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紫式部日記 舞夢訳  作者: 舞夢
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行幸近くなりぬとて、

(原文)

行幸近くなりぬとて、殿の内をいよいよ繕ひ磨かせたまふ。

世におもしろき菊の根を尋ねつつ掘りてまゐる。

色々移ろひたるも、黄なるが見どころあるも、さまざまに植ゑたてたるも、朝霧の絶え間に見わたしたるは、げに老もしぞきぬべき心地するに、なぞや、まして思ふことのすこしもなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし若やぎて、常なき世をも過ぐしてまし、めでたきことおもしろきことを見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心のひくかたのみつよくてもの憂く、思はずに嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。


※行幸:若宮の実父、一条天皇の土御門殿への行幸。尚、道長の日記「御堂関白記」によると、9月25日に、天皇から発案があり、決まっていた。

※世におもしろき菊の根:世にもまたとない美しい菊の花の根。その根株を掘り取って移植した。

※色々移ろひたるも:白菊が寒さにより、花弁先端が鮮やかな紫色に変化したもの。

※げに老もしぞきぬべき心地する:菊は仙境の花で、不老長寿の効果があると思われていた。

※なのめ:人並、平凡。


(舞夢訳)

一条の帝の行幸が近くなり、道長様は、邸内をますます美しく飾り立てています。

美しい菊の花を探させ、根から掘り起こさせ、土御門邸の庭に移植なされます。

その中には、白から紫にとりどりに色が変化したもの、あるいは黄色一色で素晴らしいものもあります。

その他、植え方そのものに趣向を凝らしたものもあります。

それらが、朝霧の絶え間に見渡される風景は、実に「老いる」などというものは退散してしまう、と考えるべきなのですが、どうしてなのかわからないけれど、私自身はとてもそんな気分になれないのです。

そもそも、この私が、少しでも世間の人程度の物思いを抱えている人間であるならば、風流や雅に浮かれ騒ぎ、この無常の世をやり過ごすのでしょうけれど、とてもそうではないのですから。

たとえ、素晴らしいことや、素敵なことを見聞きするにしても、それ以上に、常に私の心の重しになっていることばかりに強く引きずられ、気は滅入りますし、面白いこともなく、出るのはため息ばかりで、それが本当に苦しいのです。



「色々移ろひたるも」からは、紫式部独特の長文。

少々、意訳を試みた。


要するに、若宮の出産を契機に、土御門殿は実に晴れがましく、幸福に満ちた状態。

そこに仕えている紫式部も、本来は、世間の人並に、心からの笑顔であるべきと、自覚している。

しかし、紫式部自身は、理由を明かしてはいないけれど、「そんな軽い性格の人間でもない」、「とてもそんな心理状態ではない、重い悩み事がある、苦しい」と書く。

その悩みを「出家遁世の願い」とする説は有力であるけれど、ではなぜ、出家遁世したいのか、を説明できる根拠も資料も残されていない。


道長に召し抱えられた経緯に、実は納得していなかったのか。

道長の「専横」とも言える強欲を、心よく思っていなかったのか。

それなのに、逆らえず、召し抱えられてしまった無力感なのか。

あるいは、女房仲間から、実は、苛めに遭っていたのか。

もともと、地味な性格で、超高級貴族屋敷の派手な生活に馴染めなかったのか。

あるいは実家に悩み事があって、実は道長邸での、務めどころではなかったのか。


実際のところは、あの世で、紫式部自身に聞くしかないかもしれない。

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