8.そして舞台は幕を開ける
お読み下さりありがとうございます。
この世界では男女ともに18歳で成人する設定です。
セレナーデの誕生パーティ当日。
出かけようとする俺に、珍しくテノール兄上が声をかけて来た。
「何だアルト、こんなに遅く出かけるのか?」
「え?」
兄上の言葉に首をかしげると、途端に兄上が顔を顰めた。
「え?ってお前、仮にも婚約者の誕生パーティだろう。早めに行ってエスコートするのは当然だろうが……まさかエスコートせず放置するつもりだった、とか言わないだろうな?」
「あ…」
放置するしない以前に、婚約者をエスコートする必要がある事を忘れていた。
「ま、まさか兄上嫌ですなぁ~、放置するなんて考えてもいませんよぉ~」
アハハと乾いた笑いを浮かべながら、どうにか誤魔化す。
放置する気が無かったのは本当だ……エスコート自体忘れ切ってたのだから。
自分でも挙動不審だと思ってたので、兄上にもバレているだろうが、兄上は深いため息をつくだけで追及しなかった。
「はぁ~、そんな事だろうと思った。ホラ」
そう言って兄上が、持っていた物を渡してくる。
よく見ると贈り物の箱だった…形状からしてワインのようだ。
「今の時期ならワインだろ?ちょうどセレナーデ嬢も18歳になって成人になるし、祝いにピッタリだろう?」
「あ、すみません」
さすがに婚約者の誕生パーティに、プレゼント無しで参加はマズイ。
兄上がいなければ、そのまま行って顰蹙を買うところだった。さすが兄上。
「気にするな、じゃあな」
片手を上げて、そのまま兄上が立ち去った。
「すまない遅れた!」
待ち合わせ場所に行くと、すでにアリア達が待っていた。
「いえ大丈夫です、まだ待ち合わせの時間になってませんので」
「僕達が早く来すぎてしまっただけなので、お気になさらず」
「んもぅ遅いよぉ~、2人が暇つぶしに付き合ってくれたけど、立ちっぱなしで疲れちゃった」
2人がフォローしてくれたが、正直なアリアがふくれっ面をする。
(可愛いな)
遅刻しておいて不謹慎だが、むくれるアリアも可愛いと思う。
「あぁすまない、兄上と話しこんでたら遅くなってしまった。さぁ行こう」
早速向かおうとすると、何故かアリアが持っているワインを見て更にむくれる。
「その持ってるのってセレナーデさんへの贈り物なの?何でそんな物持ってくるのぉ?別に必要ないでしょう~?」
機嫌が悪くなったアリアを、慌てて3人で宥める。
「いや一応、建前として必要なんだ」
「そうですよ、贈らないと王家の名に傷がつきます」
「セレナーデ嬢を油断させる為なんですから、気にしなくていいですよ」
トランの言葉に頷く。
「そうそう。どうせ後で地獄を見せるんだから、せいぜいいい夢を見させてやろう。その方が面白いだろう?」
アリアを宥める為に言った言葉だが、これは中々名案だと自分で思った。
俺の脳裏に愛する男に捨てられて絶望するセレナーデの姿と、周囲に祝福されて勝ち誇る俺とアリアの姿が浮かんだ。
「わかったわ。後のお楽しみの為に、惨めなセレナーデさんに夢を見させてあげるわ~」
ようやく機嫌を直したアリアを乗せて、俺たち4人は辺境伯の邸へと向かった。
「ようアルト」
辺境伯邸につくと、何故か城で別れたテノール兄上がいた。
「兄上?いらしてたんですか」
(兄上はいつもは、公式行事以外参加しないのに…)
「まぁたまにはな…どうせ最後だし」
「「「「!」」」」
兄上の言葉に、俺たち4人は凍りつく。
(まさか兄上は、計画に気づいてる…?)
いやそんな筈はない。
俺達の誰も、家族にすら言っていないのだ。
「あ、兄上?今の『最後』というのは、どういう意味でしょうか?」
「あ?あぁ…セレナーデ嬢は今回の誕生日で成人になるし、来年にはお前と結婚して、次期辺境伯夫人になるだろう?そしたら辺境伯領に行く事になるだろうし、面と向かって贈り物を渡せるのも、これが最後だろうなって意味だよ」
その言葉に全員力が抜けた。
(何だ。やっぱり深い意味はないじゃないか、バカバカしい)
大事な計画の前で、少し緊張しているようだ。
「ホラお前も俺と話すより、早く婚約者に挨拶して来い。来年は夫婦になってるし、婚約時代最後のバースデーなんだからな」
揶揄うように兄上が言う。
「そうですね」
(兄上が考えてるのとは、別の形だけど)
数刻後には、セレナーデは愛する婚約者に捨てられて、泣き崩れるのだ…その様子を想像するだけで、嘲笑がこみ上げてくる。
アリア達も同じことを考えたらしく、俺と同じく嘲笑を浮かべている。
セレナーデの醜態が早く見たくて、早々にセレナーデの元に行く事にした。
「来てやったぞセレナーデ、ほら祝いの品だ」
会場で来客をもてなしていたセレナーデを見つけると、挨拶もそこそこに祝いの品を渡した。
「まぁありがとうございます。アルト殿下から贈り物をいただくなんて…どういう風の吹き回しでしょうか?」
遠回しに「今まで一度も、プレゼントなど寄越さなかったくせに」という嫌味を言外に感じて、ムッとする。
「うるさい!最後だから特別に用意してやったんだ、黙って受け取れ!」
(どうせこの後婚約破棄して追い出すんだし、最後の餞別くらい大人しく受け取れ!)
「そうですよ~最後のプレゼントなんですから、喜んだらどうですかぁ~」
アリアもセレナーデの無礼を責めたてる。
「…分かりました、ありがとうございます」
セレナーデは不愛想な態度でワインを受け取ると、メイドを呼んで渡す。
受け取ったメイドが一礼して去っていった。
不愉快になりつつもやることをやった俺達は、パーティが最高潮になるタイミングを見計らって、セレナーデに婚約破棄と追放を宣言した。
しかしセレナーデも周りも、期待していた態度ではなかった。
「分かりました、婚約破棄をお受けします」
まず破棄を言い渡されたセレナーデは冷静で、少しも苦悩が見て取れなかった。
彼女の身内も、こちらを無視してセレナーデを気遣って、招待客達は俺達を冷たい目で見ている。
何より俺達は、兄上とその護衛達に取り押さえられていた。
予想外の展開だったが、ここで本日1番の予想外が起こった。
「喉が渇いたわ、ワインを頂戴」
「はい」
すぐさまセレナーデ付きのメイドが、ワインの入ったグラスを差し出す。
「殿下から頂いたワインかしら?」
「はい」
「殿下から頂いた、最初で最後の贈り物ね」
そう言うとセレナーデはワインを一気に煽り―――そのまま咳きこんで倒れた。