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異世界転生した男、ほのぼの人生計画に夢を見る  作者: 黒月一
【第十章】革命編
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【第四百五十九話】まだ

「うぅッ!」


 ルルット王子が胸を抑えて、目の前で悶え苦しみはじめた。

 大量の魔力を取り込んだことで、体内で魔力暴走が起こっているのだろう。 


 彼の傍らにいるメルダリスは一切微動だにしておらず、出方を伺うようにじっとこちらを見ていた。


 このまま立ち尽くしていていいのか?

 ルルット王子を放置して、本当にいいのか?

 取り返しのつかないことにならないか?


「これが……魔人化……はは……はははっ」


 ルルット王子は苦しみながらも笑っていて、自身の体に起こっている異変を楽しんでいるようだった。

 魔人化による体力の消耗は想像を絶するはずだ。

 作り笑いを浮かべることすらままならない。

 だというのに、この人は遊びを楽しんでいるかのように魔人化の過程を味わっているのだ。


 異常だ。とてもだが、普通ではない。


「はぁ、はぁ……力が、有り余るような感覚ですね。なんでもできそうだ」


 王子がそう言って落ち着きを見せるまで、僕達は結局のところ、魔人化の様子をただ見ることだけしかできなかった。

 彼は自分の体を両手で抑え、両目で見渡し、溢れ出んばかりの魔力の感覚を実感している。


「リーバルトさん、お手合わせ……お願いします」


 どうやらもう、止まる気はないらしい。


「できるなら、やりたくないんですけどね……」


 僕は魔法杖を構える。

 ルルット王子はまだ憎悪の魔王にはなっていないはずだ。

 彼が力に目覚める前に、終わらせる。


「リーバくん……私も──」


「君は私とだ」


 低く、逞しい声をメルダリスが発した。

 流石に二対一で戦うことは無理か。


 メルダリスは地面に突き立てている両手剣の柄を片手で掴むと、それを軽々と持ち上げた。

 ……化物か?


「《身体強化〈速度10〉》《身体強化〈反応5〉》《身体強化〈筋力4〉》」


 メルダリスは次々に自身の体に強化を重ねる。

 筋力を強化していない状態で両手剣を持ち上げた?

