【第十七話】人生の指針
「さて、入学早々で申し訳ないが、ちょっとだけ授業をしようかな」
リハード先生が僕たちにそう告げると、僕以外のみんなが「えー!」と物憂げに言ったので、僕もそれに同調するように「えー」と言う。
「大丈夫大丈夫、授業という授業ではないよ。ちょっとした質問に答えてくれるだけでいい」
先生がそう言うと、ルラーシアちゃんが首をかしげ、「質問?」と呟いた。
ルラーシアちゃんの綺麗な白銀色の髪が揺れる。
「そう。質問ってのはそこまで難しいものではないし、そこまで簡単なものでもないよ」
先生の言い方的に中ぐらいの難易度ということだろうか?
なんというか、めんどくさい言い回しをするんだな。
「では質問、『君たちは将来どんな人生を歩みたい?』
将来なりたい職業でもいいし、どんな風な暮らしをしたいかでもいい、ただ漠然と『生きたい』でもいいよ」
先生はそう言うと、土属性の基礎魔法を発動して砂時計のような物を出現させて、僕たちに少しだけ考える時間を与えた。
将来どんな人生を歩みたいか。
よくよく考えてみれば、僕は今までそう言った類のことを一切考えていなかった。
そもそも前世でもこういうことは考えていなかったような気がする。
だからあんな企業に就くことになったのか。
「リーバルト君」
僕の名前をハーミルくんは呼んだ。
「なに?」
「僕、こういうのって考えたことがなくて……どうすればいいかな?」
困り果てた顔をしながらハーミルくんはそう僕に囁いてきた。
どうやら僕と同じ悩みを持つものは結構いるようだ。
ハーミルくんと僕だけじゃない、周りを見てみるとロントくんやフィモラーちゃんも頭を抱えて悩んでいる。
僕はまさか……と思いながらルラーシアちゃんの方を見る。
正直、あんな凄そうな子が悩んでいる姿など想像できやしないが、もうしかしたら悩んでいるかもしれない、僕はそう思った。
しかし、ルラーシアちゃんは僕たちとは違うようで、先程から表情を一切崩しておらず、凛とした様子でいる。
「凄いねあの子、まるで大人みたい……」
ハーミルくんがルラーシアちゃんの方をみてそう言う。
一応、元大人もこの場にいるにはいるんだが……僕ってそんな子供っぽいの?
「──はい! 時間が来たよ。質問の答えを聞こうか!」
基礎魔法でできた砂時計の砂が全て底についたとき、リハード先生が教室中に響く声でそう叫んだ。
この先生のテンション高いな……。
「まずロントくんから!」
先生は表情に笑みを浮かべながら、ロントくんの方を指差した。
「えっと、僕は土属性魔法が得意なので、魔法道具職人になりたいですね」
彼は最初こそ迷っていたが、それでも自分の将来の夢を探し出すことができたようだ。ロントくんはそう答えた。
しかし、魔法道具職人かぁ……僕には難しそうで無理だな、多分。
「魔法道具職人! いいね! 日常生活に役立つものや、冒険者に人気な魔法道具を開発すれば一躍人気者だあ!!」
先生はテンションのパラメーターが振り切ったかのような声で、ロントくんの夢を褒め称えた。
「次はフィモラーちゃんだね。君は将来どんな人生を歩みたい?」
「私は、魔法で人々を楽しい気持ちにさせる仕事をしたいです……」
魔法で危ない粉を作って人に売るのかな?
「なるほど、『魔法手品師』とか『劇場演出師』みたいな仕事をしてみたいんだね!」
「はい……!」
やべ、思ったよりも健全そうな仕事だった。
そうだよな、普通こんな場でそんな事言わないよな、うん。
「次はハーミルくんだね。君は将来どんな人生を歩みたい!?」
さて、先程頭どころか首を抱えて悩んでいたハーミルくんはどんな答えを出すのだろうか。
個人的にはすごい気になる。
「僕は……僕は父さん……いやヨルバス家の人間として相応しいような人になりたいです!」
ハーミルくんは威勢よくそう宣言した。彼の中で何かの決意が固まったようだ。
結構カッコイイこと言うじゃないか……少年。
さて、次は僕の番だが何も考えていないぞ。
いざ将来は何をしたいと聞かれても何も思い浮かばないしなぁ……。
「次はリーバルト君だ。君は将来どんな人生を歩みたい?」
先生が僕に対して微笑みながらそう言う。
なんか僕の扱い方が他の子よりも違う気がする……気の所為か。
こういう時は前世のことを思い出して、僕がその時求めていたものを僕の将来の人生の歩みの目標にしよう。
僕が前世で求めていたもの……安堵か? 平穏? はたまたどっちもか。
安堵と平穏を混ぜた言葉って何かあるかな……?
「どうしたんだい?」
僕が中々質問に答えないのを不思議に思った先生が僕にそう声をかけた。
僕はその瞬間、頭の中で一つの言葉が浮かび上がった。
この言葉なら、僕が前世で求めていた安堵や平穏、また、それ以外のものの言葉も混じってる気がする。
他人から見たら範囲が広すぎて漠然としている言葉だ。
しかし僕からすると、その言葉には僕が求めていたもの全てが詰まっている。
「僕は、ほのぼのと生きていたいです」
僕がそう言うと、先生は少し意外そうな顔をした後、僕に対して「素晴らしい」と一言呟いた。
「素晴らしい将来だよ。『ほのぼの』、君が思っているその言葉には、僕には計り知れないような意味が詰まっているんだろうね」
先生は一つ一つの単語をはっきりと発音してそう言った。
「さて、最後だ。ルラーシアちゃん、君が最後だよ!」
先生はすぐに先程のテンションの高さを取り戻し、ルラーシアちゃんに指を差してそう言った。
なんか先生の言い方が、ラスボスが次々と勇者の仲間を屠っていく展開みたいだな。
「私は王宮専属の魔術師になりたいです」
ルラーシアちゃんは淡々とそう答えた。
僕の漠然とした答えよりも遥かに立派な回答だなと、僕はそう思った。
今からでも訂正しても遅くないよな……?
※修正
同じ話を続けて投稿するミスをしてしまいました。
誠に申し訳ございませんでした。




