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異世界転生した男、ほのぼの人生計画に夢を見る  作者: 黒月一
【第十章】革命編
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【第四百二十三話】最強の協力者

 勇者教団ホーラ教会。 

 僕は右手に持った魔法杖をキュッと握りこむ。


 この建物を見るたびに、帝国の王都侵攻のときを思い出す。

 あのときは、死に物狂いでアディの姿を探していた気がする。

 考えてみれば、まだあれから時間はそう経っていないのだ。


 まだ一年と半年経ったかどうか。

 まるで遠い過去の話のように感じていたのに、実際にはそこまでの年月は経っていないということを少し感慨深く思いながら、アディの方を見た。


「……」


 アディは少し怯えた目で目の前の建物を見上げている。

 僕にとっては憎ったらしい建物で、彼女にとってはおどろおどろしく、恐ろしい建物なのだ。


「大丈夫? 僕一人だけで行ってくるよ」


「だめ、私も行く。行くから……」


 アディはそう言うとその場でうずくまって、少し深呼吸をした。

 深呼吸といえども、さきほどから呼吸が荒かったせいか、あまり深く息を吸えていないようだ。


「ねぇ、本当にだい……」

「大ッ──丈夫……」


 叫びにも近い声で言おうとしていたのだろうが、結局は消え入るような声になってしまった。

 アディを中に入れるのは不味いかもしれないな。

 僕一人だけで交渉はかなり難しいだろうが、致し方ない。


 ルラーシアちゃんもハーミルくんもフィモラーちゃんも各所で頑張ってるんだ。僕も頑張らないでどうする。

 ハーミルくんに至っては、前々から計画していた国外逃亡すらも取り止めて、僕の行動に協力してくれているんだ。


 みんなに報いなければ。


「アディ、ここは一回家に……」


「アディメ。あんたなんでここにいんの?」


 どこかで聞き覚えのある声に、アディの動作が硬直した。

 それと同時に、どこか暗く重たい空気が漂ってきた。それがアディから発せられているものだと気づくのに、一秒とかからない。

 この声は間違いない。あいつだろう。


「メックス……ちゃん」


「めんっど」


 メックス・モリラが僕達の方を見て、痰を吐きかけるようにそう言った。

 憎たらしそうな、面倒くさそうな、僕達を邪険に扱っている目だ。


「なんの用? なにもないならささっと私の前から失せて」


 メックスはそう言いながら、右手に魔力を込めているようだった。

 こちらも杖に魔力を集中させて、彼女にこっそりと照準を合わせる。


 一触即発の状況だ。


「今日は……勇者に話があって来た」


 僕がそう言うと、メックスは「はぁ?」と声を出して、睨みを効かせてきた。

 勇者という単語を出した途端、ただでさえ悪い機嫌が更に悪くなった。


「あんたらがユウスケになんの話があるのよ」


「協力を願いに来た」


「協力?」


 メックスが僕のその単語に反応して、右手への魔力の集中が一瞬途切れた。


「国家存亡の話になりうることだ」


 僕がそう言うと、メックスは僕の目をジっと見て「ハっ!」と鼻で笑った。

 まぁ信じてはもらえないか。


「そんなこと言って、どうせユウスケに危害を加えるんでしょ? 私には見え見えなんだよ!」


 メックスが構えた。

 僕はすぐさまアディの前に出て、杖の先端から魔力を放出。

 弾性の強い水の膜を張る。


「メックス。やめろ」


 直後、そんな声が教会の入り口の方から聞こえた。


「……勇者」


 教会の入口を見ると、そこには正装を着た勇者が憎たらしそうに僕の顔を見ていた。

 多分、僕も似たような顔をしているのだろう。


「その面は拝みたくなかった」


「僕もだ」


 僕はそう言って勇者に魔力を込めた杖を構えた。

 魔法は効かないだろうが、脅しにはなる。

 少なくとも教会に照準を合わせているから。


「話せ」


 命令口調で勇者がそう言った。

 アディの方を見ると、彼女はうずくまりながら小刻みに震えていた。

 トラウマが再発している。


「大丈夫だよ」


 僕は気休めになるかもわからない言葉を吐いて、勇者を見る。


「王子殿下が近い内に王に対してクーデターをするらしい。それを阻止するのに協力してくれないか?」


「どこかで頭でも打ったか?」


 まぁ予定内。というより、十中八九こんなふうになるとは思っていた。

 戦って勝てるとは思えないが、だからといって弱腰ではだめだ。

 強気に出なければ勇者がつけあがってしまう。


「本当の話だよ。証拠は無いけど」


「馬鹿なのか?」


 頭がおかしいやつを見るような目で僕のことを見てきた。

 かつて殺し合った相手が、いきなり協力してくれないかなんて言ってきたらそんな反応にもなるだろう。


「そんな話を俺が信じることができるわけがないだろう?」


 やはり無理か。

 ただでさえ僕の話を聞いてくれないであろう勇者に、この話を持ち出すのは無謀だったのかも知れない。


「話は終わりだ。さっさと失せろ」


 勇者はそう吐き捨てると、メックスとともに教会の中に入っていこうとした。

 二人が並んだ後ろ姿は、まるで主人公とそのヒロインのような光景を思わせて、僕は少しやきもきした気持ちになった。


「待っ……て!!」


 そんなことを思っていると、先程まで隣でうずくまっていたアディが苦しそうな顔をしながらも、二人の背中にそう叫んだ。


 二人はびっくりした様子でアディの方を見ると、メックスが


「なによ? なんか言いたいことでもあるっての?」


