【第四百五十八話】そして、王子は王に
【視点:リーバルト・ギリア】
「……ルルット、王子」
「そんなに警戒しなくても、いきなり攻撃するような真似はしませんよ」
あははと部屋の奥にいるルルット王子は笑って、椅子に腰かけた。
どうやらここは広間らしい。
彼の直ぐ側には護衛の騎士が一人付いていて、彼が今まで戦ってきた兵士たちの誰よりも遥かに強いであろうことがその目つきから分かる。
アディが体勢を低くし、いつでも対応できるように剣を構えた。
アディのこの反応からも、只者ではない。
「あぁ、こちらは僕が一番信頼している人……近衛騎士団副団長のメルダリスです」
ルルット王子がそう紹介すると、メルダリスは僕達に小さく礼をした。
彼は自身の体長の三分の二はあるであろう両手剣を地面に突き立て、その両手を柄に載せている。
隙だらけに見えるが、なぜだか仕掛ける気にならない
仕掛けては駄目だ。
なぜか、勘がそう伝えている。
「どうぞ、座ってください」
あらかじめ用意されていたらしい二脚の椅子を指して、ルルット王子は微笑んだ。
「本当はツレちゃんが来ると思ってたんですけど……」
ルルット王子がアディの方を見ながら少し困惑した様子でそう言った。
そう言えば、アディをルルット王子に会わせたことはなかったな。
この二脚の椅子はもともとは僕とツレのものだったわけか。
「ツレは家で待機してます」
「あぁ、そうですか。別に気を悪くしないでくださいね。予定と違ってその……少々びっくりしただけですから」
ルルット王子は好青年ぶりを見せる笑顔でアディにそう言った。
アディは警戒しながらも「わかりました」と答えた。
気づけば、外から聞こえていた魔法の音が聞こえなくなっている。
陽動役の人たちが無事だと良いが……。
とはいえ、今はそんな心配をしている暇はない。
僕は罠が仕掛けられていないかを確認して、用意された椅子に座った。
アディは未だに剣を構えていて、椅子に座る気配はない。
「あなたも座ってください」
「私は……いいです。そちらの騎士様も立ち続けるでしょうから……」
アディはそう言ってメルダリスを睨みつけた。
メルダリスは眉一つ動かさずに、直立し続けている。
「……わかりました」
ルルット王子は仕方がなさそうにそう呟くと、何かを話そうと咳払いをした。
どうやら彼は騎士副団長を座らせる気はないらしい。
まぁ、不意打ちを食らう可能性もあるし、そうするのが正解なのだろう。
「リーバルトさん」
「……なんですか?」
「愚痴を聞いてもらってもよろしいでしょうか」
ルルット王子はいつもの微笑みを浮かべている。
まさかあっちから来るとは。
でもまぁこれで、悩みを聞き出す手間は省けた。
「いいですよ」
僕はできるだけ自然体でそう答えた。
それが一番だと思ったからだ。
変に身構えたりだとか、怯えたりだとか、怒っていたりだとか、そんな強い表情を出すのはなく、自然体こそが一番だと思ったのだ。
ルルット王子が口を開く。
「取り繕うのって、大変なんですよね」
まるで世間話をするような口調だ。
「取り繕う……ですか」
「はい。王子としての僕、王族としての僕、魔法学校生としての僕、クーデター実行側のトップとしての僕。その他様々な僕。……僕は一体、何人いるんでしょう?」
なぜだか、ルルット王子の笑顔が少しぎこちなくなったように思えた。
……そもそも、あれは笑顔なのか?
「父様は僕に次期王としての自覚を持てと強要してきました。次期王としての自覚ってなんでしょう? 反乱が起こるのも秒読みのこの国で、失策を何回も重ねてきた父様を見て、僕はどのような王になれと父様は言ったのでしょう?」
確かに、ここ最近のホーラ王がやってきた政策はどれも失敗続きだった。
民衆に王について聞けば、愚王だの白痴だの、そんな暴言が口から飛び出てくる。
そんな言われ方をしている父を見て、良き王になんてなれるのだろうか。
僕が彼の立場だったら、自分の置かれている状況に嫌気が差して、早いうちにすべてを投げ出していたかもしれない。
彼よりも早い段階で、なにか問題を起こしていたのかもしれない。
とはいえ、今の王国の現状で、良い政治などできるのだろうか。
どんな手を使おうが、どんなに優秀な人が王になろうが、いずれはこうなる運命だったのではないだろうか。
王政の失墜は免れなかった。
悲しいことに、仕方がなかったことなのだ。
彼はそんな現状に目を背けることなど、できなかった。
バカ正直にまっすぐ先を見つめてしまったのだ。
「今までの責任をすべて僕になすりつけようとしてくる父様が嫌いでした。それに乗っかって自分たちもと、そのようにすり寄ってくる貴族どもも嫌いでした」
だからルルット王子はクーデターが成功したら、貴族も潰そうとしていたのか。
自分を責任逃れの道具に使おうとしていた貴族なんて、自分の作る国にはいらないから。
「だからもう、滅茶苦茶にしてしまおう。確約された崩壊の玉座に座るのを待つぐらいなら、はじめから僕が壊してやる。こんな世界も国も人も大っ嫌いだ。僕を普通に生かしてくれないこの世のすべてが憎たらしいっ……」
僕は、あの感情を知っている。
この世界にある全てを憎たらしく思っているあの感情を。
そして、その感情が引き起こす、不幸を。
「ルルット王子っ! 駄目ですッ!! それ以上はいけない!1」
「何がいけないんですか? 僕はやっと自由になれたんですよ? リーバルトさんと初めて会ったとき、あなたから誰かを頼るべきという言葉を聞いたとき、あのときに初めて分かったんです。本当になりたかった僕のことが、ようやく」
ルルット王子は昂った様子で握りこぶしを作っている。
彼は……人間だ。
人間のはずだ。
魔人ではない。
魔人ではないはずだ。
「僕はリーバルトさんみたくなりたかった。リーバルトさんみたいに自由に生き、リーバルトさんみたいに強く、リーバルトさんみたいに自然に笑える。そんな貴方みたいに、僕はなりたかった」
そんなふうに見えていたのか、僕は。
彼ぼ僕に対する感情は尊敬なのか、羨望なのか、はたまた別の感情なのか、僕にはもはや分からなかった。
「僕、リーバルトさんに見てもらいたいものがあるんです」
すっと、自然な表情が浮かんだ。
彼は今、何を考えて発言しているのだろう。
僕に見てもらいたいものとはなんだろう。
そう思っていると、ルルット王子は自身の背後から、赤く丸い物体──リンゴを取り出した。
「……リンゴですか?」
「えぇ、そうです」
なぜ、リンゴを?
身構えていただけに、何でもないものを出されたことで少し気が抜けてしまった。
──待て。何でもない?
そんなわけがない。
何か意味があるはずだ
この流れでリンゴを出す理由。
「ッ!!?」
ふと、ウサギが頭に浮かんだ。
ウサギ獣人、ローズマリー、リンゴ。
あの時の情景が僕の脳内で瞬時に何度も繰り返し再生される。
僕がかじった、あのリンゴ。
魔人化リンゴ。
「待てッ──!!」
「父様、僕は王になります。あなたを超えた、魔の王に」
僕が駆け、アディがそれを超える速度でルルット王子に向かう。
しかし、僕達がそのリンゴを跳ね除ける前に、彼はそれをかじった。
かじってしまったのだ。
「貴方と同じです。リーバルトさん」
嬉しそうに彼は笑った。
その笑みで、あなたは何を思っている?




