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殿、若宮抱きたてまつりたまひて、
殿、若宮抱きたてまつりたまひて、御前にゐてたてまつりたまふ。主上、抱き移したてまつらせたまふほど、いささか泣かせたまふ御声、いと若し。弁宰相の君、御佩刀執りて参りたまへり。母屋の中戸より西に殿の上おはする方にぞ、若宮はおはしまさせたまふ。主上、外に出でさせたまひてぞ、宰相の君はこなたに帰りて、
「いと顕証に、はしたなき心地しつる。」
と、げに面うち赤みてゐたまへる顔、こまかにをかしげなり。衣の色も、人よりけに着はやしたまへり。
殿(道長)が若宮を抱き奉りて、帝の御前にお連れ奉しあげます。
帝の御腕に抱き移しなされる時に、少しお泣きになられるお声が、実に可愛らしい。
弁の宰相の君は、若宮の御佩刀を持ち、仕えています。
そして母屋の中の戸から西側、殿の北の方がおられるほうに。若宮をお連れ申し上げます。




