟く。


 アレンは殺人容疑が掛けられるのを恐れて、ヴェロン様の体調不良を医師に診てもらうことを避けたけれど、本来ならヴェロン様の認知症が正式に認定されれば、診断書を役所に提出することで、後見人が商会の会長職を無条件で引き継ぐことが可能らしい。

 サイファーさんがフェネッカから周囲へ視線を移した。


「それと、皆様は大事なことも見落としておられます。アレン様がこれまで行ってきた代理契約は確かに無効となりますが、それはヴェロン様の認知症が“いつからなのか”遡ることも同時に必要となり、メルティナ様の『二ヶ月前から』という証言から逆算すると、それはアレン様がルナ様に婚約破棄を言い渡す以前まで、となるはずです」


 途端、レオが何かに気付いたように顔を歪める。


「待てよ……そうなると、マルキ産ブドウとの取引契約を破棄したことまで無効になるな」


 レオの言う通り、時期を遡るとアレンが無理矢理契約を打ち切ったことは無効になり、マルキ家とバストーニ商会の契約は復帰する。

 さらに、バストーニ商会はマルキ産ブドウを国内に販売する権利を保持しているだけでなく、ディマルク家のように貿易商を通して世界にブドウを輸出することも可能。そうなれば、市場が世界規模に発展して利益は大変なことになる。


 レオからそれを聞いたホーキンさんが、動揺しながらもサイファーさんの前で両腕を広げた。


「お、おいおい親分! フェネッカが会長に適任ってのは分かったけどよ、なんでそんな敵に塩を送るような――」

「これはフェネッカ様が主張できる権利の話をしている。私は取引で交渉する際、自分に有利な事だけを一方的に押し付けたりはしない。それは私の“信念”に反するからだ。お前は少し黙ってろ」

「へいかしこまりました」

「フェネッカ様。貴女様には選択する権利がございます。アレン様と離婚してバストーニ家と縁を切るか。会長となってマルキ産ブドウを輸出し、膨大な利益を得るか……どうされますか?」


 そう問われたフェネッカは下を向いて、長い時間思案していた――すると決心がついたのか、彼女はパッと顔を上げた。


「やるわ……私、会長になる」

「懸命なご判断かと存じます。それでは、この書類にサインして頂きましょう」


 彼女の返答を聞いたサイファーさんが、ソファテーブルに書類を置く。そして、アレンの隣へ座らせたフェネッカにペンを差し出してサインをさせた。


「では、アレン様。次は貴方様からこの家督継承権の放棄及び譲渡誓約書にサインを頂きたいのですが」


 サイファーさんが求めると、アレンは肩をすくめてソファテーブルの上に脚を乗せた。


「んなもん、するわけねぇだろ」

「ほう……やはりまだ抵抗されますか」

「当たり前だ、ふざけてんじゃねぇ。フェネッカみてぇな馬鹿が会長なんて務まるはずねぇだろが」


 その態度を見かねた私がアレンに詰め寄る。


「ちょっとアレン。意地張ってないで諦めてよ。しつこいわ」

「誰に向かって口利いてんだよ? 契約の話は元に戻ったんだ。俺の機嫌を損ねないように気をつけた方がいいぜ」

「なに上から目線で偉そうなこと言ってるの? 一生刑務所暮らしの貴方なんか、何も出来やしないわ」

「それはどうかな~。さっきサイファーは『舵取りがいなくなる』とかホザいてたが、刑務所でも面会は出来るんだぜ? 商会経営なんて、どこに居ようが指示さえ出せれば済む話だろ」


 まさかこいつ……。

 刑務所で家督を継ごうなんて魂胆なの?


「なんでそこまでして商会にしがみつきたいの!? もう誰も貴方の指示なんて聞くわけないじゃない!」

「その書類にサインしなけりゃ、結局部下共は俺の言う事聞くしかねぇだろ。奴等にはバストーニ商会以外に働き先のアテなんざねぇんだからよ」


 私はそれ以上反論する気が削がれてしまった。本当にこの男は退くことを知らない。手に負えないとは、まさにこのこと。

 その様子を静かに見ていたサイファーさんが、嘆息して首を横に振った。


「仕方ありませんね。ではアレン様、こちらから1つ、譲歩致しましょう」

「何だよ? まさか金か? そんなもんで俺は靡かねぇぞ。刑務所で金なんか使えねぇからな」


 サイファーさんはケースから万年筆と白紙を取り出して何かを書き記すと、それを手に取ってアレンの前に掲げた。


「いいえ。貴方様を今回の件で訴訟することを断念する、というのは如何でしょうか?」

「……何だと?」

「貴方様の犯した罪を“全て水に流す”ということですよ」


 あまりに突飛な言葉を聞いて、その場にいた全員が仰天して目が点になった。


 涼しい顔して何を言い出すの!?


 不審に思った私が、咄嗟にサイファーさんが新たに作った書類の内容を覗いてみると、そこには、


[誓約書]


ブレネスキの306号室に居合わせた者はアレン・バストーニに対する私的訴訟権行使の禁止及び、その場で交わされた会話内容を他者へ口外することを禁ずる


 と記載されていた。


「サ、サイファーさ――」

「早くその誓約書をよこせ!」


 アレンは私の叫びを遮るようにサイファーさんから書類を奪いとり、慌てて書き殴るようにサインした――。

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