ひび割れサイダー瓶とみかんの木
蒸し暑い七月はじめのこと。
父の書斎から、ひびが入ったサイダー瓶が出てきた。
「なにこれ」
有給を取り、先月に亡くなった父の遺品整理をしていた私は、首を傾げた。父は甘い飲み物が好きではなかった。ゴミをため込む趣味もない。
私がサイダー瓶とにらめっこしていると、台所から母が現れた。麦茶をトレーに乗せて。
「お母さん、この瓶なにかわかる」
「ああ……それ、あんたの」
「え」
「昔、海に手紙を投げたでしょう?」
「………。……投げた」
小学校五年生くらいのとき、私は近くの海に瓶詰の手紙を投げた。
当時の私は友達とけんかして、だれか新しい友達が欲しくて――。便箋二枚に渡る手紙を、自分が知らない人間に届くよう、海に投げた。
……いつ返事が来るかな? 外国まで流れちゃうかも! メールアドレスを書いておいたから、パソコンに返事が来るだろうな……。
わくわくそわそわ、幼い私は手紙の返事を待った。
しかし待てど暮らせど返事は来ず。
海を眺めていると「みかん狩りを手伝え」と父親から言われ。みかんの世話をする内に、なんとなく立ち直り……。
手紙のことは忘れて、私は大人になった。
まさかあの手紙が父に届いていたとは。
「お父さんね、海に浮かんでいるのを見つけたとき、ゴミだと思ったんだって」
「ひどい」
「中に手紙が入っていたから、まぁ、読むじゃない? そうしたら自分の娘が書いた手紙だったから、内緒で私に相談してきたの」
友達と喧嘩したみたいだと。
「あとは漢字の間違いを指摘していたわ。なんと三個もあった」
「ごめんなさい」
「……お父さん、返事を書こうとしたのよ? けれど一言も思いつかなくて、結局、あなたの手紙は再び海に放流したの。あとは知らんぷりしていたみたいね」
身近な人間に拾われたら意味がないだろうと、父なりに考えて……また海に投げた。
そして私には一言「みかん狩りを手伝え」と、言ったのか。
「身内が拾ったって知って、ガッカリした?」
「ううん」
長い時を経て、返事をもらう。その楽しみは味わった。
ふっと笑いがこみあげてきたところに、スマートフォンが鳴った。
メールの着信音。画面に表示されていたのは「こんにちは。I got your message.」から始まる、知らない宛先のメール――。
外ではみかんの木が、夏芽を伸ばしていた。
(終)