 なおさら化物じゃないか。


「アディ、気をつけてね」


「うん。わかった……」


 アディは返事をすると、メルダリスに対抗するようなに様々な身体強化の魔法の詠唱を始めた。

 筋力2、攻撃6、反応5、速度12。


 僕が手伝っても足手まといにしかならないほどの強化の数。

 僕はルルット王子の相手に集中することにしよう。


「するんですねっ……」


 僕はそう言って、全身の魔力循環を加速させる。

 魔法学校で教わった、素早く魔法を放つための小技だ。

 まだ意識をしながらでしか発動はできないが、鍛錬をすれば無意識下でもコントロールが可能になるという。


「えぇ、しましょう!」


 ルルット王子がそう言った瞬間、アディとメルダリスが動いた。

 ほぼ同時。どちらが先だったという判別すらできなかった。

 目で追えない。剣と剣が激しくぶつかり合う音は聞こえるが、前後左右どの方向からもその音が発生していることから、僕の想像を超えたスピードで戦っているのだろう。


「よそ見は駄目ですよ!」


 ルルット王子が叫んで、岩が飛んでくる。

 差し渡しは僕の身長と同じぐらいか。避け切れない。

 僕はそう判断すると前方に三枚の壁を生成した。

 おそらくこれでも防ぎきれない。


 回避行動を取ると同時に、生成した壁を吹き飛ばした岩が僕の体すれすれを通った。

 岩が通った箇所は床がえぐり取られており、壁に激突した衝撃で部屋が大きく揺れた。 

 壁を作っていなかったら、おそらく避け切る前に死んでいただろう。


 しかし、初手の攻撃を見るに魔力の扱い方にはまだ苦戦をしているっぽいな。

 やっぱり魔人化の感覚に慣れていないようだ。


「手加減は無用ですよ!!」


 ルルット王子が言う。


「分かってますッ!」


 火球を三つ、撃ち込む。目眩ましだ。

 二つの火球を床に着弾させて爆炎を作り、最後の一つを王子に直接撃ち込む。

 最後の一発が自分に飛んでくることを察したのか、ルルット王子は水の膜を張って火球を防いだ。


 前方に暴風を吹かす。

 風はルルット王子が生成した水の膜を弾き、体を壁に叩きつけた。

 同時に僕も後方に風を起こし、前方へ。


 杖をルルット王子の体の中心へ向けた。

 槍状の岩を左右に二本発生させ──。


「っ!」


 複数の石つぶてが僕の顔のそばを横切った。

 やっぱり一気に距離を詰めるのは無理があるな。


 距離はおよそ十四メートル。

 魔術師が魔術師を相手にするには近すぎる。


「やっぱり近接戦かッ!!」


 僕はこれが一番性に合っているらしい。


「本気のぶつかり合いは初めてですねっ!」


 ルルット王子が次々に砂利を作り出して、高スピードで飛ばしてくる。

 砂利の一粒一粒が尖っていて、当たると切り傷ができてしまうので、一様に無視ができないのが厄介だな。


 次にくる攻撃はなんだ?

 火炎放射か、魔法で作り出した壁でも防ぎきれない威力の魔法か。

 もしくは……。


 僕に大きな影が被さった。

 頭上に大岩。

 そう来るかっ!


 僕は全速力で走って岩を避ける。

 間髪入れずに前方から砂利。

 防ぐ。


 砂利を防いだ壁を蹴り飛ばして、そのままルルット王子へぶつけた。

 あまり効果はないだろうが、多少の足止めできるだろう。

 その間にルルット王子との距離を詰めるっ。


 王子が魔王になる前に戦闘を終わらせなければ。

 制限時間が何時間、何分か不明な以上、効果的な手段を次々に使わなければいけないな。


「さすがリーバルトさん! 魔王シビルに勝っただけありますね!!」


「あれはまぐれですよっ!」


 飛んできた火球を避ける。

 彼の足元に杖を向け、地面に土の槍を生成。

 魔法との距離の問題で威力の減衰はあるが、足を射貫ければ問題はない。


「ただ、魔法杖をどこに向けているかを見れば次の行動が丸わかりです!」


 そう言ってルルット王子はまだ発射前の土の槍を蹴ってへし折った。

 クソっ、駄目か。


 すると火炎が目の前で放たれた。

 水の膜を生成。

 砂利。

 土の壁を生成。

 頭上に大岩。


 ──畳み掛けてきた。


 僕はすぐに右へ転がり込み、頭上の大岩を避けた……瞬間に火炎が視界の左端から飛んできた。


「しまっ──!?」


 防御が間に合わない。


「熱ッッ!!?」


 すぐに水を体に纏わせたものの、もろに火炎を浴びてしまった。

 避ける余裕がなかったッ……。


「はぁはぁ……」


 ずぶ濡れになった体を見ながら、僕は息を吐く。

 全身がヒリヒリとして、服の裾は焦げ付いている。


「リーバルトさん、まだまだやれますよね」


 ルルット王子は未だ健在。

 僕が彼に負わせたダメージはさほど多くはないし、効果もなかった。


「ふぅーっ」


 落ち着け。

 深呼吸だ。


 しばらく戦って分かったことがある。


 ルルット王子は残存魔力を一切気にせずに魔法を使っている。

 いくら魔人になったといえど、ルルット王子が戦っていたやり方でやれば、すぐに魔力は枯渇してしまう。

 魔力の節約というものを一切考えていない戦い方。


 しかし、無理もないか。

 魔人化した直後は体内の魔力量が大幅に増加して、無限に魔法を撃てると思えてしまう。

 魔力を摂取することによって発生する高揚感や全能感も考えれば、効率も残存魔力も考えずに魔法を次々に撃ってしまうのは、ほとんど仕方がないのだ。


 そこが弱点になりうる。


 魔王化するまえに魔力の枯渇を発生させて無力化しよう。

 そのためには、燃費の悪い攻撃をしてもらわねば。


「よしっ!」


 気付けに両頬をパシンッと叩く。

 気を抜くな。真剣に、集中して、戦え。


「続けましょう」


 ルルット王子が言った。


「言われなくてもっ!」


 前方に大量の水を放射。瞬時に火炎放射に切り替え、火の温度を急速に上昇させる。

 水が水蒸気に変化し、爆発的に部屋へ充満する。

 すぐに視界が真っ白に染まった。


「《身体強化〈速度10〉》」


 唱えると同時にロントボックスで魔力を補給。

 魔石が一個駄目になったので、排出と装填を手早く済ませ、頭を低くする。


 ──頭上を大岩が通り過ぎた。


 やはり当てずっぽうで来たな。

 そして、詳しい位置が分からないから、高範囲の魔法を使うしかないみたいだ。


 一発、二発、三発。

 大岩が次々に飛んできて、それぞれ当たらないように避ける。

 当てずっぽうとはいえ、僕の位置を大まかに把握しているらしく、どの攻撃も避けなければ直撃してしまう。


「初めてだから行けるか心配だけどっ」


 呟いて、走る。

 霧の向こうに、ルルット王子の輪郭が見えた。


 杖を棍を扱うような持ち方に変える。

 フーリアさんからもらった杖をこんなふうに扱いたくはないが!!


