【第四百七十話】みんな生きてる
「先輩、死んじゃったんだ」
イルモラシア校長との話が終わったあと、ツレから僕の部屋に呼び出された。
「……うん。満足そうだったよ……」
びっくりするほどに自然に出たその言葉は、なぜだか非情に聞こえた。
ルルット王子を殺した罪悪感はまだ残っているのに、彼を失った悲しみはまだ存在するのに、言葉にして吐いただけで、そんな感情が一気に薄らいでいるように感じる。
……考えるな。
「……先輩、なんでこんなことをしたのかな」
「父親のしつけが厳しかったらしい。……自由になれないのならいっそのこと、って」
「そうなんだ……」
ツレがそう言って、うつむく。
「僕も行きたかったな」
「……危なかったから」
「それはわかってるよ。でも、最後に会いたかったな、って」
ツレの言葉で、僕ははっとする。
そうか。
最後にツレがルルット王子と話したのは、冬休みが始まるよりも前のことじゃないか。
クーデターの対処に忙しかったせいで、そのことに気づくことができなかった。
ツレからしたら、仲の良かった先輩がいきなり大事件を起こして、いきなり死んでしまったようなものだ。
「ねぇリーバルト」
ツレが僕の名前を呼んだ。
彼女を背に、窓の向こうで朝日が昇っていく。
「人って、いきなりいなくなるんだね」
そう言ったツレの顔は、逆光で全く見えない。
だが、声は震えていた。
「ツレ……」
「前までは一緒にご飯を食べたり、話してたりしてた人がさ……いつの間にか会える日が少なくなって、消えちゃうんだよ……? こんな、いきなり……!」
ツレがその場でへたり込んで、泣きじゃくり始めた。
かけるべき言葉が見つからない。
黙って傍にいるべきなのかも、もはやわからなかった。
「相談、してほしかった……相談されるぐらい信頼されたかった……」
結局、ルルット王子は誰かを信じられたのだろうか。
彼はツレを、僕を信頼してくれていたのだろうか。
もし信頼されていたとしても、相談をするほどの関係ではなかったのだろうか。
──無力だ。
何もできなかった。
「ごめん……ごめん……」
僕はただ、謝ることしかできなかった。
誰に向けたのか、自分でもわからない謝罪。
意味はないんだろう。
◇
「リーバルトさんを庇ってくれたんですね」
ツレとの話が終わったあと、僕はアディとスクリの部屋で、アディの様子を見ていた。
僕とスクリはベッドの横に置いてある二つの椅子に座って、ルルット王子と戦ったときの話をした。
「うん……。咄嗟のことで、全然守りきれなかった……」
ルルット王子の詠唱魔法に命中しそうだったのを、アディが庇ってくれたおかげで、僕は無事でいられている。
もし彼女が僕を庇っていなかったら、今頃は僕も城の瓦礫の下に埋もれていたことだろう。
「どれくらい起きてないんですか……?」
「かれこれ十数時間は……」
リハード先生がアディに治癒魔法をかけてからかなりの時間が経った。
彼女は未だに目を覚まさない。
発見したときはすでに瀕死だったし、回復に時間がかかっているのだろう。
治癒魔法は疲労や体力の消耗を治すことはできないのだ。
「完全に無事だといいんですが……」
「そうだね……」
スクリの言うように、問題がないでほしい。
これで治癒した箇所に何らかの異常があったら……。
「アディ……」
目を瞑って、開ける気配のないアディを見て、不安が強まる。
「……リーバルトさん、また手柄を挙げましたね」
「……?」
スクリがいきなりそんなことを言ってきた。
いきなりどうしたのだろう。
「アディちゃんを勇者教団から助け出して、魔王を倒して、クーデターの首謀者も倒す、すごいじゃないですか」
スクリがそんなことを言って、僕を褒め始めてきた。
多分、元気づけてくれているのだろう。
スクリらしい。
「はは、ありがとう……」
話だけ聞けば、やっていることはゲームやアニメなんかの主人公だな。
だが、僕がやっているのは、ほとんどが自業自得を解決することだ。
手柄だと言われるほど大層なことをしたとは思えない。
僕のことを励ましてくれている以上、スクリにこんなことは言えないが。
「──リーバルトさん、アディちゃんのことを大切にするのも大事ですけど、自分のことを大切にしなくてもいいってわけじゃないですからね」
スクリがそんなことを言って、僕の目を見てきた。
「で、でも……」
「その右目、シビルさんのと同じですよね」
「……多分」
「腕も……怪我だって負ってます。また無茶をしたんでしょう?」
スクリがそんなふうに言って、僕の身体に巻きつけられた包帯の数々を見た。
治癒魔法をかけるほどの怪我でもないと思って、最低限の処置だけで済ませたのだ。
「……怪我を負わないで戦うのは無理だよ」
「程度の問題です。そんな姿になるまで戦ったんでしょう? 逃げることだってできたはずなのに」
「王子を見逃すわけにはいかなかった」
「あの場ではイルモラシアさんも勇者も戦闘不能だったんですよね? その時点で本当は逃げるべきだったんですよ。見逃す前に殺されてたら、元も子もなかったんですから」
スクリにそう言われて、僕は口を閉じた。
確かに、もしあの場にフーリアさんが来ていなかったら、ゴーレムの自爆で僕は死んでいただろう。
魔女化しなければ負けていた確率が高いし、右目の力にも気づかなかったら魔女化すらできていなかった。
今思えば、偶然の連続で勝てたようなものだ。
もしあの場で僕に何も起こらなかったら、死んでいたのは僕の方だった。
実力で勝ったとは言えないのだ。
「そうだね……気をつけるよ」
「……まぁ、これで変われるほど人は簡単じゃないですし、徐々にでも変わってくれればいいですから」
「うん。ありがとう」
そう言って、僕は視線をスクリからアディに移した。
──涙。
「……アディ!? 起きてたの!?」
アディが目を開けて、泣いていた。
視線は天井を向いている。
「死んだかと、思った……」
アディがそう呟いて、自分の腕を見る。
折れ曲がって潰れていた右腕。
すっかり綺麗になった右腕をみて、アディは更に泣きだした。
「アディっ!?」
「アディちゃん!?」
「……うぐっ、ありがとう……ありがとうね……私、死んじゃったって……思って……」
アディは袖で拭っても消えない涙を浮かべながら、必死に「ありがとう……ありがとう……」と呟き続けていた。
「リーバくんも、スクリちゃんも生きてる……」
「や、やだなぁアディちゃん、私は戦い参加してないから生きてるよー……?」
スクリも苦笑いと一緒に涙を浮かべていた。
その光景を見て、僕は少しほっとした。
……無事だ。
アディも、スクリも、お墨付きの面々も、全員無事。
「はは……」
「……リーバルトさん?」
誰かは死ぬと思ってたのに。
誰一人として、仲間は欠けていない。
「良かった……ほんとうにッ、良かった……」
「えぇ……!? みんな、泣いちゃったら、この場、誰もおさめられないじゃないですか……!」
今はただ、そう納得しておこう。
これにて第十章は終了となります。
想像よりもグダった印象……。




