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見知らぬ先輩

「そんな、どうして……」

 金縛りにかけられたかのように体が自由に動かない。体の周囲を密度の高い空気に包み込まれてしまったかのようだ。

「わたしの眼には言葉のわりに驚いているようには見えないのですが」

 目の前に座るファロンはこちらの反応を楽しんでいるようである。

「一生懸命に思考を巡らしているようですね。対応力は素晴らしいです」

 彼女は腕を組み、ただ俺の様子をうかがっている。

 油断していた。彼女が何かをしたのは間違いがない。でもそれが分からないため、効果的な対応ができない。

 一体何をさせられるのだ。


「そこのお兄さん。いま暇?」

 校舎から出たところで声をかけられる。

 聞き覚えのない声ではあるが、敵意はない。周囲、特に背後などには教室を出てからずっと気を使っていた。それゆえに今の言葉は俺に対してかけられたものに違いない。

 ましてやこの学園で俺を他の誰かと間違えるようなことはないだろう。

「私ですか?」

「そう君」

 声の主は女性で政府のリボンの色から4学年の生徒である。見たこともない人。何の用だろう。

「ご用件は? ゆすられて渡せるようなものは何もありませんよ」

「そんなことしませんよ。君とちょっとお話してみたかっただけです。今朝のこともありますから」

 お話とやらが何かは分からない。しかし、今日の朝のこととは……断ったら面倒そう。

 幸いなことにブレアには今日のランチを渡して一人で食べるように言ってある。


「お付き合いします」

「そうこなくちゃ。立ち話も何ですから部室にいきましょう。紅茶とちょっとした茶菓子くらいなら出せますよ」


 意外にも謎の先輩に案内された場所には見覚えがあった。

「どうぞどうぞ、座ってください」

 案内されるままに着席する。確か以前もこの場所に座った。先輩はお茶の用意をしている。

 

「どうぞ熱いから気をつけて」

 先輩はソーサーに乗ったカップを差し出す。もちろん先輩自身の分も用意してあるようだ。

 名前も知らない人から出されたものを飲むって結構危険なんだけど、口をつけないのも失礼である。

「いただきます」と断ってから紅茶に口をつける。紅茶は雑味がなくすっきりとしている。コクは弱いが後に引かないクリアな味わい。

 って、何を考えているんだ。別にお茶をいただきに来たわけではない。


「それで、なにゆえ私に声をかけてきたのですか」

 カップを置いて話を切り出す。おそらく相手は俺の弱みになるようなことを知っている。話の主導権だけでもこちらが握っておきたい。

「大したことじゃないですよ。これを見てください」

 俺の前にはA4サイズの紙とインクペンが差し出された。その内容は――

「入部届ですか」

「はい。ぜひうちの部に入部してください」


 その紙は文芸部への入部を申請するための申込用紙であった。

「その件ですか。実は以前エニッド先輩という方にも文芸部に入部するという意思を伝えてあったのですが」

「それはちょうどいいですね。ならそのフォーマットに学籍番号と名前を記入して下さい」

「それはですね。今じゃなくて後日に……」

 ネクタイを緩めるために上げようした右腕が反応しない。上から押さえつけられているかのようだ。

「後日に? 何でしょう」

「申し込みはいろいろと準備があるので……!!」

 反対の腕を上げようとしてみてもやはり上がらない。

 目線を落として両腕を確認する。異常はない。


「ええと、先輩。その腕が動かなくて……もしかして腕だけじゃないのか」

 首も曲がらない。正面を向いたまま左右を向けなくなっている。それに足も動かない。

 まるで見えない鎖で全身を拘束されているかのよう。

「大丈夫ですか。体調が悪いの」

「体調とかは大丈夫です。ですけど体が」

「なるほど。それは大変ですね。その紙に名前を書いてみましょう。そうすれば良くなるかもしれません」


 決定。犯人はこの先輩だ。

 可能性として一番高いのは毒か。毒をもって俺の体の自由を奪っている。

 リアムやその仲間に引き渡したりするのだろうか。それとも彼らとの交渉に俺の身柄が必要とかかな。どちらにせよ逃げ出さないと。

 毒ならば解毒剤をもらえれば動けるようになる。毒を使う人間というのは必ず解毒剤も持っているものだ。それを飲みさえすればこっちのもの。うまく誘導して場所を確認することができれば。


「その紙に名前を書くとよくなるんですよね。そうしたいのは山々(やまやま)なんですけど。腕さえ上がらなくてできそうにないんです」

「本当ですか。上げてみてください」


 何を言っているんだという感じで右腕に力を入れてみる。 

 嘘でしょ。さっきまではびくともしなかったのに普段と同じように腕が持ち上がった。

「上がるじゃないですか」

「本当だ。いや、ちょっと待って!」

 上がったはずの腕がなぜか前に伸びていき、ペンを持ち上げたではないか。

 そんな馬鹿な。腕が持ち上がったことについては毒が抜けたからで説明がつく。

 しかし、腕が想定外の動きをすることについては説明ができない。つまり、毒ではない何かが俺の体に作用しているということだ。

 

 右腕を抑えるために左腕に力を込める。

 だが、こちらの腕は相変わらず上がらない。体の支配を奪われているのか?

 魔術によって体の操作を奪われている可能性はある。しかし今現在、彼女は呪文を詠唱している様子はない。

 詠唱なしでこれほど凶悪な魔術を使えるとは思えない。可能性としてあるとすれば、すでに何かしらの触媒を俺に作用させることで魔術の行使を容易にしているというぐらい。

 毒ではなかったが、紅茶に何かが混入していて俺の体内に彼女の術式が入り込んでいると考えられる。

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