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24.

 ジュディさんの啜り泣く声だけが響く寝室。


 サイファーさんは壁掛けの時計をチラッと見てから、おもむろに窓際へ立って、凝りを解すかのように首を回す仕草をした。

 彼は振り返り、再びアレンに顔を向けた。


「さて、不貞に関しては慰謝料と離婚だけで片は付くでしょう。ですが、それが強姦を伴っていたのなら話は別です。無論、貴方様の行為は裁判長も目撃されておられますから、これが正式の場で認められた場合、私の概算では“執行猶予無しの禁固3年”を課せられるはずですが、もしかしてそれもご存じありませんか?」

「さ……3年? いやいやいや、知るわけねぇだろそんなの! あたかも常識みたいに言ってんじゃねぇよ!」


 目を見開いて驚くアレンだったが、サイファーさんは落ち着いた表情で「やはりな」と呟く。


「な、何がやはりなんだよ!?」

「法学に定評のあるパレルノ学園を貴方様のような無知な方が難なく卒業出来たのは、担任によるバストーニ家への()()があったというのは……どうやら本当のようですね」


 難関なパレルノ学園に何とか入学した私は、最初こそ難しい授業に悪戦苦闘して成績も低迷していたけれど、絶対食らいつこうと必死に勉強していた。

 ところが、成績が右肩上がりだった私に対して、勉強に無関心だったアレンは、授業に全く着いていけていなかった。

 私自身、なぜそんなアレンが学年をダブることなく卒業出来たのかは、不思議に思っていた。


 サイファーさんの調べでは、3年生の時にアレンの担任だった教師の両親は、バストーニ商会の下請け企業を営んでいたらしく、ヴェロン様に頭が上がらなかったという。

 そこで担任は、アレンを卒業させなければ“ヴェロン様の機嫌を損ねて実家に悪影響を及ぼすかも”と考え、アレンのスカスカな卒業論文に合格ラインギリギリのD判定を付けていたらしい。


「アレン様が勉強されて来なかったのは、別のことに気を取られてそれどころではなかったからでしょうね」

「別のことって、なんですか?」

「学園時代の頃から、アレン様はルナ様に隠れて“複数の女性と肉体関係にあった”と思われます。フェネッカ様やジュディとの不貞でも狡猾な手口を使用したりなど、非常に慣れているご様子でしたので」


 血の気が引いていく感覚に襲われながらも、私は辛うじてアレンに質問した。


「ねぇ、サイファーさんの言ってる事……本当なの?」


 しかし、アレンは俯いたまま黙り込んで何も返して来なかった。


「最悪……本当に最低」

「ルナ様。残念ですが人の本質は簡単に変えられません。アレン様はどれだけ反省してもその場しのぎで終わるでしょう。また時間が経てば、同じ過ちを犯し続けるのは目に見えております」


 すると突然、アレンが俯いたまま沈黙を破った。


「ああ……そいつの言う通りだぞ、ルナ。反省なんかしたって何の意味もねぇ。人はみんな自分のことしか考えてねぇからなぁ。サイファー、今回だけは禁固3年で甘んじてやる。だが俺をここまでコケにしたこと……忘れんじゃねぇぞ」

「と、申しますと?」

「俺のバックには凶悪なマフィアがいる。そいつらに頼めば、お前なんて簡単に始末できるんだよ」

「ほう」

「毎日背後を気にしながら、夜も眠れない生活をお過ごし下さいね~」


 小馬鹿にするような口調でアレンが陰惨な笑みを浮かべると、サイファーさんも不敵に微笑んだ。


「クククク……いやはや、貴方様のしぶとさには驚かされるばかりですね。ここまで来ると呆れを通り越して評価に値しますよ。かしこまりました。その事は頭の隅にでも入れておきましょう」

「有難きお言葉でございます~、サイファー様~。いや、サイファーざまぁ~」


 ふざけた悪態を完全に無視したサイファーさんは、ジュディさんから手錠を受け取ってアレンの手にかけた。


「ルナ様。アレン様に最後、何か掛けるお言葉はございませんか?」


 最後の言葉。


 そっか……。

 これでもう終わりなんだ。


 計画の全貌を知らなかった私だったけれど、サイファーさんからの問いかけにより、この修羅場が終焉を迎えることを悟る。

 ただの不貞だったなら、大した制裁を加えることは出来なかった。しかし、サイファーさんは情事を強姦罪に発展させることで、アレンを刑務所送りにする策略を生み出し、それを見事に実行した。


 それも、フェネッカの目前で。


 不貞腐れるように下を向くアレンに向けて、私は静かに口を開いた。


「アレン、婚約破棄してくれてありがとう。おかげで貴方と一緒になる最悪な人生を回避できたわ」

「ん? ああ、はいはいどういたしまして」


 上目遣いでそう返したアレンをサイファーさんが引っ張り上げ、主寝室の扉を開けてリビングへ出ると、ジュディさんとラグナさんもその後に続く。 


「ほら、立ちなよ」

「……うん」


 床に座り込んで放心状態となっていたフェネッカに声をかけた私は最後に扉を抜けた。


 広々としたリビングには、大理石の床に黒皮のL字型ソファセットや、隅に置かれた観葉植物、ダイニングテーブルなどがあり、所々に間接照明が散りばめられている。

 さすがは一泊料金が最低でも庶民月給に相当する高級ホテルといった雰囲気。


「あの~、お取り込み中のところ普通にガチですんません。ご注文頂いていたピザをお届けに参りました~。しかも徒歩で」


 突然、どこからか聞こえてきたその声に、全員の目がキョロキョロと泳ぐ。


 ピ、ピザ?

