4.堕落の始まり
セレナーデと婚約が決まって初の顔合わせは、期待していたものではなかった。
「初めましてアルト殿下。この度婚約者となりましたセレナーデ=ノクターンでございます」
ノクターン邸へ挨拶に赴いた時、そう言ってカーテシーを取った。
しかしその表情に笑顔はなく、この婚約が不本意だと顔に書いてあった。
「いいか、この婚約は政略のためだ!父上と母上が決めたから、仕方なく婿に入ってやるんだ!」
彼女の態度に腹を立て思わず怒鳴ると、彼女も顔を上げてハッキリと言った。
「私にとっても貴方は、王命で決められた政略結婚の相手です」
その言葉にカッとなった。
「ふざけるな、田舎令嬢が!女は大人しく男に従っていればいいんだよ!」
怒鳴ると同時に、傍にあった花瓶を投げつけた。
「きゃぁっ!」
「殿下何て事を!」
花瓶は彼女の頭のすぐ横の壁に当たって割れ、その破片が飛んで彼女の頬を掠めた。
彼女は側に控えていた義兄に庇われながら、こちらを睨んでいた。
そのまま俺は血相変えた側付きに無理やり城に戻され、父から叱責と1週間の謹慎を言いつけられた。
その間に側付きから、辺境伯から今回の事を理由に婚約破棄の申し出があったが、王家から謝罪と慰謝料を支払う事で何とか継続出来たと伝えられた。
1週間後謹慎がとけて、父王から命じられて謝罪に行ったが、セレナーデは体調が悪く臥せっているとの事だった。
(そういえば病弱だったな…)
とりあえずその場は謝罪の為持ってきた花をメイドに託して、帰城した。
ところがその後もセレナーデは体調が悪いと、面会を断られ続けた。
その頃には謝罪の事もすっかり忘れきっていて、セレナーデに対する苛立ちと婚約した後悔しかなかった。
(この婚約は早まった)
見た目で決めたのがマズかった。
候補を集めた茶会はまだ1回目だったのだし、一通り会ってみてからにすればよかった。
それから俺は気持ちを切り替えて、様々な催しに参加して令嬢を物色した。
これという令嬢が見つかってから、婚約破棄しようと思った。
しかしセレナーデ以上の令嬢は見つからず、ヤケになった俺はいろんな令嬢と遊び歩くようになった。
令嬢達の方もいずれ臣籍降下するとはいえ、王家と繋がりを持てるのは悪くないと、喜んで俺の誘いに応じた。
何度かデートを重ね、贈り物をし、気が合いそうにないと思ったら別れて次に行く。
それを繰り返してる内に、俺に払われる予算分を使い切った。
兄上達に『金を貸してくれ』と頼んだら、しかめっ面で断られた。父上に至っては「無駄使いしかしない奴に、民の血税を出せるか!」と、怒鳴られた。
母上がため息をついて「どうせ貢ぐなら、婚約者に貢ぐとか考えないのか」と言われて、考えた。
(そうだ、セレナーデに金を出させよう!)
セレナーデは婚約者なのだから、母上の言う通り俺に貢ぐべきだ!
母上にアドバイスをもらった俺は、意気揚々とノクターン家へ向かった。
「殿下。申し訳ありませんが、義妹は臥せっております」
久しぶりにノクターン家を訪れると、令息のディオンが出て来た。
「むぅ…そうなのか、困ったな」
すっかり、アテが外れてしまった。
「何か義妹に、大事な用事でも?」
「あぁ、実は…」
聞かれたので、素直に答える。
事情を聞いたディオンは、相変わらず笑顔だが何故か怖かった。
笑顔なのに迫力がある…兄上達が本気で怒った時と、同じなのだ。
「殿下はお疲れのようです、城まで送らせましょう。今馬車を用意します」
「え、いやまだ用事が…」
しかしディオンは俺の言葉を聞くことなく、そのまま玄関ホールに俺を置いたまま、どこかに行った。
「……」
他に人もおらず、俺は途方に暮れた。
落ち着かなくて辺りをキョロキョロしてると、ディオンが落としていったのか、宝石のついたタイピンが落ちていた。
「……」
この時俺の中で、悪魔が囁いた。
俺は人がいないことを確認すると、そっとタイピンをポケットに入れた。