【第四百八十二話】キャリア:イルモラシア・ブラッス(4)長老
「ここが私たちの故郷、モーラだ」
メルギラがそう言った先には、集落が広がっていた。
ダークエルフの集落。木造建築が目立ち、白銀の髪と褐色の肌を持ったダークエルフたちが集落の至る所にいた。
数にしてみれば二〇人ぐらいか、その殆どが容姿の整った女の人の姿をしていた。
「まずは長老の家に案内しよう」
メルギラがそう言うと、彼女はどんどんと前へ進んでいく。
「あの、そろそろ服を……」
「これは僕のだよ」
まだ言ってる……。
私がそんなことを思っていると、師匠が私たちを襲ってきたメルギラ以外の四人に話しかけた。
「あなたたちの名前は?」
「あっ、えと……ダリルです……」
メッダルに服を剥ぎ取られた子が言うと、それに続いて他の三人も名前を言い始めた。
「私はリズ」
「ミクシー」
「クリップだ」
ダリルは大人しそうな印象を受け、リズは思春期気味の女の子、ミクシーはミステリアスで、クリップからはメルギラのような厳しさを感じた。
この五人は集落の中でも精鋭に入るのだろうか。
それか、戦力はこの五人しかいないのか。
「あなた達がこの集落の戦士ですか?」
「そうよ。弓兵五人の戦士。私たち意外に戦闘員はいない」
リズがそう答えて、私とメッダルの方を見た。
「あなたたちも名乗ったら?」
「リズ、相手は客人だ」
リズの厳しい口調を聞いたメルギラが彼女にそう注意した。
とはいえ、確かに師匠しか名乗っていなかったし、私たちも名乗るべきか。
「私はイルモラシアです。イルアって呼んでください」
「僕はメッダル! 種族はエルフだから、似た者同士仲良くしようねー」
さっきダークエルフとエルフの共通点は少ないと言っていたのに、調子がいいな。
そんなことを思っていると、ミクシーが「よろしくね、イルア……ヒヒ」と気味悪く笑って言ってきたので、私は苦笑いを返した。
「順調に仲良くできそうだね」
「だといいがな……」
師匠とメルギラがそんな会話をして、私たちは一つの家の前で立ち止まった。
この集落の中では比較的大きい、周りが花で装飾された家だ。
冬場だと言うのに、まるで春を感じさせるように花は蕾を開いていた。
「長老! 外の者を連れてきました!」
メルギラが玄関の前でそう言って、家の中の返答を待った。
「……入れ」
その声が家の中から聞こえてメルギラはそっと扉を開けると、私たちに先に入るように促した。
流石にもう襲ってこないとは思うが、念のために私たちは警戒しながら家の中へと入る。
家の中の様子は民族風の内装をしていて、暖炉の火が部屋を薄暗く照らしていた。
その奥にはあぐらをかいて座っているダークエルフの姿。
おそらくはこの集落の長老。
長老といえど、流石はエルフの名を冠している種族というべきか、容姿に老いは感じられず、その容貌は若々しい姿を保っていた。
「メルギラが世話をかけたようだな」
「……? わかるんですか」
「あぁ、メルギラが外からきた者をここに通すのは、大抵メルギラが喧嘩を売って、挙句負けたときと相場が決まってるんだ」
つまりは前科ありか。
その吹っ掛けられた喧嘩のせいで、何人が犠牲になったのだろうか。
というより、その言い方だとメルギラたちはこれまでにも何回か負けているな。
「うちの衆が迷惑をおかけして申し訳ない。詫びに何か好きなものをやろう。あまり良いものはやれないが、ある程度は要望通りにする」
ダークエルフの長老がそう言うと、私は師匠の方を見た。
師匠は何がほしいんだろう。単純に気になる。
「服がほしいかも。そこのエルフに合う服がほしい」
師匠がそう言って、メッダルの方を指さした。
彼女は未だにダリルから剥ぎ取った服を纏っており、ダリルは半袖とズボンとで寒そうに体を震わせていた。
あの調子だと風邪を引きそうだな。
「なんだ、そんなものでいいのか」
「僕がすっぽっぽんを回避するのに必要なアイテムがそんなもの扱いなの? 僕からしたら神装だぞ」
絶対そんな大層なものじゃない。
「特にほしいものもないから。あと、その子も寒そうだし」
師匠はそう言ってダリルの方を見た。
師匠の作り出した火の玉はいつの間にか消えていて、彼女は暖炉の火によって温められた部屋の中でさえ、肌寒そうに震えていた。
これでダリルの身に何かがあったら、私たちは間違いなくダークエルフから嫌煙されるようになるだろう。
「それもそうだが……」
長老がそう言った瞬間、突如として黙り込んだ。
彼女は睨みつけるように目を細めて、師匠の姿を注視している。
私は杖を強く握り込んで警戒する。
少しでも違和感を感じた瞬間に魔法を放つ。
その準備を整え、私は長老のことを注意深く監視していた。
「あんた、どこかで見たことがあるな」
「私はあなたを始めて見るけどね」
「そうか……? でもやはりどこかで……」
「気のせいだと思う」
「いや、でも」
「気のせい」
長老の疑いの目を師匠はそう制止して、顔を隠した。
師匠がこんな反応をするのは初めてだった。
いつもは『どこかですれ違ったんじゃないかな』と相手の意見を肯定するような反応をするのに、今回のように否定するのは初めてだった。
「それより、聞きたいことがあるんだけど」
まるで話題を変えようとしたかのように、師匠はそう言った。
何か長老に気づかれると不味いことでもあったのだろうか。
「なんだ? 言ってみるといい」
「ここ最近、ここらへんで凶暴な魔物が出たっていう噂はあるかな?」
「いや、特にないな……そもそも、魔物自体この森には存在してないよ」
「……え?」
私は思わずそうつぶやくと、隣にいたメッダルと目を合わせた。
「存在しないっていうのは、どういう意味?」
「そのままの意味だ。この森は魔力が薄いから、魔物が生まれにくいんだよ。生まれたとしても、魔力の少ない場所で生まれた魔物は貧弱だからすぐに死ぬ。だからこの森には魔物は存在していないんだよ」
そんなの、ありえない。
でなければ、この森に生息している凶悪な魔物の討伐依頼が出るはずがないのだから。
「師匠……」
私が不安になりながら師匠にそう言うと、師匠は少し考え込んだ顔をした後に、静かに言葉を発した。
「一度、確認をしてみようか」
師匠の乾いた声が、家の中で響いた。




