【第四十話】勇者様
勇者がこの街に来てから数時間が経った。
勇者は王宮のある方向へ歩いていったので、ホーラ国王に用があるのだろう。
どうも勇者さんは忙しいらしい。
「勇者、すごかったね」
寮へ向かう帰り道、ハーミルくんが僕に向かってそう話しかけてきた。
どこがすごいのかはよく分からなかったが、適当に話を合わせるために僕は「うん」と頷いた。
「隣にいた女の人たちは、勇者の仲間なのかな?」
「多分そうだろうね」
僕はあの二人の様子を思い出してそう言った。
灰色の髪の女の人は、自分が見られていて誇らしそうにしていたのが印象に残っている。片手に大きな杖を持っていたので、おそらくは魔術師だろう。
それとは逆に、緑色の髪の女の人は、全体的に重く暗い雰囲気をまとっていた、目の下にはくまができており、疲れ果てていたような気がする。腰には90cmあまりの長さの西洋剣を携えていたため、おそらくは剣士か戦士だろう。
「いいなぁ、僕も将来は勇者になってみたいよ」
ハーミルくんが頭の後ろで腕を組んでそう言った。
勇者にはどうやったらなれるのだろうか? ハーミルくんなら知っているかな?
「勇者ってどうやってなるの?」
僕はハーミルくんにそう聞いた。
「確か……勇者教団っていう宗教に入らないといけなかった気がするな。勇者教団には入るのにも条件があって、ある程度腕の立つ人間じゃないと入れないらしいよ」
ハーミルくんは雲ひとつ無い青空を見つめながら、僕にそう説明した。
宗教か……あまり良い印象は持ってないんだよなぁ。
仏教とかキルスト教とかの有名所以外の宗教はカルト宗教っていうイメージが付いてるのが原因だろうな。
「そういえば、あの勇者ってどこの地域の人だろう? 顔つきが僕たちとは違って見えたけど……」
ハーミルくんは立ち止まって勇者の顔を作る。鼻を押さえて、顔全体が平たくなるようにした。アジア系の人の顔を作ろうとしているのだろう。
勇者はどこの生まれかは、僕としてもとても気になる。
あの勇者は顔つきが僕たちとは全く違った。
アジア人の中でも日本人っぽい顔つきだった。
この世界にアジア系の顔の人間はいただろうか?
探せばいるにいるだろうが、見つけ出すのにかなりの時間がかかりそうだ。
「さぁ……? ただここらへんの人ではないのは確実だろうね」
僕はそう曖昧な返答をした。
「だよねえ……」
その言葉が、帰りの時間にハーミルくんが発した最後の言葉だった。
話す内容も無くなったのか、ハーミルくんは黙ってしまい、僕も黙り込んだ。
気まずい……。
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「おかえり、どうだった?」
寮に着くと、共用スペースでソファに座りながら活字だらけの本を読む、そんないつものロントくんがいた。
今日はルラーシアちゃんと図書室でイチャイチャしてたんだろうなぁ……。
「まぁまぁ。そっちは?」
僕は無愛想にロントくんに向かってそう言った。
「なんか冷たいね……。いつも通りだよ、いつも通りルラーシアちゃんと一緒に勉強してた」
そう憤りを感じさせるドヤ顔でロントくんはそう言った。
いつも通りって……今日が初めてだったわけじゃなかったのか。このままだとワイの嫉妬パラメータが限界突破しちまいそうだ。
「今日のリーバルトなんか変だね?」
「いつも通りじゃない?」
これがいつも通りって……さすがの僕でも傷つくぞハーミルくん。
まあ自覚してるならやめろって話になるんだが。
「勇者ってどんな感じだった?」
ロントくんが会話を終わらせまいと、寝室に向かおうとする僕にそう話しかける。
「うーん……。あっ、そういえば」
僕がそう言うと、ロントくんは僕の反応に興味を持ったのか、「おお! なになに!」と机の上に活字だらけの本を置いて、僕に近づいてきた。
「なんかすごい睨まれたんだよね、勇者に」
僕がそう言うと、ロントくんは想定していた回答と違ったのか、は? と漏らして頭にはハテナマークを浮かべていた。
「睨まれた?」
「そう、なんか化け物をみるような目で見られたんだ」
僕がそう言うと、ロントくんは「なんで?」とかなり困惑した様子でそう呟いた。
困惑をしているのはこっちも一緒だが。
「え! そうだったの? 全然気づかなかった……」
ハーミルくんはハーミルくんで、ちゃんと周りのことを見たほうが良いと思う。
わりと誰でも気がつくぐらい、勇者は僕を強く睨んでたし。
「何かしたの?」
ロントくんが僕のことを疑わしい目で見る。
推理漫画でまだ犯人と確定していない人を睨む一般人のようなその目はやめてほしいものだ。
「なにもしてないよ!? 今回ばかりは本当に!」
いや、今回どころか今までも何もしていないのだが。
しかし、僕は本当に何もしていないのに、勇者はなんで僕のことを睨んできたのだろうか?
僕は寝床に入るその時まで、そのことをずっと考えていた。




