海に行きたいけれども、ここ、病院
病院は退屈だ。楽しみといえば味気ない食事くらい。
母がお見舞いでボトルフラワーなるものを贈ってくれたが、透明のボトルに入れられたプリザーブドフラワーからはなんの時間経過も感じられないので、気が晴れない。私はバイク事故で背中を燃やしたために、何日ここに閉じ込められているのか。
「暇だな……」
ひとりごとを言っても誰も反応してくれない。
入院したのは大部屋だったけれど、みんな私より先に退院してしまった。
私は向かいのベッドをのぞいた。さき一昨日までは高山さんがいたベッドだ。バスケで靭帯を切った高校生……。
高山さんとは十歳離れていたけど、よくお喋りした。
母がくれたボトルフラワーは、青いバラが閉じ込められていた。高山さんは青いバラを見つめたあと、深くため息をついた。
「退院したら、海に行きたいなー……」
私はすぐさま相槌を打つ。
「今、暑いもんね。めっちゃ泳ぎたい」
「足怪我しているから泳げません」
「うん、私も火傷を人に見せたくないから今年は無理」
怪我人は病人より元気なので、べらべらと話す。
「ま、泳ぐと焼けるから嫌だよね」
「散歩だけでいいです」
広い空の下、海風に吹かれながら、砂浜を歩くのだ。かすかに聞こえるカモメの鳴き声―――。薬品くさい病院にいれば、広いイメージが恋しくなる。
「なんなら、あれやろう。海に瓶詰の手紙を流すやつ!」
「ボトルメールですか? 砂浜から投げても、すぐ波に押されて帰ってきちゃいますよ」
高山さんはけらけらと笑った。
……連絡先、聞いておけばよかった。あの笑い声が恋しい。
だれかと話したい。
海に行きたい。ボトルメールに「暇。助けて」なんて書いて大海原に投げたい。透明のサイダー瓶に入れた私の想いを、大きく振りかぶりたいー―。
「おひさー」
親しみのある声がした。高山さんだ。手には水の入ったペットボトル。
診察のついでに寄ったよ、と笑っている。
大げさかもしれないけれど、海に投げたボトルメールが拾われたような、そんな感動が私を包んだ。
(終)