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「なぞの子持ちか、冷たきにかかるわざはせさせたまふ。」
「なぞの子持ちか、冷たきにかかるわざはせさせたまふ。」
と、聞こえたまふものから、よき薄様ども、筆、墨など、持てまゐりたまひつつ、御硯をさへ持てまゐりたまへれば、取らせたまへるを、惜しみののしりて、
「ものの奥にて向かひさぶらひて、かかるわざし出づ。」
とさいなむ。されど、よき継ぎ、墨、筆などたまはせたり。
(道長様は)
「どこの子持ちが(子供を産んだばかりで)この寒いというのに、このようなことをなさるのか」とおっしゃられるのですが、上質な薄様の紙や、筆、墨などを持って来られ、その上、硯まで持って来られるので、中宮様がその硯を私(紫式部)下賜るされたのですが、(道長様は)大きな身振りで惜しまれ
「あなた(紫式部)は実に奥まったところに引っ込んでいるように見えて、実はこのように上手なことをなさります」とおっしゃられます。
ただし、そのようなことをおっしゃられるのですが、私に上質な墨挟み、墨、筆などをくださりました。




