御帳の西面に御座をしつらひて、
(原文)
御帳の西面に御座をしつらひて、南の廂の東の間に御椅子を立てたる、それより一間隔てて、東に当たれる際に北南のつまに御簾を掛け隔てて、女房のゐたる、南の柱もとより、簾をすこしひき上げて、内侍二人出づ。
その日の髪上げ麗しき姿、唐絵ををかしげに描きたるやうなり。
左衛門の内侍、御佩刀執る。
青色の無紋の唐衣、裾濃の裳、領巾、裙帯は浮線綾を櫨緂に染めたり。上着は菊の五重、掻練は紅、姿つきもてなし、いささかはづれて見ゆるかたはらめ、はなやかにきよげなり。
※御座:一条天皇の玉座。
※御佩刀:三種の神器の一つ。草薙の剣。天皇は常に持ち歩いた。
※青色の無紋の唐衣:青色の無地の唐衣。禁色の一つ。
※裾濃の裳:ぼかし染め。裾近い部分が濃くなっている。
※領巾:ショール状に肩にかける薄絹。正装時の装飾。
※裙帯:裳の腰の左右に長く垂らす紐。当時の正装時の装飾。
※浮線綾:文様の糸筋を浮き出すように織った綾の薄い絹地。
※櫨緂:赤黄色と白のだんだら染め。
※掻練:上着と袿の間に着る練絹。
※もてなし:ふるまい、態度。
※かたはらめ:横顔。
(舞夢訳)
中宮様がおられる御帳台の西側に帝の玉座を設けて、南の廂の間には御椅子を据えてあります。
そこから一間を隔てた東の端に、南北に御簾を掛けて仕切りを作り、女房たちが控えます。
その南の柱のもとから、簾を少し引き上げて、内侍二人が登場して来ました。
当日の髪上げをした清らかな姿は、唐絵を実に見事に描いたと思われるほどです。
左衛門の内侍は、神剣を持っています。
青緑色の無紋の唐衣に据濃の裳を付け、領巾、裙帯は浮線綾を櫨緂に染めてあります。
上着は菊の五重、掻練は紅で、その姿と雰囲気。そして扇の隙間から少しだけ見える横顔は、実に華やかで美しいのです。
紫式部は、高貴な人々の中に自分がまじっていることに、劣等感や違和感を感じながらも、晴れがましい儀式そのものは否定せず、彼女なりに記録している。
さて、彼女の内心はさておき、源氏物語作者による当時の天皇が登場する儀式の記録である。
後世に生きる人々にとって、当時の様子を知らしめる貴重な記録とも言えるのである。




