【第六十一話】キャリア:フーリア・ミーリア(3) 鬼畜
「一斉詠唱開始ッッ!!」
副魔導師殿の叫び声のした瞬間、周りにいる魔術師が詠唱魔法の詠唱を始めた。
全員が別々の詠唱魔法を詠唱していて、統一性が無い。
私はそう思いながら、相手陣地の方へと杖を向ける。
「水の精霊よ、我らの先に敵あり、して殲滅させん力を我に分け給え──」
私がそう詠唱をしている途中に、敵陣地の空には鉛色のした雷雲が集まり始めた。
思えば、グジモットを使ったのは随分久しぶりな気がする。グジモットを使うのは5年前のリーバルトくんに見本として見せたとき以来だけだ。
「グジモット」
私がそう詠唱した瞬間、体の中から少しだけ魔力が無くなった感覚がした。
それと同時に、敵陣地の上空に浮かんでいた雷雲から、一筋の光が一瞬で現れ、一瞬で消え失せた。
直後に何かが破裂した時のような轟音が敵陣地のほうで轟く。
命中したかどうかは分からないが、敵の戦意を下げることはできただろう。
また、私の放ったグジモット以外にも、敵陣には爆炎や水の矢などが降り注いでおり、圧巻だ。
この胸が熱くなる光景には、私がここに来て一年半経った今でも慣れる様子がない。
戦闘魔術師になったときはどうなるかと思っていたけれど、特にどうということは無かった。
「詠唱魔法やめッ! 総員敵魔術師の反撃に気をつけろぉ!」
副魔導師殿が叫んだ瞬間、周りにいる魔術師達が敵の報復攻撃から身を守るために一斉に塹壕の中へと飛び込んだ。私もそれに倣い、塹壕の中へと飛び込む。
直後、私の頭上を剛速球で火球が通り過ぎていった。
その火球は遠く離れた場所に着弾し、街の家数軒を吹き飛ばせるほどの爆発を巻き起こす。
それによって私の鼓膜に爆音の振動が当たり、キーンという鋭い耳鳴りを残していった。
「ひぃ……」
「今のは危なかったねぇ〜」
モディファが私の隣でアハハ……と苦笑いをする。
本当に今のは死んでもおかしくはなかった。いや、普通に死んでいた。
「戦争は嫌いです……」
「アハハ……私もだよ……」
私達がそう会話をしている最中にも敵からの報復攻撃は続いており、一部の塹壕区画では、飛来した攻撃魔法によって甚大な被害をもたらしているところもある。
そこから時折聞こえてくる悲鳴が、私の耳に残って仕方がない。
だから私はモディファと無駄な会話をすることによって、そちらに気が行かないようにしている。
「あそこにはしばらく近寄らないでいよっか。黒焦げの死体はもう見たくないからね」
モディファはそう言って、被害を受けた区画の方から背を向けて歩き始めた。
私もそれに付いていき、時々飛んでくる敵の魔法に当たらないように気をつける。
「もしさ、この戦争が終わって、故郷に帰れたとしたら……どうする?」
モディファが泥で塗れた栗色の髪を揺らしながらそう言った。
まるでもうすぐ死んでしまうかもしれない兵士が放つような言葉だ。こういうことを言うやつは、小説ではすぐに死ぬようなキャラクターだ。
「私の故郷はちょうど半年前に戦火に飲まれて……消えました」
私の故郷の村が滅んで消えてしまったのを知ったのは、村が滅んでから約1ヶ月後のことだった。
ある日、平和だった村に突如として疾風迅雷の如くの攻撃が敵軍になされ、村人、駐在していた騎士の全員が死んでしまったらしい。
無論、そこには私の母や父もいた。
戦争でいつ死ぬか分からない恐怖におびえて暮らしている私にそんな情報が飛んできたら、私はもうただ、目の前の打ち返してくる的に魔法を打ち込むしか現実逃避の方法はなかった。
故郷に思いを馳せることすらできなくなってしまったんだ……。
「それは……ごめん」
随分と辛気臭い空気が辺りに広がり始めたので、私はモディファに同じことを聞き返してみた。
「モディファはどうするんですか。戦争が終わって、故郷に帰れるとしたら」
私がそう聞くと、モディファもこの暗い空気を打ち消そうと大きな勇ましい声で言った。
「そりゃあもちろん! カッコイ彼氏を探して〜、子供を5人ぐらい作ってみたり、幸せに牧場を営んでみようかな〜。なんて!」
