ただの剣の担い手
リラは抱えていた物を差し出してきた。
至近距離で確認して良く分かった。これはまさしく俺が探していた剣ではないか。
「どうだ。孫娘がお世話になった礼だ。あげるよ」
「いただけませんよ。だって貴重なものでしょう」
チェスターは首を横に振る。これ以上反論するのが野暮にすら思えてくる。まずは俺が考えているものかどうか確認しよう。
「失礼します」
受け取ったものを構えなおす。重量は1.5キロほど。しっかりと両手で握り。柄の方を手前に引きながら…………
「かたい」
手首の力だけでは抜けなかった。
「手入れしとらんかったな。くっついているようじゃ」
「ええー。そんなに状態悪いの? それをプレゼントするのって失礼だよ」
「しまいっぱなしだったからな、あのまま」
「そうだね」
二人は何やら感傷に浸っている。とてもじゃないが、こちらからは話しかけられない。
目線を落として柄と鞘を確かめる。
柄の消耗具合と鞘に付いた無数の傷跡からこの剣が飾り物ではなかったことがわかる。本物の気配というのだろうか。オーラが感じられる。
「どうです? 抜けそうですか。道具が必要ならお持ちしますが」
沈黙を破るようにリラが口を開いた。
「大丈夫です」
両手を体の前に構える。ちょっとした錆でくっついているのであれば、この抜き方で行けるはずだ。右手で柄を握り、左手で鞘の口を握りこむ。
肩に力を入れて、腕を広げる。
重い手ごたえと共に固着が剥がれた。
刀身の一部が露になる。間違いない。刃が入っている。護身用の模造剣ではない。真剣だ。
再度、剣を握りなおしてゆっくり鞘から身を抜き出す。
「どうかの」
オレンジ色の光に照らされた刃の一部がきらりと反射する。
それ以上に薄暗い光でもはっきり分かるほど、剣先の方が赤黒く染まっていた。
「この赤っぽいのって」
リラも気が付いたらしく、その点について尋ねてきた。
これが何であるかは予想がつく。だが俺からは答えにくい。
持ち主が不在で明らかに手入れのされていない剣が出てくるときというのは、何かしらの不幸があった時だと相場が決まっている。知らない方が幸せかもしれない。赤錆と適当にはぐらかすのが賢明だろう。
「こりゃ血だな」
「血……」
俺の葛藤をよそにチェスターはこともなせげに真実を伝えた。
彼女は驚いた顔をしたものの、固く口を閉じて目をしっかりと見開いた。
「これは何の血でしょうか」
覚悟を決めた表情をしている。
「おそらく人の血じゃな」
チェスターはずけずけと疑問に答えていく。持ち主の彼がそう答えているのだからきっとそうなのだろう。でもさすがに見ていられない。
「どうでしょう。成人男性が使うにしては剣身が少し短めなので、人よりも小型の動物に対しての護身用とかで使っていたのではないでしょうか」
「そっか。そうだよね安心した」
リラの言葉に対して口を開きかけたチェスターを無言で制止する。
持ち主が誰とか、どうして錆が付くまで手入れされていないのか、聞きたいことはいくつもある。でも相応しくはない。少なくとも彼女に聞かせるようなものではない。
剣身全体を確認する。剣にはいくつもの傷跡があり、かなり酷使されていたことがわかる。この感じは金属同士が擦れ合って付いた傷である。つまり対人戦に用いられた可能性が高いということ。
どこまでも素朴な剣だ。おとぎ話に出てくるような銘剣でもなければ、騎士たちが使っている剣のような力強さもない。
平々凡々なまさしくただの剣。失礼な話かもしれないが、俺にぴったりだ。
「どうだ。使ってくれはしないか」
「大変ありがたいお言葉です。ですが頂くというのは抵抗があります」
「そうか。気にせんでくれというのは無理か」
「そもそもボロボロじゃないですか。こんなものを上げてご迷惑かもしれませんね」
「嫌だったら売ってくれたらいい。きっといくらかにはなる」
「そんなことはりません。無償でというのが気にかかっているんです。何かお返しをしないと」
さすがに剣をタダで貰うことはできない。どんなに安くたってこのサイズの片手剣であれば20万はする。下取りに出しても5万はつけてもらえるはずだ。
気軽に貰っていいものではない。
「お返しか、この剣を使ってはくれないか。それがワシの願いだよ」
「私からもお願いします。うちにあってもただの置物にしかなりません。それに受け取っ手いただけないと私の方こそ何もかえせないですから」
「ああ。道具はな、使われてこそ真価を発揮する。エリートであるローレンス学園の生徒がこの剣を振るい輝いている姿を見せてくれ」
二人の言葉を聞いて気持ちが決まった。
「お任せください。この剣でもって騎士にまでなってみせます。その時まで苦楽をともにすると誓います」
「道案内だなんてそんな。方角さえ教えていただければ十分ですから」
「そうは行きません。ここら辺は入り組んでいるので迷子になっては大変です」
どうやら彼女は譲る気はないらしい。送っていただけるのはありがたいが、女の子が夜道を危ない。ちゃんとお見送りしないと。
「道の分かるところまで逆にお送りしますよ」
「それは大丈夫です。オトさんが早く帰らないと寮の人たちが心配しますよ」
「私もリラが安全に帰れるか心配です」
「気にしないで。それよりも早く帰って剣の手入れをしてあげてくださいな」
「もちろんです。すぐに行います」
「なら急いで帰らないとですね。安心してください。仕事の関係で夜道は歩き慣れていますので」
彼女の言葉の意味を聞きたかったのだが、それはやめておいた。
方向音痴の俺では彼女たちの家に自力で行くのは不可能だろう。生活圏も異なるから道端で会うということもないだろう。
しかし、なぜか分からないけど、リラとはいつか再開するような気がした。
深くなる夜の空を見上げて思った。