 とアディを睨みつけた。


「アディメ、何か用があるのか?」


 勇者は僕に話しかける声より幾分か優しい雰囲気を出しながら、アディメに話しかけた。


「リーバくん……リーバくんを信じてほしいの。信じられないことかもしれないけど……それでも!」


「…………」


 アディメは少したどたどしく口を開きながらも、力強く言葉を発した。


「今さら仲間になってなんておこがましいけど……私達があなたたちにしたことを考えると、図々しいけど! それでも信じてほしいの!!」


 アディは胸元に手をあてて、苦しそうに叫んだ。

 メックスはしかめっ面をしながら、勇者は少し考え込んだような顔でアディの言葉を聞いており、先に口を開いたのはメックスの方だった。


「はぁ!? あんた、ユウスケの耳を切り落としたことを忘れたの!? なんであんたらのためにユウスケが協力しなきゃいけないのよ!!」


 僕は思わず、誰のせいでそうしたんだと言いたくなったが、喉元まで迫っていたその言葉を必死に抑え込んだ。

 お願いをしているのだ。下手に敵対するような言葉を吐いてなんになると言うのだ。


「覚えてるよッッ!! でも、メックスちゃんだって、ユウスケさんだって私に酷いことをしたでしょ!? だからこれでおしまいにしたいの!!」


 アディがそう叫ぶと、メックスが両手を突き出して、魔力を放出しようとしていた。

 僕はすぐさま目の前に壁を作り出して、メックスの魔法を防ごうとする。


「いいよ、リーバくん」


「えっ、でも……」


 アディは僕の杖を抑えて、魔法の発動をやめさせた。

 メックスは未だに魔力を両手に集中させており、すぐさまにでも僕達に魔法を浴びせることができそうだ。


「これ以上なにかしたらぶっ飛ばすわよ……!」


 メックスがそう言っているのにも関わらず、アディは一歩、また一歩と勇者たちに向かって歩みだしていた。


「アディ!? 危ないよ!?」


 僕は思わずそう叫んだが、アディはこちらの方に大丈夫と言ったような視線を送ったきり、また歩みを始めた。

 いくらなんでも危険すぎる。

 そう思った僕はアディの背後を追いかけた。


「……っ!! この!!」

「メックス、やめろ」


 メックスが僕達に向かって魔法を放とうとした瞬間だった。

 勇者がそう言って、メックスを制止したのだ。


「でもっ、だってアディが私達に!!」


「危害を加えるつもりはなさそうだ」


「だけど……」


「それに、お前が決闘に負けたことで、俺達はアディたちに手を出せないんだぞ」


 勇者がそう言うと、メックスは「そうだけど……」と半ば不服そうに両手を降ろし、視線を下げた。

 そういえば、僕がメックスとの決闘に勝ったことで、勇者たちは僕達に手出しができないのだった。

 決闘による制約がどれだけの効力を持っているかは不明だが、安易に破っていいものではないのだろう。


 今すぐにやられるわけではなさそうだ。



「……条件がある」


 勇者が少し不機嫌そうな顔で、僕の方を見てきた。

 どうやら協力をしてくれるらしい。


「……どんな?」


「確かに協力はするが、アディ以外のお前たちの護衛は絶対に引き受けないし、俺が協力するのは勇者交代式の日まで……クリスマスの日までだ」


 日数にすると、ほんのあとわずかになる。

 しかし、金を取られるわけでもなく、アディを返せと言っているわけでもない。

 その程度の条件であれば、呑んでもいいだろう。


「わかった」


「リーバくん……」


 僕が勇者の要求に了承すると、アディが小声で耳打ちしてきた。


「クリスマスって……?」


 そういえば、この世界にクリスマスという概念は存在しなかったのだった。

 いや、無いことはないのだろうが、それは僕のような転生者や勇者のような地球からきた人の間でしか普及はしていなさそうだ。


「なんでもないよ。気にしないで」


 僕がそう言うと、アディは疑問げな顔をしながらも「うん……?」と返事をしてくれた。


「それと……」


 勇者が付け加えるようにそう言って、僕の目を見つめてきた。

 その目つきは睨むものではなく、真面目な話をするときのような目だ。


「お前の話を聞いてみたい。それが条件だ」


 お前の話。

 おそらく、リーバルトとしての話ではなく、現代日本で生きていた僕の話だろう。

 ……特にこれと言って隠したい内容でもない。これも受け入れよう。


「わかった」


 僕がそう答えると、勇者は「よし、交渉成立だ」と言って、僕の眼の前まで歩いて、右手を突き出してきた。

 魔力は籠もっていない。

 握手をしようということだろう。


 僕のことをあんなに嫌がっていたのに、握手とは。

 僕はそう思いながら、彼の右手を握った。

 手を握った瞬間、勇者の顔が少し引きつったように見えたが、気にせずに僕は彼の手を握り込んだ。


「それで、俺は何をすればいい?」


 握手を終えると、勇者がそう言ってきた。


「ちょっ! 本当に協力するの!?」


 メックスがびっくりした様子で勇者にそう言ったが、勇者は「仕方がないことだ」と言った。

 アディの様子はというと、メックスの方を気にしているようだが、話が良い方に転んで少し安心しているようだ。


「とりあえず、王子周辺を探って、可能なら王子の仲間も調べてほしい。リストはあとで送る」


 僕がそう言うと、勇者は「わかった」と返事をして、教会の方を向いた。


「これが最初で最後だ。以降は絶対に仲間にもならないし、協力もしないぞ」


 そう言って、メックスとともに勇者は教会の中へと入っていった。

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