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異世界転生した男、ほのぼの人生計画に夢を見る  作者: 黒月一
【第十章】革命編
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【第四百四十九話】魔法学校の現状

【視点:一般生徒】

「死ねやぁぁ!!」


 あぁ、地獄だ。

 そう思ったのも束の間、次の瞬間にはまた教室へ火炎放射が行われていた。

 貴族出身の奴らが逃げ込んだ教室から、焦げ臭さとともに変な空気が漂ってくる。

 例えるならそう、脂っこいものを焼いたときのような、べたついた空気。


 ホーラ魔法学校三階。

 階段には魔法によるバリケードが何十にも張られていて、階下からの侵入は不可。階上はすでに貧困層や一般の家庭出身で構成された聖徒隊によって制圧済み。


「我らは貴族階級を滅し、平等を目指す聖徒である!!」


 どっかのアホがそんなことを叫んでから、この学校の三階は地獄と化した。

 お前らはただの魔法学校の生徒だろ。なんだよ、駄洒落か? つっまんねぇ。

 そんなことをただの一般の生徒である俺が言えるはずもなく、ほぼ強制的に聖徒隊へ加入させられた。


 今は貴族階級の奴を見つけ次第、殺すか捕まえて拷問しろという命令のもと、三階をうろついている。

 二階には職員室があるので、制圧はできない。

 だから大抵の貴族階級のやつらは二階より下に逃げ込んだようで、俺達が現在処理をしているのは逃げ遅れたやつである。


 とはいえ、こんなことを好んでやっているやつは一部の頭がイカれたやつだけで、ほとんどは俺みたいにやっているフリをしているか、嫌々やっているかの二通りである。

 というより、人殺しを好きにやるやつが多いわけがない。


「ろくでもない」


 本当に、ろくでもない。

 誰か助けに来てくれとも思うが、それと同時にこのままでいてくれと思っている俺がいる。


 今、もし騎士団なんかが助けに来たとして、行われるのは大量拘束だ。

 もちろんそれにはいやいや聖徒隊に加入した俺達も含まれる可能性が高いわけで、そうなれば少なからず罰を受けることになる。

 一躍犯罪者の仲間入りだ。


 せっかく努力して魔法学校に入学したというのに、それが無駄となり、まともな仕事につくどころか、住むところもまともに確保できなくなる。

 あるいは、何かしらの温情で無罪判決がなされるか?


 そんなの、際限なくなるだろ。


 ずる賢い奴がいたとする。

 そいつは好んで貴族階級を焼いているが、表情には出さず、嫌々やってますよー感を出して、いざ捕まれば『自分はやらされてただけなんです!』。


 まぁそんな奇跡的なクズは滅多にいないとは思うが、いる可能性はある。

 そういった奴をしょっぴくためにも、少なからず罰は与えられる運命にあるのだ、俺らは。


 とはいえ、外ではどうやらクーデターなるものが起こっているようなので、そうそう騎士団による突入はないだろう。

 それが良いことなのか、はたまた悪いことなのかは俺には決めかねる。


 あわよくば、クーデターによって現体制が崩れてくれれば、俺達は捕まらないで済むだろう。

 なんだったら、貴族階級を滅した英雄として崇められる可能性だってある。


 そんな一縷の望みにかけて、俺はとりあえず目に入った教室へ火炎放射をする。

 あくまでも、誰もいない教室へ。


 やっている感が大事なんだ、やっている感が。


「よく働いているか?」


 アホの一人に話しかけられた。

 聖徒隊の中でも三番目級ぐらいにアホなやつ。

 やつらは『司教』なんて呼んでいるらしい。


 お前らはいつ宗教を作ったんだと、嘲笑えてくる。

 ちなみに教皇はこの国の王子らしい。なんでも、そいつが今外でクーデターを起こしているんだと。

 本当に、笑えるほどろくでもない。


「えぇ、今も下等階級どもを焼いています」


「よろしい、これからも頑張りなさい」


「はい」


 何が頑張りなさいだ。お前も仕事しろよ。

 そんなことを吐きたくなって、俺は抑える。


「うっぷ……おぇぇ」


 目の前で女生徒が吐いた。いや、女聖徒か?

 はは、つまんね。


「おい、大丈夫か?」


「……逆にさ、大丈夫だと思う?」


 はぁはぁと荒い息を吐きながらこっちを向いた女生徒は、俺の方を睨みながらそう言った。

 まぁ、これで大丈夫だと言える奴は、大丈夫な奴ではないな。

 にしても、気の強い奴だ。


「はは、大丈夫とでも言わねぇと、司教どもに背教者だなんだって言われて焼かれるか嬲られるぞ?」


「……っ」


 女生徒は最低とでも言いたそうな視線を俺に浴びせてきた。


「最てっ」

「俺も自覚してんだ、言わなくていいぜ」


 少なくとも、こんな活動に手を貸している時点で、俺らはクズの仲間だ。

 とはいえ、まぁ聖徒隊に反抗する一般生徒もいるにはいた。


 いた。


 それだけだ。

 今は貴族階級と一緒の姿になってるよ。

 それ以外になんか説明が必要か?


