【第二百二話】一旦解決
結局、僕はあの後眠ることは出来なかった。
月は沈み、星は太陽の光によって消えていった。
次第に鳥のさえずりが聞こえ始め、早起きの近衛騎士団の人が地面に寝転がっている僕に気がついて声を掛けてきた。
僕は彼に「ただの日光浴です」と適当な言い訳をしてその場を切り抜ける。
またこの人のように声を掛けてくる人が出てくると面倒だと思い、僕は立ち上がって背中についた土を落とす。
アディメさんと会うのが気まずいな。僕はそう思って、森の奥へと向かう。
彼女の前からいなくなるわけではない。ちょっとした気分転換だ。僕はそう自分自身に言い訳をして歩き始めた。
「どうすればいいんだよ……」
僕は森の奥を進むことで見つけた川の前で、そう呟く。
どうしようもない。
そのまま流れに身を任せてしまえたらどんなに楽か。そう考えてしまう。
いっそアディメさんの物になっても悪くはないのかもしれない。
別に殺されるわけでも、拷問されるわけでもない。
場合によっては幸福なことだってある。悪くはない。条件だけ見れば、悪くはない。
だが不健全だ。
僕が彼女の物になって、それでいいのだろうか。
それは、ただ傷の舐め合いをするだけの共依存的な関係を構築するだけになる。
彼女が僕に依存していたから、僕は彼女から離れたというのに、結局依存し合う関係になってしまえば、意味がないじゃないか。
やはり僕は彼女の物にはなれない。なってはいけないのだ。
「でも……」
どうやってそれを彼女に伝えるかが問題だ。
今のアディメさんに僕の胸の内を明かせば、彼女はどんな反応を返すだろうか。
彼女に、僕は君のことを恐ろしくとも、危ういとも感じているなんて伝えたら、彼女はどんな反応を返すだろうか。
少なくとも、良い反応ではないだろう。
また、僕のことを閉じ込めかねない。
力関係で言えば、僕が彼女を本気で殺そうと不意打ちを仕掛けでもしなければ、彼女のほうが僕よりも何倍も強いだろう。
戦えば、確実に僕が負ける。
一体どうすれば……。
いっそのこと、このまま成り行きに任せるというのも
「──何してるんですか? リーバくん」
僕の背筋に、何か冷たいものが流れた。
血の気が引いたのだろう。
先程まで聞こえていた川のせせらぎが一瞬にして途絶え、聴覚の大部分がその声へと意識するようになった。
「また、私から離れるんですか」
問いかけとも、諦めともとれるその声のトーンに、僕は焦りを感じた。
「ちょ、ちょっとした気分転換だよ。アディメさ、アディはなんでここに?」
いきなりのことで動揺しまくっている僕がそう問いかけると、彼女は淡々とした様子で言った。
「リーバくんがいなかったので」
僕を探しに来たわけだ。僕は勇気を振り絞って彼女のいる方向を振り返る。
アディメさんは少し離れた場所に、真顔で立っていた。
しかし、その髪の毛の乱れ方から、僕の事を必死に探していたことが分かる。
「アディ」
「なんです?」
アディは僕が名前を呼ぶと、少し嬉しそうに微笑んだ。
ここだけ切り取ってみれば、彼女を可憐で無邪気そうな少女と見ることもできただろう。
しかし、昨日の夜の出来事を思い出すと、僕にはその少女の姿は、触れたら即刻アウトの爆弾を抱えているように見えるのだ。
「アディは、僕のことが好きなの?」
「好きです。もちろん」
何を今更、というな顔をアディはするけれど、僕にはそれが嘘のように思えてしまう。
多分、彼女は本心でそう言っているのだろうけれど、僕にはどうもそれが取り繕われた言葉のように思えてならない。
機械的に、ただ僕が好きと言うだけ。そう感じる。
「どういうところが?」
「……私を見てくれて、私の好きにしていいって言ってくれるところです」
「そんなの僕以外の人もみなそう言うよ」
それだけの理由で僕を好きになるのであれば、彼女が好きなのは僕じゃなくてもいいはずだ。
僕なんかを好くより、もっと他の人を好きになるべきではないだろうか。
「みんな取り繕いの言葉としてそう言います」
「僕だってそうだよ」
「リーバくんの言葉は取り繕われたものでも、私にとってはかけがえのない言葉なんです」
僕の言葉はそんな人のためになるような、心に響くようなものではないはずだ。
彼女は僕を何かの宗教の教祖だとでも思っているのだろうか。僕はただの子供の姿をしたおっさんだというのに。
いや、考えの幼稚さから言えば、もはやおっさんなんて精神年齢ではないな。
「僕はアディの思っているような崇高な存在じゃないよ」
「私はあなたの思っているような純粋な子じゃないですよ」
アディはそう言って僕の目の前へと近づいてきた。
彼女の顔は優しげに微笑んでいて、その表情からは全く淀みというものを感じない。
「また……キスするの?」
「もうしばらくはしませんよ。好きな人とのキスはここぞというべきところでしかしませんから」
アディはそう言って、僕の胸に寄りかかってきた。
彼女はそれ以上何かをするわけでもなく、ただ僕の胸に寄りかかっているだけで、無言でいる。
「リーバくん」
彼女が僕の胸に体重を乗せてからおよそ2分程度経ったとき、アディが口を開いた。