「5人って……いや、それが普通なんですか?」
「こっちでは少なくとも普通だよ? 逆に少ないぐらい。都会の方で暮らしてると田舎の子供の数に驚くもんね」
モディファはすっかりいつもの調子を取り戻したようで、そう喋った後に鼻歌を歌いながら後ろに腕を組んで歩き始めた。
5人が少ないぐらいというのは流石に信じられないが、村によって風習が違うのだろう、勝手に決めつけるのはよくないことだ。
「でさ〜、牧場で取れた牛乳を……」
「──こちら近接戦闘用意! 侵入者だ……ぁ」
ここからそう遠くない場所で、大きな叫びと微かな悲鳴が立て続けに聞こえた。
モディファが私に視線をよこして、私はそれにコクリと頷く。
私は頭上目掛けて、爆発する光属性の球を発射した。
これが侵入者が現れたことを意味する合図である。発射された光球は凄まじい明かりを発しながら爆発して、その光は遥か遠くの戦場にまで届く。
傍から見たら、太陽が2つになったように見えるだろう。
「急ごうフーリア!」
モディファはそう言って体の周りに土属性の基礎魔法で簡易的な鎧を作った。
ナイフやレイピア程度なら防ぐことは容易だろう。固くすればするほど重量は増すだろうが、丸腰で死ぬリスクが高くなるよりかはマシだ。
私もモディファと同じ鎧を作って身を固める。私は表面積がモディファと比べたら小さいので、比較的魔力の消費が少ない。
「うわっ、がぁぁああ!」
何回も聞こえてくる断末魔が徐々に私達に近づいてくる。いや、正確には私達が近づいていると言ったほうがいいのだろう。
魔法が塹壕の壁なり肉体なりに当たって響いてくる爆発音のようなものが一切ないため、相手は剣を持っている可能性が高い。
「助けて,助けて,お願いだ……! 俺には子供があぁぁぁぁ!」
想像以上に酷い現場らしい。この悲鳴で24人目だ。
しかし、聞こえてくる悲鳴が個々としてしか聞こえてこない。
相手は単独で侵入してきたのだろうか? だとしたら1人で少なくとも24名の命はこの短い時間で殺していることになる。
相手は手練だ。
「モディファ! これは逃げたほうがいいです! ただの魔術師2人が只者じゃない剣士に近接戦闘を仕掛けに行くのは、死にに行くのと同じですよ!」
私がそう叫んだ瞬間、モディファの動きがピタッと止まった。
モディファがこの提案に簡単に乗るわけじゃないだろうと思っていた私は、モディファのその意外な行動に困惑しながらも、大人しく従ってくれることに安堵する。
「あぁ……少し言うのが遅かったなぁ」
「え……?」
モディファが私の方へ背けていた顔をこちらへ向ける。
彼女の右の目元からは涙がこぼれていて、左の目元からは血液が突き刺さっている金属の杭を伝って大量に溢れ出していた。
私達は鎧を作りさえすれば問題はないと、高をくくってしまった。
いくら胴を守っていたとしても、顔面や首、脳をやられてしまえば、たちまち死に至ることは当たり前だろうに、私達は消費魔力を少しでも抑えたいがためにいちばん重要な部分を捨ててしまった。
一番の戦友の死を、私は直視してしまった。
「逃げて! フーリア! 君ならできるよ! この魔女から逃げて!」
倒れピクピク痙攣しているモディファの足元で、癪な声真似をしている女がいた。
声どころか、喋り方すらも微塵も似ていない。
「アタシは魔女じゃないけれどね。恰好の良い二つ名を自称したくなることってぇ……あるじゃない?」
私の眼の前で癪な微笑みを見せる女は、戦場にはありえないほど露出の多い黒い服を来ており、右手には小さな鎌、左にはレイピアを携えていた。
「魔女を名乗るくらいなら……『拷問卿』っていう立派な二つ名があるじゃないですか……!」
「拷問卿なんて血生臭い二つ名は好きじゃないのよねぇ。それを名乗るくらいならエシル・グレーズを名乗ったほうがいいわ」
目の前で薄ら気味の悪い微笑みを浮かべたその妖艶な女に、私は最大火力の火球をプレゼントした。
累計PV数1万人到達ッッ!
やったッッッッ!!!!




