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運命の魔術

 唇が彼女のつま先に触れるか触れたかというタイミングで廊下からけたたましい足音がしてきた

「あっ、ヤバ。隠れなきゃ」

 隠れなきゃといっているにもかかわらず、目の前で突然笑い始めた。

 徐々に大きくなる足音、その音が部室の前に来たのと同時に爆音がして扉が開かれた。

 ポカンとして、その音を生み出した正体を確かめる。


「おかしいですね。アイネス先輩。今日の授業は自主休校なさると聞いていたのですが。今回は何をしでか――――」

 その正体はエニッド先輩であった。廊下を走ってきたのか肩で息をしている。

 その上、走ったためなのか、謎の人物の足元でで丸くなっている俺の姿を見たためなのか、謎の女性の足の曲線美に見せられたのか、怒りなのか不明だが、言葉を失った先輩の顔が徐々に赤くなっていく。


「なにしてるんですか、このセクハラ魔!!」

 エニッドは謎の人物に対して詰め寄る。確かにこのシチュエーションで何かしらが既遂になってしまえば停学モノである。

「女の子はみんなお姫様にあこがれるものでしょ。やったことあるはずさ、昔」

「知りませんよ。捏造しないでください。一体どうしたらこんなことになるんですか」

「ごっこ遊び。ごっこ遊びだから」

「どこの世界に後輩に対して足にキスさせるような遊びをする人がいるんですか!!」

「かわいい男の子を見ちゃうと衝動が止まらなくて。悪気はないんだよね」

「本物の変態じゃないですか。私が部室棟の前を通らなかったら大変なことになっていましたよ。これが先生たちに見つかっていたとしたらそれこそ……お願いだからせめて相手ぐらいは選んでください」

「相手は選んでるよ。今回のお相手はオト君だったというだけでね」

「本当に選んでたら彼にはいかないはずです。初対面ですよね。合わせないようにしていたんですから」

「あっ、もしかして嫉妬? 嫉妬なの?? エニッドちゃんも混ぜてほしかったの。かぁー、モテる女は辛いねえ。そうなら早くいってよ。左足も脱ぐから」

「やめてヤメテ止めて。これ以上文芸部の品位を下げるなら部活を辞めてください。私が拳を握る前に」

 鬼の形相のエニッド先輩。対して悪びれる様子もない文芸部の部員らしいアイネス先輩。


「ちえっ。評判いいのにな。もったいない」

 下手くそな舌打ちをするアイネス先輩。この名前、まったくもって体を表していない。あんなことされたらトラウマになるよ。

「もったいなくありません。私が部室棟の前を通らなかったら大変なことになってましたよ。それにおいしくてもダメなものダメです」

「そうですよ。エニッド先輩の言う通りって、そんなにおいしいの?」

「私の足は甘んだよ。舐めた女の子たちがおいしいって止まらなくなるくらい。だから一舐めどうぞ」

「やめてくださいセクハラ魔人。セクハラ星に帰ってください」

 なんかすごい、すごく頭の悪いはなしをした気がする。調子狂う。

 でもこの先輩。話の感じだと文芸部の部員みたいなんだよね。



「ところで先輩。貴方はアイネス先輩でよろしいんですか」

「あっ……。ゴメンゴメン。君に夢中で名前を名乗っていなかったとは。ご無礼をしました」

 姿勢を正して恭しく頭を下げた。

「私はキャリス・ネビット。珍しい名前でしょ。だからミドルネームのアイネスって呼ぶんだよね、だいたいみんなが」

 照れながら頭をかく先輩。名前を名乗らないどころじゃないくらいヤバいことをさせられた気がするんだけど。

 抜けているのか抜け目がないのか分からない。けれど愛嬌もしっかりあるのでこの雰囲気はモテるだろう。同性からは。


「ちなみに他のに聞いておきたいことはある?」

 どうやら完璧に質問の流れになっている。聞きたいことといえば、俺がかけられた魔術のはずだろう。種明かししてもらえるかは別にして。聞いて駄目ではないはずだし、聞いてみようか。

「魔術について聞きたいです。アイネス先輩が僕にかけた魔術が何であったのかを」

「ああ、あれね。愛の魔術」

「ふざけない。いいですか先輩。オト君は真面目に聞いているんです。体に悪影響がないのかとか気になるんですよ」

「あの魔術のことは君も知っているはずだよ。絶対にどこかで教わるから」

 いや、知らないな。あれほど強力な魔術は聞いたことがない。もしくは、ある魔術の副作用とかだったりして。

「幻影魔術とか、魅了魔術の系統ですか」

「いいや。もっと簡単。使えはずだよ君だって」

 簡単? ますます分からない。

 俯きながら脳をフル回転させる。

 

「いやいや。分かりませんよ普通。魔術師としての知識があるほど分からなくなる問題じゃないですか」

 見かねたエニッドが助け舟を出す。ヒントがあれば分かったりするかもしれないが、正直なところ当たる気がしない。

「無理そうです。きっと俺にはできないんです」

 分からないことと、自分の未熟さに嫌気が差してくる。同級生の中にも学力はともかく、魔術でも俺よりも優れた人がいる。この学園はそのようなところだ。いまさらか。


「そうだね。ここは回答といきますか。いいですよね」

 エニッドは。うんともすんとも言わなくなった俺の頭をポンポンする。嬉しいような虚しいような。先輩に気を使わせてばかりだし。

 彼女はアイネスに目配せをする。その合図に対して異議を唱えることなく「もちろん。それじゃあ見ててね」とあっけらかんと答えた。


 アイネスが左腕を前に伸ばす。手の先を集中して観察する。詠唱がない以上、魔力の反応から特定するしかない。

 彼女は左手首を返す。すると、本棚に収められていた本が一冊、空中を浮遊し始めた。

「まさか」

 そして飛んできた本は彼女の手元にすっぽりと収まった。

「はいどうぞ」

 飛んできた本を俺に差し出す。両手を伸ばして受け取る。ハードカバーの本はずっしりと重い。

「イヴァン・ブラウンの詩集」

 そして本には寄贈者の名前が書かれている。幾度となく見てきた名がお得意の渇筆かっぴつで記されていた。


「これが私の答え。そして君の応えは?」

 彼女は満足げに入部届を差し出す。

「分かりましたよ。そこまでされたら入部しますよ」

 ペンにインクをつけ紙の上を滑らせる。本に記載されていた姓と同じ姓を。

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