小夜の語らい
「オト入部しちゃったの!?」
アビーは目を丸くして驚いている。彼女の言いたいことは分かる。
「勝手に決めてごめんね。相談すべきだったかも」
「それはいいよ。でもそんなことして大丈夫? 急にどうして」
それはまあ、どうかな。俺が入部を覚悟した理由というのがあれだけに何とも言えない。けど彼女ならリスクを承知で入部したことは分かってくれているはずだ。
「勢いでね。いろいろあったんだよ」
「勢いか。わたしはオトが入るなら馬術部か文芸部だろうと思っていたから驚かないよ。でもね、そっか。どうしようかな」
アビゲイルは口を噤む。彼女がこうした反応をするのは何か切り出しにくい話をしたいときだ。兄として長年寄り添ってきたゆえに良く分かる。
「なにかあったの」
「実はね。学生会に誘われてて」
ユニオンね。学生たちの代表でもあるだけあって優秀な学生が集まっているという話だ。新入生主席であるアビーに声がかかるのは当然といえば当然か。
伝統的に伯爵家以下の家格の学生しか加入できないそうだから、侯爵家や大公家の人とお近づきになる心配はない気がする。
あの二人に絡むのであれば、俺がいた方がいいかもしれないけれどその心配はない。
キャリアのためにも入っても悪くないと思うけど。
「何が気に入らないの? 危ないことをさせられるとか」
「そういったことはないみたい。でもね」
「でも」
「オトが一緒に入ってくるなら入ろうかと思っていたんだ。一人だといろいろ心配で」
あーー。そのパターンか。
入りたくないという訳ではないようだ。兄としては背中を押してあげるべきだろうな。
「とりあえず入ってみたら。合わなかったら辞めたらいんだよ」
「確かにね。でもね。一緒のとこだと安心かなって思ったりしてて」
意外なことにすんなりと入るとは言わない。迷うな要因があるということだろうか。押し方が足りなかったようだ。
「そっか。ならほかに入りたい部活が見つかるまではやってみるといいと思うよ。絶対に将来役に立つから」
「えっ、でも……そうかな。オトがそう言うならその通りかも」
納得したのかアビゲイルは静かになった。押して正解だった。
俺にしてみればとても充実した日となった。
今日の帰り際にアイネスからこっそり渡されたメモという大きな収穫があったのだから。おかげで今週末の予定が決まった。
地下闘技場。そこに行けばリアムに会うことができるかもしれない。でもそれは非常に危険な行動である。非合法の闘技場なんて物騒たらありゃしないし。
でもそんなことも言ってられない。向こうから攻められる以上の危険はないし。
「時間がないな」
「何か喋った」
アビゲイルが瞬発的に反応してきた。目を覚まさせてしまったかもしれない。
「いいや何も。照明消すからね」
「……うん」
彼女の言葉を聴き、灯のともったランプを見つめる。
距離は80センチほど。腕を伸ばしても届かない。
昼間の会話が反芻される。
見えざる力
失礼かもしれないが、別名『怠惰の魔術』。誰が発明したのかも分からない、原始の魔術の一つとされている。
この魔術を駆使すると人間はベッドの上から動かなくても生活できるようになるとまで言われている。ゆえに人を怠惰にしてしまうのだ。
術式もなければ詠唱も不要。チートのように思えるが、今日まで使い手と呼ばれる人に会ったことはなかった。
あまりにも魔術として漠然とし過ぎているのだ。早い話、他の魔術で代用できるようなことしかできないのである。しかも専門性で劣るという始末。
使えても使わない魔術の代表格であろう。
しかし、彼女はこの魔術の真髄はそんなものではないと言っていた。
唯一の使い手である人物が言うのだからそれなりのものが。きっと俺を予想を超えたものに違いない。
故郷の村には同学年で俺より魔術に長けた人はいなかった。領内にもいなかったかもしれない。
知識面・技術面においても人前に出ても恥ずかしくないレベルだと過信していた。
それがこちらに来てからというものの、先輩はもちろんのことクラスメイトにすら圧倒されている。いかに浅はかだったかを思い知らされた。
魔術も鍛えなければならない。総合力で挑まなければ勝ち目はない。
ランプに向けて腕を構える。腕を経由し、手のひら指先に魔力を集中する。標的はランプのツマミ。
目標を定めて魔力を放出する。
『見えざる力』でランプが小刻みに震える。
ツマミだ。もっと狙いをつけて力を籠める。
「……あっ」
ランプが倒れて床に向けtて落下していく。
反射的に手首を180度回転させ、『見えざる力』でキャッチする。
危ないところだった。
これを反射ではなく、意識的に行うか。
難しいな。