「っはぁ!?」


 いきなり目の前に現れた僕を見て、ルルット王子は静止した。

 そりゃ、魔術師がこんな至近距離で仕掛けてくるとは思わないだろうしな。


 彼は反射的に魔法を放とうとしたようだが、どうやら彼の体内魔力量は限界に近いらしく、彼が生成しようとしていた火の玉は巨大化する寸前で霧散した。


 すぐさま僕は突っ込んだ勢いを杖に乗せ、脇腹めがけて横薙ぎに魔法杖を振るった。


「がぁッ!!」


 効果的な一撃。

 魔法学校の授業に、確か魔法杖術というものがあったはずだ。

 僕はその授業を取ってはいないが、魔法杖を打撃武器にする方法はあるのだろう。多分。おそらく。


「はぁッ!!」


 僕はすぐさま杖と体を引き、今度は柄の部分で突きを繰り出す。

 腹に命中。ルルット王子が「うぅっ!」と呻いた。


 杖を持ち替え、ゼロ距離で暴風を浴びせる。

 するとルルット王子の体が壁に打ち付けられ、そのまま張り付けとなった。

 風を止めると、僕はすぐさま彼の前に五本の槍を生成して、すぐに発射できるようにした。


 後方には壁があり逃げられず、前方には五本の槍が今にでも発射されそうな状況。

 ──王手だ。


「……降伏してください。さもないと……全身に穴が空きます」


 そう言って、彼を脅す。


「嫌だと言ったら?」


「あなたの体内魔力はもうほとんど残ってないはずです。肉弾戦での抵抗では身体強化が使えるこちらが有利です。無駄なあがきはやめてください」


 僕がそう言うと、ルルット王子は仕方なさげに溜息をつき、両手を挙げた。


 ……勝った、はずだ。

 いや、正確にはまだアディとメルダリスが戦っているが……。


「──はぁ、はぁ……リーバくん、こっちも、終わったよ」


 そう言って、アディが僕の背後から話しかけてきた。

 僕は彼女の姿を見て、少しぎょっとした。

 彼女の全身には無数の傷跡があったのだ。


「ありがとう……怪我は大丈夫?」


「うん……ちょっとかすっただけだから……」


 アディの口ぶりから、どれも大事には至っていないようだ。

 とはいえ、すぐに治癒魔法で傷を治したほうが良いだろう。


 疲弊しきっている彼女の向こう側に、膝をついた様子のメルダリスが見えた。

 彼は床に膝をついたまま動かない。

 両手足の首からかなりの出血をしていることから、腱を切ったのだろう。


「……さすがです。リーバルトさん」


 パチパチと、彼は小さな拍手をした。

 その表情は安らかなもので、満足がいったような目つきをしている。


「……クーデターを止めてください」


 そう言った。

 なんとか殺さずに済んで良かった……。

 僕はそう安心しながら、その場で座り込んだルルット王子を見下ろす。


 意外と呆気なかったな。

 こんなものか。


「……ルルット王子、お願いします」


 彼は俯いて、その顔を見せない。

 急所は避けたから、死んではいないはずだ。

 魔力切れによる気絶だろうか?

 だったら、ロントボックスを使って魔力の供給をするしかないが……。


「王子? ずっと黙ってないで、なにか言ったら」

「──殲滅を望む、我が力を見よ『負の連鎖ネバー・エンディング・エビル』」


「リーバくんッッ!!」


 しまった。


 そう思った次の瞬間には、僕はアディに吹き飛ばされていた。

 目の前で無数の黒い鎖が天井やら壁やらに突き刺さっていく様子が見える。


 アディ……アディ!!


「第二ラウンドです。リーバルトさん」


 あぁ、本当に、クソッタレ。


 王子の前で、黒い鎖が急激に縮小し、鎖に繋がれた天井や壁が崩壊した。


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