【第十八話】入寮
全体的に薄暗い部屋。
湿り気のある空気。
異世界の言語、人間語で『先公〇ね!』だの『最悪!』などの罵詈雑言が彫られている机。
カーテンはぼろぼろで変な黄色いシミがついている。
「あの、先生……?」
「ここが君たちの寮だよ僕は用事があるからこれでっ!」
ハーミルくんが何かを言おうとする前に、リハード先生は適当な言い訳を付けて逃げた。
あの野郎ッ…… !!
なぜこうなったのかを説明するため、時は少し前に遡る。
「──じゃあこれから君たちの寮へ案内しよう」
リハード先生は例の質問が終わった後、僕たちにそう言った。
『寮』、それは学友の親睦を深める第二の実家のような場所。
……とは言うものの、僕は前世で学生寮に入ったことなどは一回もない。
家から近い高校や大学に通っていたからな、学生寮に入る方が逆にお金の無駄だ。
そんなわけで、一回も学生寮に入ったことのない僕は、内心すごくわくわくしている。
「男子寮と女子寮は別だからね、ルラーシアちゃんとフィモラーちゃんはマルド先生についていきなさい」
「──どうも」
「キャッ!?」
リハード先生がそう言った瞬間、ルラーシアちゃんの真後ろに40代ぐらいの女の先生が立っていた。
その登場の仕方は、どこからともなく現れたような感じで、ホラー映画でよくあるような出現の仕方だ。
というかルラーシアちゃん腰抜かしてない?
「じゃあ三人は僕についてきなさい」
リハード先生はそう言って僕たちに手招きをして、こちらに来るように促し、先生は教室の外へ出ていった。
リハード先生について行って、魔法学校の敷地をしばらく歩いていると、目の前にそれなりに大きい洋風な家が現れた。
その家の横にはアパートのような建物が連なっており、喧騒としている。
「君たちは魔法の才能を伸ばすために、他の生徒とは別の寮を用意してある。ここが君たち専用の寮だよ」
先生は誇らしげにそう語る。
僕たち専用の寮……特別……いいな!
どうやらロントくんやハーミルくんも僕と同じ事を考えているようで、その表情は恍惚としている。
「先生、中入りましょ!」
僕がそう言うと、先生はすこし不安げな顔をしたあと、見るからに動揺した。
「あっ! あぁいや、うん、そうだね、うん、入ろうか」
リハード先生は何かを懸念しているような面持ちでそう言っていたが、僕たち三人は目の前の僕たちだけの寮に釘付けで、先生のおかしな様子に疑問を一切持たなかったのだ。
その時点で先生の違和感に気づいていれば、こんなことにはならなかっただろう。
まぁそれで、僕たちは荒廃している寮の内装に困惑して、その一瞬の隙にリハード先生は逃げ出したわけだ。
……どうしようか、これ。
「どうする?」
ハーミルくんが凄惨な状況の部屋を見ながら、僕たちにそうう言った。
「掃除……かなぁ? 今日……いや明日までの2日間は掃除するだけの時間になりそうだね」
ロント君が苦笑混じりにそう言って、僕たちは黙々とリビング以外の部屋へと散らばっていった。
嬉しくない寮探索だ。
僕たちは色々な部屋を見て回ったが、他の部屋の内装もすごかった、悪い意味で。
まず寝室だが、これが酷い。
寝室はちょうど、僕たちそれぞれが寝ることのできる三部屋あるのだが、それぞれの部屋のベッドが見事に荒らされているのだ。
ベッドの中の綿は外にはみ出ており、シーツにはまたしても謎の黄色いシミ、布団はビリビリに破かれていて辺りには羽毛が転がっている。
三部屋全ての寝室で全く同じ状況である。
この部屋で唯一無事なのは、光属性の魔法を利用した照明ぐらいか……。
次にトイレ。
うん。
説明はやめておこうか。
しばらくは屋外のトイレを使おう……。
次は共用スペース。
集団寮生活には無くてはならないものだ。
しかし、ここもまあ想像通りの酷さだ。
高級だったであろうソファーは穴が空きまくり、机にはまたも罵詈雑言の嵐。
壁に掛けてある絵画には落書きがなされている。
ここも照明と暖炉以外はぼろぼろの部屋だ。
この寮を掃除するのには2日では物足りなさそうだ……。
「──ここに! 僕たちの寮の掃除を行うことを宣言する!」
ロント君がなにかの布切れで口をおおい、片手にはホコリを落とす棒をもってそう叫んだ。
「「おー!」」
僕とハーミルくんはそれに呼応するように返事をする。
「とりあえず、それぞれの寝室から先に片付けちゃおうか」
ロントくんは穏やかな声でそう言って、寝室の扉の方をみた。
扉からは禍々しいオーラが溢れ出ており、なにがなんでも人を寄せ付けようとしていないように見える。
それでも僕たちは前に進み続ける。
強大な敵には立ち向かわなければならないのだから。




