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【第十四話】入学前日

　魔法学校の入学通知が家に届いてから一ヶ月が経った。

　僕はいまだにフーリアさんが戦争へ行ったことのショックから立ち直れないでいる。

　商人の馬車に揺られていると……こう、車酔いが……。

「ぅぼぼぼぼ」

　外に吐瀉物を撒き散らした。

　前回の移動は二人だったが、今回の移動は一人だ。

　厳密には商人もいるにはいるが、殆ど話さないので、いないのと同格だろう。

「……ねぇおじさん、あとどんくらいで王都に着く？」

　僕は馬を操っている商人にこう聞いた。

「そうだなぁ、あと三日ってとこだな」

　商人のおじさんは気前よくそう言って、パンッと馬を手綱で叩き、馬車の速度を上げた。

　ホーラ魔法学校の制服は、すこし着慣れない。

　いつも着ている服のようには柔らかくないし、白と青のコントラストは少しダサい。

　この質感は前世で嫌というほど着たスーツに似ている。

　この感じ、営業職のことばかり思い出してしまう。

「君、ずっと気になってたんだけど、もうしかしてホーラ魔法学校の生徒さんかい？」

　商人の男性は手綱を握りながらこちらをちらちらと見ながらそう言った。

「そうです。まだ入学式に出てないので正式にそう言えるかは分かりませんが」

　僕がそう言うと、商人の男性は感嘆の声を発した。

「おお〜！　そりゃ凄い。

　魔法学校の生徒さんなら、この馬車が盗賊に襲われても問題は無さそうだ」

　男性は冗談を言って、暗い面持ちをしている僕を励まそうとしてくれているのだろう。

　しかし、商人の言っていることもあながち冗談ではないのかもしれない。

　今の僕は一つだけと言えど、中級の詠唱魔法を使える。小規模の盗賊ぐらいならすぐさま返り討ちにできるのではないだろうか。

「その時は任せて下さい。跡形も無く盗賊を消しますから」

「おぉ〜！　こりゃ頼もしい！」

　商人は大笑いをしてそう言った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「着いたぞ。おつかれさん」

　商人の男性は僕にそう言った。

「はいこれ、少ないけど腹は膨れると思うぞ」

　そう言って、商人は僕に茶色い紙袋を手渡してきた。

　中身を見ると、中には瑞々しい真っ赤なリンゴが三つほど入っていた。

「こんな大量に……何かお返しをしな……」

　僕がそう言うと、商人の男性はパッと僕の目の前に手の平を突き出し、「別にお返しなんざいらないさ」と言った。

「君に何があったかは知らんが、そうも暗い顔をしてると、こっちも暗い気持ちになっちまうよ。

　君はまだ明るい顔ができるんだ。リンゴでも食って笑って、俺に元気をくれよ」

　そう言って商人の男性は僕の頭をぽんぽんと叩いた。

　紙袋の中からリンゴを一つ取り出し、齧った。

　酸味があって少し酸っぱいが、甘さがじわっと口の中に溢れ出す。リンゴの汁が僕の唇に付いて、僕はそれを舐め取る。

「おじさん、美味しいですねこれ！」

　僕はそう言って、商人のおじさんに笑いかけた。

「そうか！　それは良かった！」

　その後、僕は商人の男性に一つリンゴを分け、そのまま別れた。

　まだフーリアさんが死んだとは決まってないし、あまりネガティブに考えないほうが良いのかもな。

　僕は地図を広げて、今日泊まる予定の宿の方へと向かった。

◇

「すいません。一晩泊まりたいんですけど……」

　僕がそう言うと、受付の人が僕の身体をまじまじと見て「ふむ」と呟いた。

　何か変なところでもあるのだろうか？

　制服の着こなし方が違うとかか？

「フリル銀貨十四枚だ」

「たっ！？　はぁ！？」

　フリル銀貨十四枚。

　日本円で考えるとするなら約一万四千円の宿賃。

　日本のホテルであれば、確かにそれぐらい高いところはあるにはある。

　しかし、それは設備が良かったり、サービスなんかが充実しているからこその値段だ。

　この宿はどうだろう。

　特にこれといって良さげな設備は見当たらない。

　木造の古い建物っぽいし、部屋の造りが豪華だという可能性も低いだろう。

　……。

　この店主、僕が魔法学校の制服を着ているのを良いことに足元見てんな。

　僕が家を出る時に父さんたちから貰ったお金は、フリル金貨二枚にフリル銀貨十枚。

　フリル金貨一枚は商人の馬車に運賃で使ってしまった。

　つまりもう一枚金貨を使ってしまえば、残りのお金はフリル銀貨十六枚になってしまう。

　そして魔法学校の入学金は卒業者推薦での合格ということで安くはなっているが、それでもフリル銀貨十八枚は払わなければいけない。

　……詰み！？

「あ、あの、もうちょっと安くできませんかね、へへ。あっ、店主さんよく見たらカッコイイっすね、へへ」

「あ？　あぁ……。これ以上は安くできん」

　よし、いい感じにたじろいでるたじろいでる。

　若干引いているように見えるが、まぁ気のせいだ。

　僕は手を高速で擦り合わせてごまをする。

　前世のブラック企業勤めの時に培ったゴマすり技術がここで役に立つとは思わなかったが、まあいい。

「そこをなんとかお願いしますよ〜。

　最近どっすか？　私？　私は最近金欠でして……。

　あぁでも！　店主さんはお金いっぱい持ってるんですよね？　凄いなあ、商売上手だなぁ」

　そろそろ手の平が摩擦熱で熱くなってきたな。

　前世の時の上司はここらへんで要件を聞いてくれたが、この人はどうだ？

「何あれ……こわっ……」

　よし、周りの目線が徐々に冷たくなってきてるな。

「わ、わかったよ、フリル銀貨十二枚……」

「そういえばっ！　店主さんイケメ……」

「ああわかったよ！！　半分の八枚でどうだ！？　これなら良いだろう！？」

　よし、成功。

　もうちょっと安くできそうなもんだが、これ以上やると流石に店主が可哀想なのでやめておく。

　しっかし、持つべきものはゴマすり術ですなぁ……へへ。

「わかりました。はい、フリル銀貨八枚です」

　僕はそう言って、フリル銀貨八枚を店主の前テーブルに置いた。

　あっ、今こいつ僕の方見て「やべぇ奴来た……」みたいな目で見やがった。

　間違っちゃないが、露骨にそんな反応されると傷つく。

　そんなこんなで僕は宿の部屋に入ると、長旅で疲れてしまっていたのか、宿屋のベッドに寝転がっているうちに眠ってしまっていた。

　明日、僕はついに魔法学校に入学する。

【第二章】魔法学校編の開始でございます。

今回の主人公、魔法学校の制服は宿に着いてからでも着替えれたのに、わざわざ家で着替えて魔法学校に向かっているので、内心すごいウキウキしてそうですね。

では、また。