 まぁ、俺らはクズにならざるを得なかったわけだ。


「ほら、フリでもいいから焼けよ。気が楽になるぜ」


「漂う脂で体がベトベトしてる、気は重いままよ」


「吐いただろ? ただの胃もたれだ」


「そんなわけ──」


「そう思っとけ。気が持たなくなるぞ」


 俺がそう言うと、女生徒は黙り込んだ。


 いっそのこと、壊れたほうがいいのかもな。

 そんなことを思いながら、俺はとりあえずしゃがみ込んでいる女生徒の手を引っ張って、立ち上がらせた。


「はははははあああああははは!!!」


 どっかのイカレた野郎が、叫びながら貴族を焼いているらしい。

 心を壊した奴ほど、この状況に適応できるやつはいない。

 ま、ああなるなら適応なんかクソ喰らえだが。


「いつ助けにくるのかしら……」


「そう待ちわびんなよ。どうせいつか終わるんだから」


「その終わりって、不幸じゃない」


 ……夢見がちな奴がなんか言ってら。


「んなら逆に幸運はどうすればやってくるんだ? 助ケテーとでも叫ぶか? 使命なんざ塵にもならねぇって聖徒に魔法ぶっ放すか?」


「……そうよ」


 俺の言葉に、女生徒は気の強い目でそう言ってきやがった。


「けっ、バカか」


 現実味が一切ねえな。

 そんなことしたって無駄だってのに。


 ……。



 どうせ、もう全部無駄か。


「──なぁ、お前、死ぬ気はあるか?」


「ハァ? あるわけないじゃない」


「そうか……」


 ……そりゃそうだ。

 俺だって死にたくねぇ。

 こんな状況に陥って、死にてぇやつはいないだろう。

 誰だって生きたいと逃げて、死にたくないと人を殺す。


 そうだ。


「なぁ」


 俺はまだ死にたくない。


「考えていることはわかるわ」


 死ねるか。


「できると思うか?」


「まぁ──」


 まず無理ね。

 そんな返答がきて、ははっと俺は笑う。


「じゃあどうする?」


「そんなの、やるしかないじゃない」


「まず無理なんじゃないのか?」


「無理と言っても、試すことはできるのよ」


「多分死ぬぞ?」


 俺がそう言うと、女生徒は勇ましく笑みを浮かべて、こう言った。


「上等」



 案外、やってみるもんだな。

 俺達が聖徒隊を裏切ると、この状況に辟易としていた奴らも次々と聖徒隊を裏切りはじめた。

 数として少ないが、みんな決意は固いようで、いざとなれば敵陣に突っ込もうとするやつもいる。


 流石にそのまま突っ込もうとするバカは放っておけないが、それでも優秀な奴らが集まってくれたのだ。


 とはいえ……。


「あぁっ!!」


「フリイーダがやられたぞ!!」


「構わねぇ! 攻撃の手を止めるなよ!!」


 戦力的にはやはりこちらが劣勢だ。


 防戦一方で中々攻勢に出ることもできず、聖徒隊の司教どもがときおり中級詠唱魔法をぶっ放してくるもんだから、それなりに厄介だ。

 だからといって司教を狙っても、なまじ相手の人数が多いせいで誰かしらに防がれてしまう。


 その結果、最初は二十人はいた俺達の仲間が、今では俺含めて四人に減っている。

 まぁ、耐えた方か。


「ここらで見納めかしら」


「諦めるのか?」


 俺は魔法を撃ちながら、女生徒の方をちらりと見た。

 諦めたように、つまらなそうな瞳で魔法を操っていた。

 流石にこの戦力差では、自分の考えが無謀なものだったと気づくことができたのだろう。


 殺されるか、捕まるか、凌辱。

 この女生徒がどんな仕打ちを受けるか、想像にできない。

 したくない、と言った方がいいか?


「もう詰みじゃないの。助けが来る気配はない、仲間は私含めて計四人。奮闘したほうだわ」


 女生徒は少し口角を上げて、片手で俺の肩をとんと叩いた。

 ……まぁ、頑張ったほうだよな。


 気づけば、俺の頭の中にも、負けるだろうという考えがはびこっていた。

 それは俺と女生徒以外の二人も同じようで、そいつらも、俺等と同じように疲れ果てた顔で魔法を操っている。


「これからどうする」


 俺はもう無駄だと、魔法の発動をやめた。

 すると女生徒も俺と同じように魔法の発動をやめて、俺と見つめ合うように遮蔽に身を隠した。


「心中?」


「けッ、好きでもない奴なんかと心中なんかしたくねえぇよ」


 俺がそう言うと、女生徒は慣れていると言わんばかりに微笑んで「そうね」と答えた。

 まだ出会って一時間も経っていないというのに随分と仲良くなったものだ。

 嘘も吐ける程度には親しくなるとは思いもしなかった。


「じゃあどうするの?」


「どうするって、死を待つだけだろ」


 もはや有効な手立てもなくなった今、死に期待するしかなくなった。

 来世に期待、と言えば少しはロマンチックか?

 俺はロマンチストじゃないがね。


 攻撃が止み、足音が近づいてくる。


「ねぇ」


「なんだ?」


「来世は、交際してみたいわ」


「はは、俺等が俺等を覚えてたらな」


 俺はそう言って目を閉じる。

 畜生。最後にされた告白がこんな状況下だとか、不運にもほどがあるな。

 ……まぁ、最期に会ったのがこいつだったということだけが、幸運だったのかもな。




 ──次の瞬間、階段を封鎖していた壁が吹き飛んだ。


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