若気のふたり
よろよろと立ち上がる。余裕を醸し出すと余計な疑いを惹起させかねない。
ここは敢えて押されていることを演出する。
「倒れていればいいものを。立ち上がるだけでも立派だな」
「ご生憎様です。打たれ強さだけは一級品でね」
脱力したままファイティングポーズをとる。エスターは反射的に間合いを詰め、素早く右の拳を突き出す。
その拳を手ではたき落とすと、左が飛んでくる。それも再度いなす。
「反撃しないと勝てないよ」
息を乱しながらも彼女は強がる。同じ攻撃を繰り返すだけのワンパターンな戦法であるが、食らえばダウンまで一気に持っていかれるだろう。
「できるならしてるさ」
ガードしても良いのだが、完全に防御に回ればラッシュを浴びせられる。それはリスクが大きい。
やはり攻撃の手が緩んだタイミングでのカウンターが安全策だと思うのだが。
その攻撃の手が緩まない。3分以上連続で動き続けている。体力的には限界のはず。どこにこれだけの体力があるというのだ。
「それなら!」
相手の攻撃を下げるように膝を曲げる。
「……くるか」
腰を落としたまま回し蹴りをする。
しかし、その攻撃はあたることなかった。彼女は最低限の跳躍で回避しつつ、体が時計回りに回転する。
経験則が訴える。ヤバい。
左足を軸にした鋭い横蹴りが顔面目掛けて迫ってきた。生命が備えている防御反応が本能的に作動する。
腕を交差して厳重に守る。
だがしかし、ガードできていたにも関わらずキックの衝撃は頭に響き渡った。
体が後ろに倒れこむ。
ダメだ。目が開かない。顔の筋肉が緊張のせいかダメージのせいか硬直している。
これでは相手の位置が確認できない。落ち着け、筋肉を力を抜かないと。
「やっと倒れた」
背筋がゾッとする。心臓が大きく脈打った。
今、声がすぐ傍から聞こえた気がする。
腕に力を入れて顔のガードを固める。
「甘い。そんなんで守れるとも!?」
顔に息がかかる。間違いない。エスターは俺の上にいる。絶体絶命。
こんな時こそ魔術だ。何か詠唱して追い払わないと。
「う、ぐぐ……」
詠唱のために口を開いたところ口内に何かが押し込まれた。硬いような柔らかいような不思議な感触。払いのけるために両手を動かすが、腕をつかまれてその動きは封じられてしまった。
コワイ。だが何が口を塞いでいるのか分からないのはもっと怖い。
恐る恐る目を開く。
口元には彼女の左肘が突っ込まれている。そして頭上では彼女の右腕が俺の腕を拘束していた。
「やっと起きたか」
彼女は俺に覆いかぶさっている。
両手も抑えられ魔術も封印された。今まで意識していなかったが、足の方も彼女の足が絡められているため自由が利かない。
完全に捕まっている。頭が真っ白だ。これでは煮るなり焼くなり彼女の自由。
きっと死なないだろうという根拠のない自信だけが唯一の救い。
「なあどうする。この状況をオマエはどうやって切り抜ける?」
彼女は多少乱れた息で挑発してくる。
どうもこうもない。しかし考えてみればこちらに対して攻撃できないのは彼女も同じではないか。両手両足はもう塞がっている。そして魔術を使ってくる気配もない。
万が一魔術を使われたとしても低級の魔術に関しては俺につうようしない。もしかして抑え込む体力を消費させてる分、俺の方が有利では。
「もしかして、あたしがどんな魔術を使うかとか考えてる? 安心しなよ。あたしはそこまで魔力の制御が得意じゃないから魔術には頼らない」
じゃあどうするという疑問が湧いたところで下半身に激痛が走る。
「うー、うーー」
「痛いな。あまり嚙まないでおくれよ」
彼女は薄ら笑いを浮かべる。口の中に感じるかたい部分はバングルかリストバンドか、俺の歯が当たったところでそこまでダメージを受けてないようだ。
「はい、もう一回。あたしの気が済むまで終わらないから」
眼前から元気のよい彼女の声が聞こえ、再び彼女の膝が俺の股の間を蹴り上げる。
痛みが全身を駆け巡る。のた打ち回りたいのにそれもできない。
ええい、こうなれば一か八か。俺ができる最大の反抗を行う。勝負は一度きり、失敗すれば……そんなことを考えてもムダ。成功していくパターンだけを考えていく。
「それじゃあ、せーの!」
掛け声に合わせて、奥歯を使い彼女の腕の肉に喰らいつく。
「いっーた!! 何してんのよ、もう」
噛みつかれて左腕を庇おうとして右手の力が弱まった。
今だ!
両手を彼女の拘束から振りほどいて目の間ににある彼女のアゴに肘打ちをする。
「おふッ!」
さらに肩を掴んで、左わきに投げ飛ばす。投げ出された彼女は横になったまま地面を転がり、こちらを向いて止まった。
「貰った!」
クラウチングスタートの姿勢で地面を蹴り上げ、直線的な動きで彼女の心臓に対して膝蹴りを入れる。
十分な手ごたえがあった。いや、膝ごたえか。
膝蹴りによって沈み込んだ胸がゴムのように反動をつけて元に戻る。彼女の体はわずかに動いて仰向けになったのみ、衝撃は体に伝わったのだろう。
エスターは目を上げたまま動かない。
口元に耳を近づける。息は正常。気を失っただけか。放置しても問題ないだろう。
ふらふらと立ち上がって男二人を確認する。こちらも命に別状はなさそう。置いて行っても大丈夫そうだ。
「あはは。歩きがおぼつかない。もしも彼女が鎧などを身に着けていたら倒れていたのは俺の方だった」
とぼとぼと校舎の方に歩いていく。早くしないと1コマの授業が始まる。遅れたりしたらアビーに根掘り葉掘り聞かれるのは間違いない。
急がないと急がないといけないのに。
はやる気持ちに体がついてこない。これでは勝ったとは言えない。引き分けじゃないか。
弱気になっていた、その時……
「おめでとうキミの勝ちだ」
背中側から声がした。それも先ほどまで嫌になるくらい聞いていた声。
何もできない。振り向くだけの根性が残っていない。進むことも退くことも何も選べない。
だが声の主は一歩ずつこちらに近づいてくる。
そして、意外にも優しく肩に手を置かれた。
「頑張るといい。キミの目的は叶うはず。それも今日の放課後にもね」
唾を飲み込む。返答もできない。
彼女の手が弱弱しく数回肩を叩いた。
「リアムは強い。死ぬ気でやりなよ」
そう伝えると、静かに地面に倒れこむ音がした。
有難う御座います、エスター先輩。
「こんなところで――こんなんじゃ、まだまだ勝負にもならない」
しっかりと地面を踏みしめ、駆け足で走り出す。




