御前の御遊び始まりて、いとおもしろきに、
御前の御遊び始まりて、いとおもしろきに、若宮の御声うつくしう聞こえたまふ。右の大臣、
「万歳楽、御声にあひてなむ聞こゆる。」
と、もてはやしきこえたまふ。左衛門督など、
「万歳、千秋」
と諸声に誦じて、主人の大殿、
「あはれ、さきざきの行幸を、などて面目ありと思ひたまへけむ。かかりけることもはべりけるものを。」
と、酔ひ泣きしたまふ。さらなることなれど、御みづからもおぼし知るこそ、いとめでたけれ。
帝の御前では管弦の御遊びが始まり、素晴らしい情趣に包まれる中、若宮のお声(泣き声)が実に可愛らしく聞こえてきます。
右大臣(藤原顕光)が
「万歳楽が、親王様のお声に本当に良く合って聞こえますね」
などと、褒めています。
左衛門督(藤原公任)などは、 「万歳、千秋」と声をしっかり合わせて唱えています。
そのような中、主人の大殿(道長)は、
「まったく、今までも何度か行幸がありましたけれど、何故、名誉極まるなどと感じていたのでしょうか」
「今回のように、今までとは比べ物にならないほどのおめでたく光栄なことがあるのに」
と、酔い泣きなされます。
今さらのことではありますが、道長様がそれを自覚しておられることが、実に素晴らしいことなのです。
まさに念願が実現して、道長(道長一門)は栄光の極致。
しかし、紫式部の最後のコメントは、「これをもって、最高の栄誉と自覚して欲しい・・・そこまでに」との意味にも取れる。(あくまでも私見)
結局、この後、朝廷から加冠や報酬の恩恵を受けたのは、「道長一門だけ」で、同じ藤原氏でも門閥が異なる場合には、何の音沙汰もなかった。
客観的に見れば「度が過ぎる」と思うのが妥当と思うけれど、それが「道長の性格」であり、「この時代」であり、・・・いや、権力や栄光の魔力に取りつかれると、どこの時代の最高実力者や国でもそうなるのかもしれない。
道長に召し抱えられた紫式部としては、「それなりに当然の記述」をしているけれど、本心では「道長の制限のない野望」には「・・・どうなのか」と感じていたような書きぶりとも思う(あくまでも私見であるけれど)