 こんな状況で誰がそんなの頼んだの?


 ふと部屋の玄関を見たら、そこには帽子を被ってピザ屋の店員姿となったホーキンさんが、溢れんばかりの笑顔で立っていた。


「え……ホーッ――」


 私は愕然としながら彼の名を叫びそうになったけれど、手で口を塞いで何とか耐える。

 何を狙っているのかは不明だけど、私が彼を知っているということをアレンに悟られたら都合悪そう。


 すると、ホーキンさんが鼻歌混じりで華麗なスキップをしながら入室してきた。手にはピザのケースを持っており、そのままソファテーブルの上に置いた。


「いや~死ぬほどお待たせ致しました~。当店一番人気のマルゲリータ、チーズ抜きでーす」


 明らかに場違いなノリでふざける彼を、みんなが白い目で見ている。


 神経を疑うほど何考えてるのか分からない彼の登場には私も困惑したけれど、それにより自分のある勘違いに気付いた。

 ダイニングテーブルの椅子に座るラグナさんが()()だったということに。


「おっと~? 何この空気。配達する部屋間違えちゃったかしら?」


 帽子を脱いだホーキンさんがキョロキョロしていると、痺れを切らしたのか、アレンが声をかけた。


「おい……お前の言う通り部屋間違えてるよ。そのクソ不味そうなピザ持って、とっとと失せろハゲ野郎」


 ホーキンさんの動きがピタリと止まり、ゆったりとした所作で振り返ると、彼のこめかみにはクッキリと青筋が浮かんでいた。


「あ? 誰だよ? 今オレのこと()()()()って言った超絶ボケ野郎は」


 顔は妙に笑ってはいるけれど、その声色は怒りに満ちている。


「んなこと言ってねぇよ馬鹿。鬱陶しいから早く消えろ、ぶっ飛ばすぞ」

「チッ、てめぇかこのカス野郎。何のパーティーやってんだか知らねぇが、手錠ハメられてる野郎が偉そなこと抜かすなボケ」

「は? やんのか?」

「あ? かかってこいよオラ」


 睨み合うアレンとホーキンさんが、徐々にお互いの距離を縮めていく。

 リビング内に一触即発の空気が漂い出した途端、ラグナさんが嘆息して椅子から立ち上がった。


「ちょっと君。今私達は本当に大事な話をしている最中なんだ。出来ればすぐに退室して貰えないか?」

「マジっすか? そりゃすんません。ちなみに大事な話って何すか? 儲け話とか?」


 ホーキンさんがゴマすりのように手を擦りながらそう言うと、アレンが顰めっ面で激怒し始めた。


「お前には関係ねぇんだよ! 早く消えろって言ってんだろが馬鹿!」

「わーたよ、うっせぇな! 気安く指図してんじゃねぇよボケ!」

「ったく……もう誰でもいいから玄関の鍵閉めちまえよ。これ以上変なの入って来させんな」


 呆れるアレンに構わず、ホーキンさんが部屋の扉へ向かい、退室せずに玄関の鍵を部屋内から閉めた。それを見たアレンが即座にツッコむ。


「おいおいおい、何でお前が閉めんだよ! お前は出てけや!」

「無理ざます。まだピザの金貰ってねぇざますから」

「いい加減にしろこのクソ馬鹿!」


 すると、ホーキンさんがリビングの窓際で外を眺めていたサイファーさんを、一瞬だけチラりと見た途端に額を手で叩いた。


「あ……! まだ、ここに届けるはずの荷物があんの、ウッカリ忘れてたわアタシ!」

「は?」


 怪訝な表情を浮かべたアレンを他所に、ホーキンさんは玄関の鍵を開けて共用廊下に姿を消した。

 アレンが疲れた様子でソファに腰を下ろし、手錠がかけられた手を膝の上に置く。


「何なんだあいつ……ワケわかんねぇ」


 そう呟いたアレンだったが、正直私も同感だった。


 本当に、ホーキンさんは何をするつもりなの?

 計画は、もう終わりなんじゃないの……?


 少しの間が空いて再び玄関の扉が開く。

 すると、ホーキンさんが“見知らぬ男性”を連れてきた。縄で縛られた両手には包帯が巻かれており、顔はすでに憔悴しきっている。


 ところが、その男性を見たアレンは急に目を見開き、その頬には汗が滴り始めた。そして、その男性もアレンを目にした瞬間、驚いたように口を開いた。


「……ア、アレン様?」

「だ、誰だ、お、俺は、お前なんか、知らねぇぞ」

「ちょ……それはないでしょ!? 自分だけ助かるつもりですか!?」

「助かるとか意味わかんねぇ、何言ってんだよ!? 俺は3年間も刑務所のくせぇ飯喰うんだぞ!?」

「刑務所……? そんな……なら、やっぱり()だけは助かるんじゃないですか!」

「……命? な、な、何を――」


「僕に『ラ・コルネのケースへ麻薬を仕込め』なんて指示しといて、じ、自分だけ抜け駆けして助かろうとするなんてズル過ぎますよ! 僕も刑務所に入れてもらえるよう、ラ・コルネの人達を説得して下さい!! お願いですから!!」


 男性が身を乗り出して必死にそう訴えた後、無表情になったアレンが大きく息を吐いて天井を仰ぐ。


 傍で男性の肩を支えていたホーキンさんの口角が、不気味にニヤリと上がった――。

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