それまでの長い沈黙は僕に気まずさを与え、不安を増大させた。
「……なに?」
「どうすれば、私を好きになってくれますか……?」
アディが突然そのように言ったので、僕は呆気に取られた。
彼女は何を言っているのだろうか。
「僕はアディのことが好きだよ」
「どうせ、妹みたいに思ってるんでしょう? 私はそんな兄妹愛みたいなものじゃなくて、もっと恋人的な愛を求めてるんですよ?」
……恋人的な愛。
僕は、アディのことを確かに妹のように感じている節があったのかもしれない。
彼女から恋をされているという自覚はあれども、僕から恋をするような感覚はなかった。
魔法学校での彼女との生活も、いうなればストーカーに付きまとわれている妹を匿うような感覚に近かったのだ。
尤も、前世の僕にそんなストーカーに追われている妹なんていなかったが。
「……」
僕はアディの言葉を否定することが出来ず、その場で黙り込んでしまった。彼女は僕のその反応を見て、ハァと溜息をついた。
「私、魅力ないのかな」
小さな声で、僕に聞こえないようにぼそっと呟いたつもりなのだろうが、目の前にいる僕がその言葉を聞き逃すことはなかった。
「そんなことないよ」
僕はフォローするようにそう言うが、今の僕にそんなことを言える説得力なんてものは、彼女にとって無いに等しいだろう。
アディはふっと笑って、僕から一歩離れた。
「嘘つき」
アディはそう言って笑って、僕の胸に手の平を置いた。
心臓の鼓動が胸を伝って、彼女の腕へとその動きを伝える。
「こんな私、好きになってくれないよね。いつもリーバくんのせいにして、私は身勝手でいて。それでリーバくんが私に振り向いてくれないと、酷く傷つく。めんどくさいよね、こんな私と付き合いたくなんて無いよね」
ごめんなさい。
そう言って、彼女は僕に背を向けて歩き出した。
その背中は酷く小さくて、寂しいもので、どこか悲劇的な様子だ。
──僕は、これでいいのか?
ただ彼女が考えるがままに行動させて、結果彼女が不幸になってもいいのか?
成り行きだけに任せて、時間が解決してくれるとでも考えて、本当にそれで良いのか?
彼女への恐怖だけで、僕はなにもせずにいていいのか?
行動しなければいけないだろう?
このままじゃ、バットエンドになってしまう。それだけは絶対に避けたい。
「アディ!!」
僕は彼女の名前を叫んだ。
アディは僕のその叫びを聞いて、一瞬立ち止まり、すぐに歩き出す。
名前を呼ぶだけじゃ、彼女を引き止めることができないと悟った僕は、彼女の背中を追いかけ、その肩に触れた。
「……離してよ、リーバくん」
「いやだ」
思えば、僕はアディに対する思いを、彼女に直接伝えたことは無かった気がする。
今まで、彼女を刺激しないように、彼女を暴走させないように、自分にセーブを掛けていたのだ。
本心から話そうとしてこなかった人間が、なぜ彼女と仲良くなれると思ったのか。勘違いも甚だしい。
「ねえ……離してよ……お願いだから」
「嫌だよ」
アディの声が徐々に篭もってきた。
泣かないように必死に我慢をしているのだろう。彼女は僕の方を振り返らずに、両手で顔を覆ってそのまま俯いている。
「ねぇ……お願い……」
「今まで、ごめんね」
僕は彼女の言葉を無視して、言葉を並べ始める。
妄言でもあるし、詭弁でもある。だけど、彼女に対しての思いに関しては、嘘偽りのない言葉を発するつもりだ。
「確かにアディのことを僕は今まで妹のように感じていたのかもしれない。妹のように感じて、子守の要領でアディを保護してたのもそうだ、でも、それがアディを逆に傷つけてたってのは知らなかったんだ」
「ねぇ……」
「それに……僕はアディのことを見捨てないって言ったのに、あの日、勝手に寮を飛び出して、旅にでてしまった。本当にごめん」
「あれは私が悪かっ……」
「アディは何も悪くなかったよ。全部、僕が勝手な行動をしてしまったがために起こった、全てが僕のせいのものだよ。
寄り添うって僕から言ったのに、結局は僕は寄り添わずに勝手に行動して、アディに不幸が起こった」
こんなに薄っぺらい言葉で、アディに本当の気持ちが伝わるのか?
いいや、こんな取り繕いに取り繕った言葉が彼女の心を救うことのできるものにはなり得ない。
「ねえお願いだから……」
アディの声が徐々に小さくなっていく。
彼女を泣かすなんて、僕は最低な男だ。
「私を嫌いって言ってよ……」
僕は背後からアディを抱きしめる。
自然と、僕の瞼からも水滴が溢れてきていて、彼女の肩に雫が落ちていった。
最初からこうすればよかったんだ。
あの、アディが僕を閉じ込めた日……あの時にこうしておけば、今のようにはなっていなかったはずなんだ。
「今度からは、僕も一緒に寄り添っていくから……好きだよ」
「…………このままじゃ、私、勘違いしちゃうよ……?」
アディは少し涙が落ち着いた様子で僕にそう言った。
「いいよ」
僕がそう言うと、彼女は僕の抱きしめている右手を握って、頬に擦りつけた。
共依存にならないように、健全な関係を築いていきたいものだ。




