【第四百一話】家族談話
「それで、今日は魔法の鍛錬をして過ごしたのか」
父さんが夕食の場でパンを片手に持って、僕にそう言ってきた。
楽しそうに笑っている父さんを見るのは六年ぶりで、一本の髪の毛も無い頭を見ていると、やっぱり昔のことを思い出してしまう。
「リーバ、なぜ俺の頭を見てそんな顔をするんだ」
やっべ見てたのバレた。
「そりゃあ、ねぇフーリアちゃん?」
母さんが笑みを浮かべながらフーリアさんの方を向いてそう言ったが、フーリアさんは聞こえていないふりをしながら手元のスープを飲んでいる。
僕も将来は父さんみたいな頭になるのか……?
母さんから貰ったこの灰色の毛が……なくなるかもしれない。
育毛剤ってこの世界にあったかな……。
「お前が何を思っているのかは知らんが、失礼なことを考えているのだけはわかるぞ!?」
父さんがそう言って、僕達は笑った。
「それにしても、いきなり帰って来るものだからびっくりしたわ」
「本当だぞ。連絡してくれればもうちょっと歓迎の準備を整えられたんだが……」
母さんと父さんがそう言って、テーブルの上を見た。
確かに机の上には普通の食事が載っていて、特別な感じはしない。
しかし、僕達としてもそこまで特別扱いされる気はなかったし、実の両親に変に歓迎されるというのも逆によそよそしく感じることになっただろう。
今の状態が一番だ。
「そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。それに……明日には王都に帰りますから」
フーリアさんがそう言って、母さんが驚きの声をあげた。
「えぇ!? もうちょっと泊まっていかないの!?」
「王都への馬車の出発が明日ですので……その次の馬車に乗ると、私の仕事に支障が出てしまうんです」
フーリアさんがそう言うと、父さんが母さんに「仕方ないだろう? フーリアちゃんにも事情があるんだから」とたしなめるように言った。
明日の馬車を逃すと、次の王都行きの馬車は、早くても二週間後にしか来ない。
ここから王都に向かうには大体一週間から二週間かかるので、その間にフーリアさんの一ヶ月の休暇期間を過ぎてしまう。
正直、明日の馬車でさえ、フーリアさんにとっては結構ギリギリなのだ。
「でも……」
「でも、じゃない。とりあえず、帰ってきてくれただけでも喜ぼうじゃないか」
「……それもそうね」
母さんはそう言うと、フーリアさんに「ごめんなさい。私の考えが浅かったわ」と謝った。
「いえいえ! 私ももうちょっと長く休暇が取れたら良かったのですが……どうしても上官が許してくれなくて……」
「まぁ、なんだ! 今日は送別会もかねて、明るく過ごそうじゃないか!」
父さんがそう言って、自身のコップに酒を注いで、大きく呷いだ。
僕達を楽しませようとしているのだろう。
既にテーブルの上の食事は少なくなっていて、あと数口誰かが食べれば、食事は終わりを告げるだろう。
しかし、せっかく帰省最終日なのだから、今日は少し遅くまで食卓にいることにするか。
「それで、この三年間、どこで何をしてたんだ? 言いたくないなら言わなくてもいいが……」
父さんが早速ぶっこんできた。
もうちょっとこう……間にちょっとした世間話を挟んでからくるものだと思っていたから、ちょっと意表を突かれた。
「えっと……帝国で、冒険者をやったり、旅をして……ました」
だいぶ端折ったが、端折らざるを得ない。
魔王の仲間になったとか、皇帝の命令でアディを助けてたなんて両親に言えるわけがない。
というか、冒険者をしていたという話でさえ、言うべきか迷ったほどだ。
「その中で彼女を作ったり、魔王を倒したりしましたね」
「先生!?」
フーリアさんに裏切られた。
いや、特にそういうことを言わないでとフーリアさんに口止めをしたわけではないので、正確には裏切りではないのだろうけれど。
それにしたって、教え子の過去は勝手に他人に教えるものじゃないような気がする。
「彼女!?」
「魔王!?」
母さんと父さんは同時にそう叫んで、目を大きく見開いた。
母さんが彼女という言葉に反応するのも、父さんが魔王という言葉に反応するのも、なんとなく予想はできていた。
「リーバ、彼女ができたの!?」
「リーバ、魔王を倒したのか!?」
本当仲良しだなこの二人。
僕の名前を発するタイミングがほぼ同じだったぞ。
「えっと……はい」
僕がそう答えると、二人は手に持っていたスプーンをほぼ同時に皿の上に落とし、前かがみになった。
「彼女ちゃんも連れて来たら良かったのに!」
「魔王って誰だ!? 何の魔王だ!?」
二人同時にそう言ってくるものだから、どっちに反応していいかわからない。
ていうか、さっきからずっと同じタイミングで話をしてくるな。
相性ピッタリすぎないか?
「彼女は今度連れてくるから……魔王は……憎悪の魔王だよ。正直、倒せたのはまぐれみたいなものだったけど……」
僕がそう言うと二人は「おぉ」と反応をしてお互いに見つめ合った。
すると二人は微笑んで、僕の方をまた見てきた。
「リーバ、お前は俺らの誇りだ!」
父さんがそう叫んで、すぐさま僕の方に抱きついていてきた。
「ねぇ!? 彼女ちゃんって可愛い!? 優しい!?」
母さんはそう言って、僕の腕を掴んで離さない。
その様子を見たフーリアさんは、今日一番の笑いをしながら「よかったですね。リーバくん」と言ってきた。
別に良くなんか……。
僕はそう思って、直後に自分の気持ちがその思考と真反対であることに気がついた。
つまり……やっぱり良いかも。
僕はそう思って、久しぶりに家族と談話をした。
僕達が話を一通り終えた頃には、もうすっかり、夜も中頃になっていた。




