継母であるお義母様がある日を境に突然優しくなったのですが、そんなお義母様を怪しむ使用人達よりもっとお義母様に甘えたい
ジュスティーヌ・ロランス・ヴァレリアン。ヴァレリアン帝国の第一皇女にして将来の女帝である彼女の悩みは、最近後妻として皇后となった継母との関係である。別に嫌がらせをされるわけでも虐めを受ける訳でもないが、好かれていないのは明らかだ。ジュスティーヌが笑顔で話しかけても鉄面皮か外行きの微笑みだからである。それでも会話はしてくれるし、掛けてくれる言葉は優しい。鉄の女と呼ばれていようと、その奥底にある優しさは滲み出ている義母となんとか仲良くなりたいのが今のジュスティーヌの夢である。
一方のエリザベス・マルセル・ヴァレリアン。皇后となった彼女は、ジュスティーヌとの関係に悩んでいた。エリザベスは、冷え切った家庭環境で育った。そのため、可愛らしいジュスティーヌを見てこの子を幸せにしたいと願った。ただいかんせん公爵家の娘として隙を見せないように生きてきた弊害で、外行きの微笑みは見せられてもそれ以上の表情が見せられない。というかエリザベスの表情筋が固まる。そんなエリザベスを誤解するものは多く、夫ユルリッシュ・トリスタン・ヴァレリアンもその一人だった。
ユルリッシュ・トリスタン・ヴァレリアン。情はありながらも冷静な判断で治世を行う賢君である彼は、そんな自分を理解して支えてくれた前妻を深く愛していた。そしてそんな彼女との間に生まれた娘を溺愛している。しかし娘は正統なる皇位継承者。甘やかすことは出来ない。だから後妻となったエリザベスにその役目を求めたが、二人はあまり上手くいっていないらしい。嫌がらせや虐めはないようなのでそこは安心だが、正直ガッカリである。ユルリッシュは自然とエリザベスと距離を置いた。それがエリザベスの求心力の低下に繋がるが、誤解が誤解を呼んでいるので仕方がないと言えた。
ある日ジュスティーヌは、エリザベスのために花かんむりを作って届けた。エリザベスは表情は外行きの微笑みだが確かに喜んでくれて、ジュスティーヌはとても嬉しくなった。その時だった。
二人の目の前に、武装した男が一人突然現れた。隣国の総力を結集した、転移魔法で現れた特殊部隊の精鋭である。転移魔法は非常に高度な技術が必要なので本来ならば成功するはずがないが、隣国はとうとうその域に達したらしい。それでも一人が限界のようだが。
男は真っ直ぐジュスティーヌを狙った。しかし、エリザベスが男の銃撃から身を呈してジュスティーヌを守る。目の前で血塗れになり穴だらけになった優しい継母に、ジュスティーヌは泣き叫んだ。エリザベスはなんとか気力で意識を保ち、ジュスティーヌに外行きの微笑みではあるが安心させるように笑った。男はすぐに二人の護衛に取り押さえられ、エリザベスはすぐに治癒術師の治癒魔法を受ける。しかしエリザベスは三ヶ月間、目を覚まさなかった。
三ヶ月間、ジュスティーヌは毎日エリザベスの部屋に通った。身を呈して守ってくれた優しいエリザベスと、もう一度お話がしたい。その一心で。そんなジュスティーヌにユルリッシュも付き合った。身を呈して娘を守ってくれたエリザベス。彼女を誤解していたと知った彼は後悔に苛まれていた。もう一度話をしたい。それはユルリッシュの願いでもあった。
三ヶ月間、エリザベスは夢を見ていた。所謂前世というものを追体験していた。その世界では彼女はやはり家庭環境には恵まれず、愛情を追い求めるように保育士になっていた。保育士として子供達と接する時間が何よりもの幸せだった。
そんな彼女は不審者から襲われる見ず知らずの親子を守って亡くなった。でも本人にとっては見ず知らずとはいえ、幸せそうな子供と母親を守れた幸せな最期だった。
さて、そんな追体験の後彼女は目を覚ました。彼女は前世の記憶に引っ張られることはなく性格は変わらない。だがひとつだけ。保育士としての追体験のお陰で、普通に笑えるようになっていた。
目を覚ました彼女は今日もお見舞いに来ていたジュスティーヌとユルリッシュに喜ばれる。そして他愛ない話をして、思わず笑顔を零した。その自然な笑みに、ユルリッシュはどうしてだか心惹かれる。ユルリッシュが愛するのは前妻シルヴィアだけである。だが、エリザベスはユルリッシュにとって情をかける人になるかもしれない。そんな二人の様子にジュスティーヌは微笑んだ。大好きな二人が仲良くなって嬉しかった。
ジュスティーヌは笑顔を見せるようになったエリザベスを却って怪しむ使用人たちに心配されたが、エリザベスにさらに懐いた。きっと三人は、これからゆっくりと家族になっていくのだろう。