14.
「なんだ、思ってたより全然キレイじゃないか!」
思ってたよりって、どういう意味よ……。
「そ、そう? とりあえず、ベッドに座ってくれていいから」
私がそう促すと、レオは部屋を見渡しながらベッドに腰を据えた。私は椅子に座り、膝に両手をおいた。
「どうしたの? いきなりこんな遠くまで来て」
「幼馴染に会いに来て悪いか?」
「そんなことないけど……」
言葉に詰まった私は、動揺する気持ちを抑えるのに必死だった。
レオが私の部屋にいる。
ただそれだけで、やたらと心臓がバクバクして止まらない。
幼馴染でしょ?
しっかりしてよ私。
えっと……。
とりあえず、何を話せばいいんだろう。
リビングでレオとお父様が談笑していた雰囲気から見た感じ、多分マルキ産ブドウの契約破談の件は話していない。お父様はレオに心配を掛けまいとしたんだと思う。
私自身も、お父様と同じ気持ちだ。
国内で強い影響力を持つディマルク家なら、バストーニ商会の悪業を何とか“ねじ伏せられる”とは思う。けど、今レオは何かを追っていて、しかもその疑いはラ・コルネに向けられている。
ただでさえ忙しいレオに、これ以上負担なんかかけたくないし、幼馴染として彼とは同じ時間を大切にしたい。
あと、バストーニ家の屋敷を去る際にホーキンさんから言われた言葉がある。
『アンタがじっとしてらんねぇ気持ちは分かっけどさ、完璧主義な親分が綿密に立てた計画に、余計な支障をきたしたくねぇんだ。だからルナお嬢様は大人しく、のんびり紅茶でも飲んで待っててちょ! ――』
そんなこと言われたら私、何も出来ないよ――。
「こら」
不意にレオが私の額に軽くデコピンをしてくる。ハッとした私が額に手を当てて彼を見上げる。
「また何か思い悩んでるだろ?」
「ううん……ごめん、何でもないよ」
「はぁ~、何でもない顔してないだろ?」
「あ、あのさ……」
「何だ?」
「“根に持つ女”って、どう思う?」
「何だそれ? どういうこと?」
「いいから……どう思う?」
「ん~、何をされたかの場合による、とは思うけどな」
「そうだよね……」
「でも、別にいいんじゃないか。根に持つことなんて誰にでもあるだろ。よっぽど相手が理不尽なことしてきたら、やり返したいって思うことがあっても、普通だと思うけどな」
「うん……そうだね」
「ルナ、その棚に置いてるの何だ?」
「あ、これ? これは『タロットカード』だよ」
「ふーん、そんなの見るんだ」
「私、けっこう何も考えずに突っ込んじゃったりするから、たまにこれに頼って占うんだ」
「ほうほう、ちょっと俺にも引かせてくれよ」
「うん、いいよ。ちょっと待ってね……はい」
「これは……女神か? どうなんだ?」
「おおーすごい、幸運の女神だよ! さすが持ってる男は違うね!」
「だろ? ルナも引いてみなよ」
「うん! ……あ」
「何が出た?」
「悪魔……ホント最悪」
「ダメなのか?」
「うん、何しても上手くいかないよってこと……」
「そうなのか……って、え? 泣いてるのか?」
「違うの……何か色々……思い出しちゃって……だ、大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないだろ絶対。やっぱりアレンのことか?」
「う~ん、それだけじゃないかな……」
「もしかして失恋とか?」
「うん……まぁ、それもあるかな……勝手な妄想で“叶わない恋なんだろうな”って……諦めてる」
「ちょっとその悪魔のカード、俺によこせ」
「……ん?」
「あと接着剤あるか?」
「あ、あるけど……急にどうしたの?」
「いいから」
「……じゃあ、これ使って」
「ん~と、こうして、これでよし」
「よしって……何で悪魔の上に女神のカード貼っちゃったの? 悪魔が無くなっちゃうじゃん」
「ルナ、これを『お守り』だと思って、ずっと持ってろよ」
「……え?」
「俺の女神がお前を守ってくれる。二度とルナに悪魔のカードなんか引かせない。だから、もう泣くな」
「うん……ありがとう……宝物にする……」
ベッドに並んで座る2人。
手で顔を覆いながら啜り泣く私を、レオは黙って優しく抱きしめてくれた――。