【第二話】異世界での誕生
次に俺が目を覚ましたのは、あの白く広い世界ではなく、もちろん俺の部屋でもなかった。
少し薄暗い木造の部屋。
明かりはLEDなんかを使っているのではなく、ろうそくに火をつけて、それを明かりにしている。
白熱電球ですら存在していない、一昔も二昔も前に使っていそうな照明だ。
冗談だろ? 流石にこれは冗談と言ってもらいたい。
こう、実はトラックに轢かれたように見せかけて、実際はドッキリでしたー! とか、そういう冗談なのだろう?
しかし俺のそんな淡い希望は、自身の腕を見ることで容易に砕かれた。
野球ボールより一回り小さい握り拳、そしてその握り拳同じぐらいの太さの短い腕。
俺は、俺の今の体の全体像を知るため、体を起こそうとする。
あれ? 身体が起こせない?
俺は首をあげようとするが、どうしても、どんなに力を入れても首が起き上がらない。
俺はその瞬間、いきなり水中で溺れたかのような感覚に襲われた。肺に水が溜まっている感覚だ。
必死にえづいて、肺の中に溜まっている水のような物を吐き出す。
その瞬間、俺の身体が突然浮き上がり、視界の右端から布のような物が俺を包み込んでくる。
「あ、うぅ、ぁー」
”何だこれは”、俺はそう言おうとしたが、言葉を発しようとしても、声が掠れ、言葉を発する事ができない。まるで赤ん坊のような声だ。
「良かったね。少し静かだけど、元気な男の子だよ」
誰だ……?
俺は声のした方へ首を動かす。少々体力を使うが、左右に首を回すことはできなくもない。
俺が向いた先には二人の人間がいた。
一人は老婆だ。ヨボヨボで白髪も生えている。それなりに長生きしたと思えるような風貌を身にまとっている。
もう一人はガタイのいい男だ。何かのスポーツをやっているのだろうか。細身の割にはしっかりとした筋肉がついている。なぜ半裸?
その男が両腕を組んで、涙を流している。
頭髪の無い頭が寒いのか?
俺は次に左を見る。
壁だ。
いや普通の壁ではない。土や木でできたような壁と違って柔らかい。肉壁と言うべきなのだろうか。それが俺のほっぺたに触れてくる。
「やったな! エリカ!」
先程の上半身裸の男が嬉しそうにそう言った。
どうやらこの肉壁の持ち主はエリカという名前らしい。
肉壁と言うのは失礼だろうが、本当に壁のような感触だ。
俺の頬に当たっている皮膚のすぐ下に骨があるような感覚。
栄養状態がよろしくないのではないか?
「ええ、本当に……」
エリカという女性が安堵と喜びが混じった声でそう言う。
この状況から察するに、いや察したくはないが、俺はどうやら赤子になったらしい。
しかも結構、生活レベルが低い世界に。
「名前は何にするの?」
エリカという女性がガタイのいい男にそう聞いた。
どうやら俺に名前をつけるそうだ。
俺の前世の名前はパッとしなかったからな、カッコイイ名前を付けてほしいものだ。
「『リーバルト』なんてどうだ? 魔術師として大成した人からもじってる」
なんか厨二病チックな名前だな……生まれたこの国の普通の名前がわからんから何も言えないが……。
というか魔術師? 魔術師がいるのか?
「いいわね! よろしく、リーバルト」
エリカはこちらに顔を覗き込ませてきた。
灰色がかった長い髪に、おとなしい印象を感じる笑顔が張り付いている。
額には汗が流れており、俺を産むのに苦労をしたのだろう。
それにしても、凄い美人だな……。
肉付きが心配になるほどのスリムさも合わせて、凄くモテそうな印象だ。
「エリカ、そろそろ俺にも抱かせてくれないか? うずうずしてたまらねえ」
「駄目よ、まだ私が抱っこして5分も経っていないもの」
多分この男が俺の父親だな。
とすると、俺が大人になったら、あんなツルピカ頭になるのか。
なんか、嫌だ。
「ダイアー、お前も嫁さんにさんざん苦労かけてきたんだ、今日ぐらいは我慢しな」
老婆が男に向かってそう言った。
どうやらこの男はダイアーというらしい。何か強そうな名前だ。
この老婆は助産師なのだろうか? しかし、それにしては少しこの二人と仲が良くみえる。
知り合いなのだろうか?
「そうよ、私も苦労したんだから、ちょっとぐらい私に好きにさせてもいいんじゃない?」
エリカがほっぺたを膨らませてそう言った。
あら可愛い。
「うぅ……でも」
「でもじゃない」
どうやらこのダイアーという男は、妻に弱いタイプの父親らしい。
俺の父さんも似たような感じだったし、少し可愛そうに思えてきたな。
いや、ダイアーも俺の父さんになるのか。
「ダイアー、生まれてきてくれて、ありがとね」
そんなに感謝されると、照れちゃうじゃないか…………へへッ。
と、照れるのもここらへんで、この世界は一体どんな世界なのかを調べなければ。
情報収集は大事だからな。
取引先の事を調べるために、取引先の会社の製品だけで生活しろ、とよく上司から言われていたものだ。
ペット用フードを扱っている取引先の製品で生活とか馬鹿だろ。
未だにそう思う。
さて、幼女の天使が言っていてあことから察するに、ここは中世ヨーロッパ風の異世界という事になる。
そうだとすると、一番怖いのが感染症だ。
中世ヨーロッパなんかではペストやら天然痘が流行していて大量の死者が出た、と歴史か何かで習った記憶がある。
それ以外にも現代の地球では治療法が確立されているような病気でも、この世界でそういった病気にかかると、割と致命傷になりそうだ。
それどころか、異世界特有の病気なんてものもありそうだから、疾病による不安の種はずっと大きい。
「お? なんか難しそうな顔してるな! こいつは賢くなるかもしれんぞー!」
ダイアーの言葉が思考を邪魔してくるなぁ。ちょっとぐらいは静かにして欲しい。
まぁとにかく、俺が一番これから気をつけなければいけないことは、感染症といった病気に感染しないように気をつけることか。
あとはこの世界の常識を知ることだったりも大事だな。
なんだろう、そう考えれば考えるほど、かなり不安になってきた……。
「よっ、天才児」
「うあうぁあ!」